第41話 つんでれ
ウルの部屋のドアを静かに開けて中に入ると、そこには先ほどまで地下でサキの治療をしていたアザレアが、ウルのベッドの脇で医療道具や、治療用の魔道具を片付けているところだった。
アザレアは入ってきたサキの姿を見るなり、両手を腰に当てて怒鳴った。
「あ、サキ! ちょっとー!まだそんなに身体を動かしちゃダメでしょ、クティラ!ベッドの上でおとなしく寝かせてなさいって言ったじゃないのー!さっきの、ボロボロのサキを覚えてないのー?!」
「ごめん、アザレアっち、どうしても、ウルっちに会いたいって、お願いされたから……」
「アザレア、私が無理を言って連れて来てもらったから、クティラは全然悪くないよ。ああそうだ。アザレア……お前も、さっき地下で私に癒しの魔法をかけてくれたんだな。クティラから聞いたよ。……ありがとうな」
サキが心からの感謝を込めて微笑むと、アザレアは一瞬にして顔を真っ赤にし、ぷいっと不機嫌そうにそっぽを向いた。
「ふん! べ、別に!! あなたのためなんかじゃ、ないんだからね! ユ、ユカリ様に直々に頼まれたから、仕方なく治療してあげただけなんだからね!」
そのあまりにも教科書通りのツンデレな態度に、サキは思わず吹き出してしまった。
「ははは! お前って、本当に笑えるくらい、テンプレのツンデレだな!」
「な、なによそれ! 前から何度も私のことを『つんでれ』って言ってるけど、それって一体何なのよ、バカにしてるの!?もー!」
アザレアは恥ずかしさを隠すように、顔を真っ赤にして、サキの胸元をぽかぽかと拳で小突いて抗議する。
「まあまあ、私の向こうの世界の言葉だから、気にしないでいいよ。深い意味はないから」
「そんな事言われても、なんかすっごく気になるのよ〜!」
アザレアが、ジト目で唸るのを制しながら、サキはベッドの方へと視線を向けた。
「そ、それよりウルは……?ウルに会いたいんだよ」
「はぁ……こっちよ」
アザレアは小さくため息をつくと、ベッドのカーテンを開けてくれた。
そこには、セラーノ王国の最高級の寝具に包まれ、小さく規則正しい寝息を立てながら、すやすやと眠っているウルの姿があった。
その顔色は人形のように白いが、苦しそうな様子はない。
「前にも言ったけれど、命に別状は一切ないの。もう回路の再起動も終わったから。だから、そこまで心配しなくてもいいのよ」
アザレアが横から優しく声をかける。
「それは、分かってるけど……」
サキはウルの小さな手をそっと握りしめた。
冷たくて、けれど確かに生きている温もりがある。
この小さな女の子が、みんなを守るために、全てを投げ打ってくれたのだ。
サキはアザレアを振り返り、縋るように問いかけた。
「アザレア、今……私のこの魔女回路の中にあるマナを、ウルちゃんに分けて渡すことはできないのか?」
「駄目よ、ユカリ姉様から聞いたでしょ?」
アザレアは即座に首を横に振った。
「今のあなたのマナの量と、そのまだまだ貧弱な魔女回路じゃ、ウルちゃんにマナを渡した瞬間、彼女の底なしの器に全ての魔力を強制的に吸い取られて、あなたの魔女回路ごと肉体を引き裂かれて死んじゃうわよ」
「それじゃあ、私じゃなくて、お前たちのマナをウルちゃんに……!」
「あのねーっ!!」
アザレアは呆れたように声を張り上げた。
「出来るんならとっくに、私だってクティラだってしてるわよ! 私たち全員のマナを合わせたって、到底足りないくらいに、この子の『器』は膨大なの! そんな無茶なマナの譲渡が出来るのは、この国じゃ深階第1位のユカリお姉様だけよ。だけど、もしお姉様がそれだけの膨大なマナをウルちゃんに与えちゃったら……もし、またハイパーボリアと何かあった時に、私たちはお姉様抜きで、奴らの軍勢を相手にしなきゃいけなくなるのよ!? そんな事になったら、この国が滅びるわ!」
アザレアの現実的で圧倒的な正論に、サキは言葉を失った。
「じゃあ、どうしたらいいんだよ……。半年も、あの子をこのまま眠らせておけって言うのかよ!」
悔しさに唇を噛み締めるサキに対し、アザレアはサキの目を真っ直ぐに見つめ、その肩を強く掴んで言い放った。
「そう思うんだったら――あなたがいち早く、もっと魔女回路を強くして、ウルちゃんに吸い尽くされないくらいの膨大なマナの器を、自分自身で大きく作り上げりゃいいのよ!! ……そのために、今日もあの地獄みたいな苦しみに耐えたんでしょ!?」
アザレアの激しい叱咤が、サキの胸の奥に眠っていた迷いを完全に吹き飛ばした。
そうだ。自分が今日、あの心臓を毟り取られるような痛みに耐え抜いたのは、何のためだったのか。
全ては、自分の手でウルを目覚めさせ、ハイパーボリアに囚われた人たちを救うためだ。
「……そうだったよ。だから私は、あの苦しみに耐えたんだ」
サキはウルの小さな手をもう一度強く握りしめ、アザレアに向かって力強く不敵に微笑んでみせた。
「アザレア、分かったよ! 誰のせいでもない、私がやるしかないんだよな! 次の特訓も、いくらでも受けて立つよ!ボロボロになった時は、またよろしくな!」
「もう!いつも私を頼りにしないでよね!私だって好きで、あんたを治癒してるんじゃないからね!」
腕を組んでプイッと向こうを向くアザレア。
「ほんとテンプレのツンデレだよな、お前って」
「な、何よ!「てんぷれのつんでれ」ってどういうことなのよ?!バカにしてるの?!」
「だから、そんなことはないからって……」
ウルのベッドの傍らで、サキの瞳には、どんな過酷な運命をも撥ね退けるような、魔女としての本物の覚悟の炎が灯っていた。
アザレアのツンデレ爆発回でした。
いつも新キャラが出てくる時に、どんなキャラにしようか、頭を悩ませています。




