第46話 ユカリの苛立ち
クティラの触手に心地よく包まれながら、その吸盤から放たれるノーデンスの柔らかな癒しの光を浴びているうちに、サキの両手の指先からじわじわと痛みが引いていった。
血に塗れていた皮膚が、まるで時間を巻き戻すかのように綺麗に再生し、剥がれ落ちていた爪もツルツルとした元の健康な状態へと修復されていく。
サキは新しく再生した自分の指先を何度も握ったり開いたりしながら、体内で今も脈打っている不思議な感覚に意識を向けた。
「クティラ、ルクレツィア、二人とも本当にありがとう。昨日と今日、調整をしてもらったお陰で、なんだか、自分の身体の中を巡っているマナの動きが、感覚としてなんとなく分かって来たような気がするよ。確かに、この体内のマナの熱い流れさえ自分で完璧に把握出来れば、いざ魔法を使う時に、必要な分だけを指先へ集中させたり、体内での緻密なコントロールも出来る気がして来たよ」
サキが自分の肉体の確かな進化に驚きながら呟くと、それまで静かに腕を組んで佇んでいたユカリが、冷ややかな視線をサキへと向けた。
「サキ、まだまだ訓練の入り口に立ったばかりだけど、少しは魔女としての、身体のコントロールを理解出来てきたようね」
「あはは……、そうですね」
サキは苦笑いを浮かべながらも、心の中でこっそりと毒づいた。
(……にしても、ユカリは相変わらず言葉の端々に棘があるよな。もう少し優しく褒めてくれたって罰は当たらないだろうに、本当に冷たい女だよ)
サキがそう思った、まさにその刹那。 ユカリの切れ長の瞳がカチリと鋭く細められ、サキの魂の奥底を見透かすようにその視線が突き刺さった。
「私の言葉に棘があるのはね、サキ。あなたがせっかくそれだけの膨大で希少なマナを使えているのにも関わらず、それを自身の力として全くいかせていなくて……ただ生存のためだけに、あの価値の無い娼館の客の男たちに分け与え、貴重なマナをドブに捨てているのも同様の生活を送っているからよ。私はそういう、自分の持つ天賦の才に対してあまりにも無自覚で不甲斐ないあなたに対して、苛立ちを覚えているから言葉に棘が出るの。それから、心の中で私を呼ぶ時は、ちゃんと『ユカリ様』と様をつけなさい」
「しまった、また心を読まれた……」
サキは完全に大慌てで口を押さえたが、時すでに遅しだった。
ユカリに指摘された言葉の重みと、思考が完全に筒抜けであるという事実に、サキは言葉を失ってうなだれる。
(うぐぐ……。男たちへのマナ分配が、ユカリ様みたいな本物の魔女から見れば『マナを捨てているのも同様』の不甲斐ない行為だなんて……。でも、それ以外に生きる方法がないと言われていたから、仕方ないじゃないか。私だって男たちと抱き合うなんて、好きでやってる訳じゃないしー!それにしても、心の中の呼び方にまで様をつけろだなんて、どんだけ横暴なんだよ……!あー、クソっ!)
サキが心の中で必死に言い訳を並べ立てながら悔しがっていると、ユカリはそんなサキの様子を鼻で笑うように、フッと小さく息を吐いた。
「さあ、いつまでも言い訳をしていないで。あなたの体内に魔女回路の基礎も出来つつあるわけだし、これ以上のマナの無駄遣いを防ぐためにも、さっそく次のフェーズの『魔法の訓練』も再開しましょうか。今度はただマナを暴走させるのではなく、あなたのその新しい回路を使って、術式を制御する訓練よ」
ユカリのその言葉に、サキは、のの字を描いていた指先をきゅっと力強く握りしめ、顔を上げた。
体内にしっかりと通った魔女回路の存在が、サキにこれまでにない確かな自信を与えていた。
(よし……!昨日と今日の地獄を耐え抜いたんだ。これからは、今までとは違ってきっと上手く魔法をコントロール出来るかも知れない。いや、コントロールしてみせる……!)
サキはベッド代わりになっていた、クティラの触手からトンと床へと飛び降りると、不敵な笑みを浮かべて胸を張った。
「よし、やってやるよ!今度こそ、ユカリ様に文句を言わせないくらい、完璧に魔法を操って見せるからな!」
「うん!サキっち、頑張って!」
クティラは、大きな青髪の三つ編みと触手を嬉しそうにぶんぶんと揺らしながら、両手を叩いて満面の笑顔でエールを送った。
「サキ姉様、その意気ですわ!どうぞわたくしが移植した美しい回路の性能を、存分に発揮して頑張ってくださいましね」
ルクレツィアもまた、赤髪のツインテールを揺らしながら目を輝かせてサキを応援する。
「ありがとう、二人とも、まかせておいて!」
サキは調子に乗って親指を立ててみせたが、そんなサキの楽観的な態度を見つめるユカリの気配が、一瞬で凍りつくような冷気へと変わった。
「ふん、お気楽ね、サキ。さあ、その威勢のいい元気が、一体いつまで持つかしらね」
ユカリは再び美しく白い腕を組みつつ、その切れ長の目をこれ以上ないほど冷酷に細め、氷の刃のような冷たい笑顔をサキへとまっすぐに据えた。
そのあまりに容赦のない「本物の魔女」の威圧感を前に、サキは「ヒッ」と喉を鳴らし、再び背筋に最悪の悪寒が走るのを感じて冷や汗を流すのだった。
少し調子に乗ってしまったサキ。
更に厳しい指導が待っているのでしょうか?




