第39話 胸に灯る少女の笑顔
「ぎぎぎぎぎ――っっ!! ぎゃぁぁぁぁ――っっ!!」
地下訓練室の冷たい床の上で、サキは背中を弓なりに反らせ、喉が千切れんばかりの悲鳴を上げ続けていた。
心臓を直接鷲掴みにされ、内側から金色の炎で、焼き広げられているかのような未知の激痛。
全身の毛細血管が破裂しそうなほどの圧迫感がサキの小さな肉体を襲い、その端正な顔は涙と脂汗で完全に、ぐしゃぐしゃに歪んでいた。目と鼻と口からは血が滲んで流れ出している。
「ああっ、サキっち、サキっち……!!」
壁際で見守っていたクティラは、その凄惨な光景に居ても立ってもいられず、今にもサキの元へ駆け寄ろうと一歩を踏み出した。
その綺麗な碧い瞳の目からは、大粒の涙がポロポロと零れ落ち、彼女の自慢の触手も小さく萎縮してしまっている。しかし、その細い肩を、背後から伸びてきた白く滑らかな手が強く引き留めた。
「クティラ、落ち着きなさい」
ユカリの、いつもと変わらぬ冷徹で毅然とした声が響く。
「サキは今、自分自身の限界を超えるために、その痛みに必死で耐えているのよ。私たちが取り乱して術式を乱せば、それこそあの子の命に関わるのよ。……じっと、見守ってあげなさい」
「でも、でも……! サキっち……あんなに、苦しんでるよ!」
クティラは溢れる涙を拭おうともせず、悲痛な声を上げてユカリを振り返った。
「クティラ」ユカリは、それ以上言葉を重ねる代わりに、泣きじゃくるクティラの華奢な身体を、後ろからそっと包み込むように強く抱きしめた。
その瞬間、クティラはハッと息を呑んだ。
自分を抱きしめてくれている、ユカリの身体が、実はごく僅かに、けれど確実にカタカタと震えていることに気づいたからだ。
いつも完璧で、冷酷で、どんな事態にも動じないはずのあのユカリが、サキの絶叫を耳にしながら、必死に自分の動揺を押し殺し、奥歯を噛み締めて我慢している。
(ユカリ様も……震えてる。ユカリ様だって、サキちゃんが苦しむのを見るのは、本当はすごく辛いんだ。必死に堪えてるんだ……)
ユカリの内に秘められた、痛烈なまでの覚悟を肌で感じ取ったクティラは、袖で乱暴に涙を拭うと、小さく、けれど力強く頷いた。
「……はい。私、サキっちを、応援する」
クティラは両手で、青髪の三つ編みをきゅっと握りしめ、耳を塞いでいた触手を耳から外し、痛みにのたうち回るサキの姿を、今度は逃げることなくその一途な瞳でじっと見据えた。
その頼もしい横顔を見つめながら、ユカリは内心で深い感慨を覚えていた。
(甘えん坊で、いつも自分の世界に閉じこもっていた、不思議ちゃんのクティラが、他人のために、ここまで強く、必死になれるなんて……。サキは、ウルだけでなく、あのアザレアや、このクティラにまで、これほどまでに良い影響を与えている。……やはり、この子はこれからの、この国にとって、絶対に不可欠な存在だわ。これであの子が、自分の意志で魔法を自由に扱えられるように、なりさえすれば……サキ、頑張るのよ)
ユカリは自分自身では全く気づいていなかったが、実はユカリ自身の凍てついた心にもまた、サキという異分子の存在が、確実に大きな影響を与え、変化をもたらし始めているのだった。
「ぐががががーーっっ!!」
床にうずくまり、狂ったように震えながら激痛に耐えるサキ。
あまりにも床をかきむしるため、両方の指の爪が全て剥がれ、出血していた。
その彼女の背後から、ルクレツィアは吊り目気味の瞳にどこまでも真剣なプロの魔女の光を宿し、両掌から放たれる金色の光の出力をミリ単位でコントロールしていた。
「サキさん、もう少し、あと少しですから……っ! もう少しで、あなたの心臓の魔女回路の強化が終わりますわ!」
ルクレツィアの必死の呼びかけすら、今のサキの耳には、遠い世界の雑音のように掠れて届かなかった。
あまりの激痛に、サキの意識は何度も暗転し、失神しそうになる。
だが、その瞬間に、次から次へと体内で爆発する新たな魔女回路の激痛の衝撃が、サキの脳を無理やり叩き起こし、強制的に意識を覚醒状態へと引き戻してしまうのだ。
気絶することすら許されない。まさに、終わりのない無限の地獄の苦しみだった。
(もう嫌だっ!! 嫌だ、嫌だ、嫌だーーっ!!苦しい!痛い! 助けて!こんなの今すぐやめたい……っ! 痛い!痛い!痛い!なんで……なんで私が、こんなところで、こんな目に遭わなきゃいけないんだよ……っ!も、もう……やだよ……やめて、助けて……)
サキの心が、痛みによる絶望で完全にポキリと折れかけた、その時だった。
真っ暗なサキの脳裏に、ふっと、あの少女の眩いばかりの笑顔が浮かび上がった。
――『さきちゃん、私がさきちゃんを守ったんだよ!』――
ウル。 刺客に襲われ、命を落としかけた私を助けてくれた、愛おしい女の子。
(そうだ……私は、ウルのために強くなるって決めたんだ……っ!私が強くなれば、幼いウルが戦うことも少なくなる。 ウルが命を懸けて守ってくれたこの命を、ここで諦めてたまるか……っ!)
ウルの笑顔が、折れかけたサキの心に、再び猛烈な闘志の炎を燃え立たせる。
(もう少し……っ! あと少し! あと少しだけ、この地獄を我慢すれば……っ! ウルを、あの子をもう一度、私のこの手で抱きしめられるんだから……っ!!)
「ぎぎぎぎぎ――――っっ!!」 サキは血の混じった声を上げながら、ウルの名前を胸の中で何度も叫び、迫り来る痛みの波へと再び真っ向から立ち向かっていくのだった。
心が折れそうになるサキをウルが繋ぎ止めてくれました。
また、クティラやユカリにとっても、サキの存在が大きくなりつつあります。




