第53話 夢見る意匠と、添い寝の夜
食堂での賑やかな夕食を終えたサキ、ルクレツィア、クティラの三人は、廊下の明かりがぽつぽつと灯る中を歩き、サキの部屋へと移動した。
部屋の扉を開けると、いつもの見慣れた簡素な空間が広がっている。
それでも、今日の過酷な特訓をやり遂げたサキにとっては、この上なく心が安らぐ我が家のような場所だった。
サキはさっそく、机の上に羊皮紙と炭筆を用意した。
ルクレツィアはサキの斜め後ろにぴったりと張り付き、サキの指先を今か今かと凝視している。
クティラもまた、サキのすぐ横の丸椅子に座り、ふよふよと柔らかそうな触手を揺らしながら興味深そうに手元を覗き込んでいた。
「よし、それじゃあ約束通り、ルクレツィアのために特別な女の子を描いてあげるね」
サキが炭筆を握り、さらさらと羊皮紙の上に線を走らせ始める。
元の世界にいた頃、熱心にアニメやゲームにハマり、ファンアートやイラストを趣味で描いて、SNSに投稿していたサキの腕前は確かだった。
サキの指先が動くたびに、羊皮紙の上に大きくきらきらとした瞳、デフォルメされた可愛らしい髪型、飾りの多い可愛らしい衣装を纏った『あにめ風』の少女の姿が形作られていく。
ルクレツィアは最初の下書きの段階で、すでに息を呑んでいた。
そして、徐々にキャラクターの全体像が明らかになるにつれて、吊り目気味の美しい瞳を限界まで輝かせ、感動に打ち震えていた。
「お、お姉様……! なんて、なんて愛らしくて素晴らしい絵なのですか……! この、異世界の独特の線の引き方、瞳の光の表現、そこで何よりこの誇張された可愛らしさの概念!これは、この世界のどの絵画芸術をも、超越しておりますわ!」
「あはは……そこまで?でも、気に入ってくれたみたいで良かったよ。今回は立体的なマスコットを作りやすいように、この子が特に気に入ったのなら、前後左右の形が分かるように、三面図っていうのを描いてあげるね」
サキはさらに新しい羊皮紙を取り出すと、正面図、真横からの図、後ろ姿を描き上げていった。
ぬいぐるみやマスコットを作る際に、裏側や横がどうなっているかが分かると、制作の難易度は格段に下がる。サキ自身、そのあたりの配慮は心得ていた。
「正面、横、後ろ……。なんと合理的、かつ完璧な設計図なのでしょう!これがあれば、わたくしの特殊なお裁縫術で、このお方を完璧な立体として、この現世に具現化させることができますわ!」
ルクレツィアは感動のあまり、サキが描き上げた何枚ものイラストや三面図を、まるでお宝でも抱えるようにして愛おしそうに両腕に抱きしめた。
その興奮ぶりはすさまじく、今にもその場で踊り出しそうなほどだった。
「サキお姉様、私ちょっと今晩さっそく、このお方のマスコットを作りますわ!」
鼻息を荒くして決意を語るルクレツィアに対し、サキは少し引き攣った苦笑いを浮かべながら、心配そうに声をかけた。
「ルクレツィア、気持ちはすごく嬉しいけれど、明日の特訓もあるんだからね。ちゃんと寝る時間も確保して作りなよ?徹夜は体に毒だからね」
「もちろんですわ、お姉様!ほんの少しだけ作業をしたら、すぐに泥のように眠りますわ!それでは、ありがとうございましたわ、おやすみなさいませ!!」
ルクレツィアは嬉しさのあまりスキップでもしそうな足取りで、イラストを大事そうに抱えたまま、嵐のようにサキの部屋から去っていった。
パタンと扉が閉まり、部屋の中に再び静寂が戻る。
サキがやれやれと肩の力を抜いて息を吐くと、隣に座っていたクティラが、どこか羨ましそうに丸椅子から立ち上がり、サキへと、ふにふにと身体を擦り寄せてきた。
「クティラも、これまで何日も、私の部屋でずっと介抱をしてくれて疲れてるだろうから、今日は自分の部屋に戻って、ゆっくりしたら?」
サキが優しく尋ねると、クティラは、ふるふると首を横に振った。
「ううん。クティラ、サキっちのこのお部屋すっごく気に入った。落ち着くし、サキっちの匂いがするから、今日もここで寝る」
「えっ、そ、そうなの……?」
サキは少し目を丸くした。確かに、ここしばらくは二人で過ごす時間は多かったが、この部屋で寝る時は、ほぼサキが訓練で満身創痍になり、気を失っていた時ばかりだった。
「じゃあ……クティラは私のベッドで寝る? 一人用のベッドだから、ちょっと狭いかもしれないけれど……私はあっちのソファで寝るから」
サキが部屋の片隅にある、木製の小ぶりなベッドを指し示すと、クティラは嬉しそうに目を輝かせた。
「ううん! クティラ、サキっちと、一緒に寝る!」
「ええっ? 一緒に!? でも、本当に狭くないかな? それに、クティラにはその……立派な触手ちゃんもあるし、さすがにベッドからはみ出しちゃうんじゃ……」
サキはクティラのスカートの裾から覗く、ふかふかで大きな青い触手を見つめながら、物理的なスペースの心配を口にした。
クティラの触手は本気を出せば部屋の半分を埋め尽くすほどのサイズになる。
添い寝をするとなると、さすがにベッドからサキが押し出されてしまうのではないかと危惧したのだ。
すると、クティラはクスリと笑った。
「大丈夫。触手ちゃん、小さくする」
クティラがそう呟いた瞬間、彼女のスカートの裾から伸びていた青い触手が、まるで急速に縮むゴム風船のようにみるみると縮小していった。
そして、ほんの数秒の間に小さくなり、クティラのスカートの中へと完全に収まってしまったのだ。
「ええっ!? そんなに小さくなるの!?無くなっちゃったよ!」
サキは驚きのあまり、クティラの周囲をぐるりと見回した。つい先ほどまでサキの首筋にきゅむきゅむと嬉しくしがみついていたあの触手たちが、跡形もなく消え失せている。
「うん。全部身体の中にしまって、入れちゃうことも出来る。小さくするのも大きくするのも簡単」
「す、すごいな……巨大化してベッドくらいの大きさにもなるし、そうやって完全に隠すこともできるなんて、本当に便利だね」
サキは、彼女の驚異的な身体構造に素直に感心した。
異世界にいた頃のアニメの知識を遥かに凌駕する、本物の『異形の力』を目の当たりにした気分だった。
「うん、触手ちゃん、とっても便利。美味しいご飯を食べる時にも手伝えるし、サキちゃんを襲う悪い奴らをぐしゃっと潰す武器にもなる」
「は、はは、そ、そうだったね……」
一撃でハイパーボリアの刺客を肉塊に変えたあの恐るべき破壊力を思い出し、サキは頬を微かに引き攣らせながら微笑んだ。
「じゃあ、そろそろ寝ようか。明日は、また過酷な特訓があるって、ユカリ様が言ったしね」
「うん、寝る」
二人は並んで小ぶりなベッドへと潜り込んだ。掛け布団を被ると、クティラはすぐにサキの胸元へと潜り込むようにして、細い両腕でぎゅっと抱きついてきた。
「クティラ、こうやって寝る。サキっち、あったかくて、柔らかくて、大好き」
「あはは……ま、まあ、私も女子だし、お互いに女の子同士だから抱き合って寝るくらい大丈夫だよね、うん。おやすみ、クティラ」
「おやすみ、サキっち」
クティラの柔らかくて小さな身体から伝わる、どこか懐かしい温もりに包まれながら、サキの緊張は徐々に解けていった。
今日の雷撃弾の連射や、新魔法の習得による激しい疲労が全身を支配し、サキの意識は深い眠りの中へと急速に沈んでいった。
仲良くしっかりと抱き合いながら、二人は驚くほどすぐに、穏やかで深い眠りに落ちていった。
その頃、ルルイエの街の一角の広大な貴族の屋敷の中にある、ルクレツィアの自室では、窓から差し込む薄暗い月光と、魔導灯の淡い光の下で、一人の少女がすさまじい執念を滾らせていた。
「ふふふ……お姉様が描いてくださったこの三面図、本当に素晴らしいですわ!針を通す術式の流れが、どんどん頭に浮かんできますわ!あ〜、こんなに可愛い子達、作るのも、見るのも極上の幸せですわ!」
ルクレツィアはツインテールを振り乱し、サキの描いたイラストを何度も見つめ直しながら、驚異的な速度で針と糸を動かしていた。
夜中を過ぎ、ルルイエの街が完全に深い静寂に包まれてもなお、彼女の部屋の明かりが消えることはなかった。
結局、ルクレツィアはサキとの約束を守るどころか、マスコット制作の楽しさに完全に取り憑かれ、夜が明ける直前まで一心不乱に針仕事を続けてしまったのであった。
たまにはこういう日常的なお話はいかがでしょうか?
明日からはまた厳しい訓練が始まりますが、それまでの安息ということで……




