第43話 銀色の光
起きた途端に、男たちへの理不尽なマナ分配の義務を思い出し、少しガックリと肩を落としたサキだったが、そうしてベッドの上で溜め息をついていると、部屋のドアが静かに開かれた。
そこに立っていたのは、いつものように超然とした佇まいのユカリと、その後ろからふわっとした赤髪のツインテールを揺らして顔をのぞかせたルクレツィアだった。
「サキ、おはよう。もう起きているわね」
「サキさん、おはようございます。体調はいかがかしら?昨日の疲れは残ってはいませんか?」
ルクレツィアは吊り目気味の瞳を優しく和らげ、上品に微笑みながらサキの元へと歩み寄ってきた。
「今日もさっそく魔女回路の調整を行いますけれど……昨日で魔法回路の基礎、一番大切な根元の構築は、無事に完了いたしましたわ。ですので、今日はその基礎を元に、さらに回路自体の強化を行いますね」
「回路の強化……?」
「ええ。昨日ほど、魂を直に削るような激痛ではないですけれど、今日は体内の回路を縦横に押し広げたり、マナを流すバイパスの数を増やしたりいたします。ですので、独特の強い違和感や、それなりの痛みがあるかも知れないですが……サキさんなら昨日あの地獄を乗り越えられましたもの、きっと今日も乗り越えられると思いますわ。頑張ってくださいましね」
ルクレツィアの励ましに、サキは生唾を飲み込んで小さく身震いした。
「……ルクレツィア、正直ちょっと怖いけれど……。でも、私が強くならなきゃいけないんだ。お願いします!」
サキが覚悟を決めてそう答えた、その直後だった。
ルクレツィアは突然、周囲に聞こえないような素早い動きでサキのすぐ耳元に顔を寄せてくると、お嬢様口調のまま、声を潜めて熱っぽく囁いてきた。
「(――サキお姉様。昨日は流石に特訓の後で疲れ果てておられましたので、お願い出来ませんでしたけれど……。今日は調整が無事に終わりましたら、あの『あにめ調』の可愛いキャラクターの絵を、たくさん描いてくださいましね。お願いいたしますわ)」
「あ、あはは……。そうだったね」
サキは彼女の、その変わり身の早さと、オタク特有の執念に苦笑した。
「昨日は本当に無理だったけど、今日は意識がしっかり残りそうなら大丈夫かな。分かったよ、終わったらちゃんと描いてあげるよ」
「まあっ! 嬉しいですわ! わたくし、今日も最高に気合いを入れますわ!」
ルクレツィアはパッと顔を輝かせ、胸の前で小さな拳を握りしめた。
(き、気合い……。まあ、ルクレっちが気合いを入れて術式を完璧にコントロールしてくれることで、少しでも早く私がマナを制御出来るようになれば、それでいいのかな?)
サキが少し呆れつつもそんなことを考えていると、ユカリが静かに顎を引いた。
「じゃあ、行きましょうか」
ルクレツィアに手を引かれるようにして、一行は再びあの重苦しい地下の訓練室へとやって来た。
一歩足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような冷たいマナの空気感と、昨日自分がのたうち回った床の光景が視界に入り、サキは思わず背筋が寒くなるのを感じた。
「サキっち、頑張って」
後ろから、クティラが一生懸命に声をかけてくれる。
「クティラ、ありがとう。行ってくるよ」
サキは微笑み、魔術陣の中心へと進んだ。
彼女の横には、すでに腕を組んでこちらを無表情で見つめるユカリの姿がある。
(……一刻も早くマナを完璧にコントロール出来るようになって、ユカリ様に心を読まれないようにならなくちゃな。プライバシーもへったくれもないよ)
サキが心の中でそんな毒づきをした、その瞬間。
「サキ、そこまで心を閉ざしてマナを秘匿できるようになるには、あなたにはまだ随分と時間がかかるわよ」
「また読まれた……っ!」
サキはガクッと肩を落とした。やはり思考が完全に筒抜けなのは精神衛生上よろしくない。
「さあ、サキさん。始めますわよ」
ルクレツィアがサキの正面に立ち、両手を構えた。
今日、彼女の手のひらに灯ったのは、昨日のおぞましい金色とは違う、鋭く冷徹に煌めく「銀色の光」だった。
ルクレツィアの銀色に光る手が、じわじわとサキの胸元へと近づいてくる。それがサキの肌に触れるか触れないかの距離に達した途端、サキの肉体に強烈な異変が起きた。
「――っくあ!?」
昨日とは違う、まるで冷たい鉄の棒を皮膚の上から直接、身体の中に、内臓の隙間へと無理やりズブズブと突っ込まれて、内側から肉を横にぐいぐいと力任せに押し広げられるような、おぞましい違和感がサキの全身を支配した。
「痛っ……! 痛い、痛い痛いー!! ルクレツィア……っ! か、身体が、内側から押し広げられるみたいだ……っ!」
途端に、苦しげな表情になるサキ。
「がああああーーっっ!!」
昨日とほとんど変わらない、脳の芯を直接金槌で殴られるような凄絶な痛みが、再びサキを襲う。
銀色のマナの触手がサキの魔女回路のバイパスを増やすたび、神経が激しく拒絶反応を起こしていた。
「あああああーーっっ!! ぎぎぎぎ――っっ!!」
サキはまたしても床に膝をつき、必死に床を爪で掻きむしりながら絶叫した。
「ぐわあああ……っ! た、助けてーーっ! 痛い、痛いってば!!」
「サキっち……っ!」
そのあまりに痛々しいサキの叫び声に、壁際で見守っていたクティラは、三つ編みの髪を、きゅっと胸元で抱きしめ、涙を浮かべてユカリを見上げた。
「ユカリ様!サキっちの痛み、昨日と全然変わってない!またあんなに苦しんでる!どうして?!」
ユカリは腕を組んだまま、微動だにせずサキを見つめ、静かに答えた。
「クティラ、これでも昨日よりは、まだ痛みはマシな方なのよ。体内の魔女回路や神経を強引に破壊して作り変えた昨日に比べれば、今日の術式はただの拡張に過ぎないの。おそらくサキ自身も、頭のどこかではそれが分かっているとは思うけれど。それでも、痛みや肉体の苦しみがなくなるわけではないのよ」
「どうして……?」
クティラは溢れ出る涙を堪えきれず、ポロポロと床に零しながら、悲痛な声を絞り出した。
「どうしてサキっちだけ、こんなにひどい目に遭うの……? サキっち、何も悪いことしてないのに……」
ルクレツィアいわく、昨日よりはマシだとはいいますが、元々魔女回路を持っていなかったサキにとっては、それでも地獄の苦しみなのです。
チートまでの道のりはまだまだ遠いサキです。




