第56話 逃げ場なき標的
吹っ飛ばされ、訓練室の冷たい床に横たわるサキ。
「いたたたたた……っっ!!今、な、何が起きたんだよ……っ!?」
「お姉様!?」
「サキっち!」
ルクレツィアとクティラが血相を変えて駆け寄ってくる。サキは二人に支えられながら、なんとか上半身を起こしたが、電撃を浴びたかのように右腕が激しく痺れ、全身がじりじりと焦げるように痛んだ。
目の前のエルダは、最初と全く変わらない直立不動の姿勢のまま、静かにこちらを見つめている。傷一つどころか、着ている衣服の裾すら揺れていない。
「な、なんだよこれ……。もしかして、彼女の前にバリアか何かが張ってあって、それが反射したのか?」
サキが痛みに喘ぎながら尋ねると、ユカリはフッと冷たい笑みを浮かべ、腕を組んで歩み寄ってきた。
「さすがに、頭の悪いあなたでもすぐに気づいたようね。そうよ。エルダはこの国、セラーノ王国でもトップレベルの防御魔法の使い手。その絶対防御の盾『エルダー・シグナ』は、あらゆる物理・魔法攻撃を完全に遮断するわ。……そして、今回は私の命令で、彼女の『急所以外』に魔法が当たった場合、その攻撃が『放たれた倍の威力で撃ち手に跳ね返る』ように術式を編んでもらっているの。それと心配しないで、エルダには動いたり、避けたりしない様に言っているから、あなたは動かない的の、正確な場所に当てさえすればいいのよ」
「ば、倍……?跳ね返るって……じゃあ、今私が受けたのは、自分の撃った魔法の倍の威力ってことかよ!?」
「その通りよ。大した事、なかったでしょう?さあ、休んでいる暇はないわ。次の魔法を撃ちなさい」
(そ、そんな……っ!急所?急所ってどこだよ!?バリアの隙間があるってことか!? 頭なのか? 心臓なのか? ……普通に考えたら、頭だよな!?)
サキは焦りで頭を回転させ、冷や汗を拭いながら立ち上がった。
エルダの防壁が完璧な球体ではなく、人体の「急所」の座標にだけは、術式の噛み合わせの関係で、恐らく防壁が展開されない場所があるはずだ。
そこに当てるしかない。
(頭……おでこの真ん中、眉間だ!そこを狙う!)
サキは恐怖で震える右手を必死に固定し、エルダの眉間に意識を集中した。
回路が激しく脈打ち、再びケラエノ・ボルトが収束する。
「行けっ!」
放たれた二発目の雷撃。
しかし、その光弾がエルダの額に届く寸前、再び目の前の空間が青白く輝いた。
「うげっ!!」
再びサキの身体が激しく床へと叩きつけられた。
今度は先ほどよりも強力な電撃が全身を駆け抜け、皮膚がジリジリと音を立てて焦げる。
「はぁ……。サキ、本当に不甲斐ないわね。眉間を狙うという着眼点自体は良かったかもしれないけれど、ほんの少しでも座標がずれたら、その魔法の盾に触れて、全てあなたへと返ってくるのよ」
ユカリが呆れたようにため息を吐く。
「え……? さ、さっきのだって、ちゃんと真ん中に飛んでいっただろ!? もう一度、今度こそ眉間に――」
ビシィッ! ドカンッ!
「ぎゃっ!!」
またしても弾き飛ばされ、サキは床に突っ伏した。
「ど、どうなってるんだよ……!今のはどう見ても命中しただろ……っ!?なんで跳ね返ってくるんだよ!」
「惜しかったわね。あなたの世界の単位で言うと、およそ『0.1mm』、右にずれていたわ」
「はぁ!? 0.1mm!?そんなのピンポイントで狙えるわけないだろ!」
「できないなら、できるようになるまで撃ちなさい。ほら、次よ」
「く、くそ……!やるしかないのかよ!行けっ!」
ドカンッ!
「ぎゃっ!!」
「残念ね。今度は上に『0.2mm』ずれていたわ。どんどん集中力が切れて、精度が落ちてきているわよ」
「なんなんだよそれ! そんなピンポイントに撃ち分ける必要なんてないじゃないか!これじゃあ……うぐっ!」
何度も、何度も、眩い雷撃が放たれては、その倍の衝撃となってサキ自身の身体へと跳ね返ってくる。
訓練室の石畳には、サキが何度も吹き飛ばされたことで、すす汚れた擦り傷のような跡が無数に刻まれていった。
「お姉様!もう少し後休憩を!」
「サキっち、ょっと休んで、考えて」
見かねたルクレツィアとクティラが悲鳴を上げるが、サキにはもう二人を振り返る余裕すらなかった。
痛い。体中が痛い。なんで自分を守るために必死に覚えた魔法で、自分自身がこんなに傷つかなければいけないのか。
(……待てよ。威力が倍になって返ってくるなら……火力を落として撃てば、跳ね返ってきても痛くないんじゃないか……?弱い魔法で、当たりをつけて、その後に火力を上げれば)
サキの脳裏に、極限状態ゆえの「逃げ道」が浮かんだ。 サキは指先に集まるマナを、パチパチと弱々しく光る程度にまで抑え、そっとエルダへと向けようとした。
その瞬間だった。
背後から、凍りつくような、本物の殺気を含んだユカリの声が降ってきた。
「サキ。最初に言ったわよね?『最大火力で撃ちなさい』と。もし次、そうやって姑息にマナの出力を落とすような真似をしたら……あなたの前にその魔法が届く前に、私が後ろからあなたの頭を、撃ち抜いてあげるから。……覚悟しなさいね」
ユカリの周囲に、黒紫色の凶悪な雷撃がバチバチと展開される。
その一撃を背後から食らえば、反射などという生ぬるいものではなく、確実に、肉体ごと消滅させられる。
「へ……?なんだよ、それ……!こんなの、急所に当たるわけないし、外れたら倍になって返ってくるし……最大火力じゃなきゃ後ろからユカリに撃たれるって……どうしようもないじゃないか! こんなの、どうせ私をいじめてるだけだろ!最初から、私を痛めつけて、楽しみたいだけなんだろ!!」
サキは満身創痍の状態で、涙目で怒鳴り散らした。
理不尽だ。いくら特訓とはいえ、ヒントを与えてくれるでもなく、これでは生存の余地がどこにもない。ユカリの歪んだサディズムに付き合わされているだけだと、そう思わざるを得なかった。
「もうやだよ……こんなの、どうしようもないよ……!」
心が折れ、サキが床にへたり込もうとした瞬間、容赦のない電撃がサキの足元を掠めて石畳を爆砕した。
バシィィィンッ!
「ぎゃっ!?」
「何を寝言を言っているの?そうやって泣き言を言って時間稼ぎをするのは許さないわよ。さあ、立ちなさい。立ち上がって撃ちなさい」
ユカリは冷酷に指先を向けたまま、氷のような声で宣告した。
サキは震える手足に力を込め、ふらふらと立ち上がった。
全身から冷や汗と脂汗が吹き出し、目の焦点が合わない。涙でエルダの姿が、二重にも三重にもブレて見える。
「だめだ……目の焦点が合わない……。どこを狙えば……ここか、ここなのか……っ!?」
朦朧とする意識の中で放たれたケラエノ・ボルト。
ドゴォンッ!!
「ぎゃあああああーーっっ!!」
やはり防壁を貫くことは叶わず、より凶悪になった紫電がサキの胸元を直撃した。
サキは激しく床を転がり、ついにピクリとも動かなくなった。
すでに訓練が始まってから、十発以上の自らの、最大火力の2倍の威力を浴び、サキの衣服はボロボロに裂け、露出した皮膚のあちこちが黒く焦げて煤けている。
魔術の障壁を無意識に張って肉体の崩壊こそ防いでいるものの、そのダメージは限界を超えつつあった。
「さ、サキっち……!ユカリ様、お願い!休憩を……! 私のノーデンスで、彼女を、治療させて」
クティラが耐えかねてサキの前に立ちふさがり、涙を流しながらユカリへと懇願した。
「クティラ、駄目よ! サキを甘えさせないの!」
「ユカリ様。でも、サキっちが本当に死んじゃう……」
「……ユカリ様。私からも、どうかお願いいたしますわ。サキ姉様に、ほんの少しの休息を……。このままでは本当に、構築出来た回路ごと、肉体が瓦解してしまいますわ!」
ルクレツィアもまた、サキを庇うようにしてユカリの前に進み出て、頭を下げた。
しかし、ユカリはそんな二人を、蛇のように冷たく、一切の感情の通わない切れ長の目で見下ろした。
そして冷たく言い放つ。
「あなたたち……ちょっと、サキに、懐きすぎじゃないかしら?」
「「ひっ……!」」
その射すような冷たい視線と、絶対者としてのマナの威圧感に、クティラとルクレツィアは同時に短い悲鳴を上げて息を呑み、その場にすくみ上がってしまった。
「あなたたちの役目が、一体何であるか……まさか、忘れてしまったわけではないわよね?サキを甘やかすために、あなたたちを、サキに付けたのではないのよ。そこをよく考え直しなさい」
「「はい……」」
冷え切ったユカリの声が、静まり返った訓練室に、重苦しく響き渡るのだった。
満身創痍のサキ。
いくらキツい特訓とはいえ、助言も得られず闇雲に自分の魔法に弾かれるサキ。
ただ、これも一応理由があるのです。




