第37話 邂逅はKAWAIIと共に
ユカリの「いいわよ、入って来て」という合図と共に、部屋の扉の向こう側の人影が現れた。
サキはベッドの上で、クティラの触手に緩く包まれたまま、次に現れるであろう、ユカリを手伝う「調整役」の姿を固唾を呑んで見つめている。
ユカリの20%の出力であれだけの地獄を見たのだ。新しく入ってくる存在が、どれほど冷酷でおぞましい魔女なのかと、身構えずにはいられなかった。
しかし、部屋に一歩足を踏み入れてきたその人物を見た瞬間、サキは思わず、呆気に取られることになった。
「――お呼び出しにより、参上いたしましたわ。ユカリ様」
気高そうな、気品に溢れた美しい声が響く。
右足の片膝をつき、右手のひらを左胸の前に当てて、頭を下げている少女がいた。
年齢は、サキと同じか、あるいは少し年下に見えるほどの可憐な少女。
目を引くのは、鮮やかな大輪の薔薇を思わせる見事な赤髪で、その髪型は天然パーマ特有の軽くウェーブした、ふわっとしたボリューム感のあるツインテールだった。
やや吊り目気味の切れ長な瞳は、貴族の生まれであることを証明するかのように、気高く輝いている。
(うわ、なんか貴族のお嬢様、という感じで、失礼だけど、気が強そうで高慢な雰囲気の子に見えるよ……あなたの様な下々の方達に関わってなんていられませんわ!みたいに言い放たれそうな雰囲気だな)
だが、サキの視線が釘付けになったのは、そのお嬢様然とした容姿や、彼女が身に纏っている最高級であろうと思われる、魔法衣の「装飾」だった。
彼女が手にした精緻な魔導杖の先端や、上品なドレスのブローチ、果ては腰のベルトに至るまで、およそ高貴な魔女には似合わない、布やフェルトを不器用につなぎ合わせて作ったと思われる、奇妙でファンシーな手作りの様に見えるマスコットぬいぐるみが、これでもかといくつもぶら下がって揺れていたのだ。
(なに?あのマスコット……?この子の雰囲気に全く合わないんだけど……何かの魔術のアイテムなのかな?)
「サキ、紹介するわ。彼女はエイボン公爵家の令嬢であり、『セラーノ王国魔女深階第五位』の魔女、エイボン=ルゥ=ルクレツィアよ」
ユカリが淡々と紹介する中、サキはユカリの口から出た聞き慣れない単語に首を傾げた。
「あの、ユカリ様……。その、『深階』って何なのですか?」
ユカリは腕を組んだまま、ルクレツィアを一瞥してからサキへと視線を戻した。
「この国における魔女の格付け、序列のことよ。深階とは、魔法の深淵にどれだけ辿り着けたか、そしてその身に、どれだけ深く濃密なマナを取り込めるかによって、厳格に順位が決まるの。ちなみに、女王陛下を除いた最高位である第一位は私、そして第二位はウルよ。三位と四位は今ここにはいないけれど、このルクレツィアは、若くして第五位の深淵に触れている、回路の精密操作に関しては国内随一の魔女なのよ。あなたの歪な魔女回路を調整するには、これ以上ない人材なの」
「深階、第五位……」
サキは、目の前の赤髪の少女が、あの恐るべき才能を持つウルに次ぐレベルの、とんでもない高位の魔女であることを知って戦慄した。
ルクレツィアは、吊り目気味の瞳でサキをじっと見つめていたが、高慢にそっぽを向くこともなく、むしろ親しみやすそうな、優しい微笑みを浮かべて、ドレスの裾をエレガントにつまんで一礼した。
「初めてお目にかかりますわ、サキさん。わたくし、エイボン=ルゥ=ルクレツィアと申します。ユカリ様からお話は伺っておりますわ。異世界からいらっしゃった、あなたの魔女回路の調整役として、このルクレツィア、精一杯お力添えをさせていただきますわね」
(あれ……? すごく物腰が柔らかくて、優しいお嬢様だ……。吊り目だし、もっとツンツンした高飛車な雰囲気だと思ってたから、拍子抜けっていうか、ちょっと安心したかも……)
サキがホッと胸を撫で下ろしたその時、ルクレツィアが手にした杖が小さく揺れ、そこに付いていた手作りのマスコットが、サキの目の前でゆらゆらと揺れた。
そのマスコットを見た瞬間、現代日本でアニオタとして生きていたサキの脳細胞が、別の意味で激しく反応した。
(待ってよ……。あのマスコット……丸い体に、ボタンの目が付いていて、頭から謎の触角が生えてる……。たぶん、本人はものすごく可愛いマスコットを作ろうとしたんだろうけど、絶妙にデザインのバランスが崩れていて、なんだかちょっと不気味なことになってるぞ!?これを作った人、不器用なのか?)
ルクレツィアはサキの視線に気づくと、パッと頬を輝かせ、嬉しそうにそのマスコットを差し出してきた。
「あら、サキさん。この子たちが気になりますの? 嬉しいですわ。これらはすべて、わたくしが自作いたしましたマスコットの『ぴょん太くん』たちですのよ。 とっても愛らしくて、可愛い子たちだと思われませんか?」
「あ、ええと……はは、手作りなんですね……個性的で、いいと思います……」
サキが苦笑いしながら答えると、横からクティラが触手をのばしてマスコットをツンツンと突っついた。
「ルクレっちの作るお人形、いつも不思議な形をしてる。ちょっと怖い……」
「そんなことないですわ、クティラさん! サキさん、わたくし可愛いものには目がないのですけれど、あまりそういうものが、身の回りになくて……。ですから、こうして自分でデザインを考えて、自ら毎夜製作に励んでいるのですわ。でも、なぜか理想通りの可愛さにならないので、最近は少々悩んでおりまして……」
ルクレツィアは少し困ったように、若干天然気味に首を傾げた。
その様子を見たサキは、アニオタとしての本能がウズウズと疼くのを止められなかった。
元の世界で、数々のアニメやマンガ、可愛いキャラクターグッズを浴びるように見まくり、完全な趣味でイラストを描いてきたサキにとって、彼女のデザインの「どこをどう直せば劇的に可愛くなるか」が一瞬で理解できたのだ。
「あの……ルクレツィアさん。もしよかったら、私がいた元の世界で『可愛い』って大人気だったアニメのキャラクターのデザインのコツ、いくつか提案してみてもいいですか?」
「まあ! 異世界の可愛いデザインですの!? ぜひ、お話をお伺いしたいですわ!」
ルクレツィアは吊り目をキラキラと輝かせ、一歩サキへと詰め寄った。
サキはベッドの横にあったメモ用紙と、ペンをクティラの触手に取ってもらうと、さらさらと見事な手つきで、日本のアニメ調のデフォルメキャラクター(大きな潤んだ瞳、SDキャラや愛らしい動物モチーフの耳など)のイラストをいくつか描き出してみせる。
誰に見せるでもなく、完全な趣味でイラストを描いたりしていたのがここで役に立つとは思わなかった。
「例えば、このボタンの目を少しだけ内側に寄せて、輪郭をもう少し丸くして、ここにこうしてケモ耳を付けると……ほら、どうですか?」
サキが描き上げた日本のアニメ調のキュートなマスコットデザインを見た瞬間、ルクレツィアは「はわわわわ……!なんですの!これ!可愛い過ぎますわ〜」と短い悲鳴を上げてその場に座り込んだ。
彼女は震える手でサキの描いたイラストを受け取ると、落涙せんばかりの感動の表情でそれを凝視した。
「な、なんですの……この、脳を直接揺さぶられるような、この世のものとも思えない、完璧な愛らしさは……! これが、異世界のキャラクターですの?! 素晴らしいですわ、サキさん! わたくし、このような素晴らしいデザイン、生まれて初めて見ましたわ!」
「気に入ってもらえてよかったです。こういうアニメ調のデザイン、元の世界には山ほどあったので、いくらでもアイデア出せますよ」
サキがそう伝えると、ルクレツィアはサキの両手をぎゅっと握りしめ、顔を限界まで近づけてきた。
「サキさん! いえ、サキお姉様! わたくし、あなたとこれからの特訓の間、たくさんお話しがしたいですわ! ぜひ、その異世界の『あにめ調』とやらの、可愛いお洋服や、デザインについて、詳しく教えてくださいまし!」
「お、お姉様〜? いや、私の方が立場は下だし……教えるのは、もちろんいいけど……!」
一瞬にして距離が縮まり、お嬢様口調のまま大興奮する、ルクレツィアの天然な勢いに圧倒されながらも、サキは、この高位の魔女と一瞬にして深い絆(オタクの同志としての絆)を結ぶことに成功したのだった。
(初めて異世界で、元の世界の知識が役に立ったけど、これってよくあるチートやハーレム展開とは、ちょっと違うよね……ははは)
その様子を、ユカリはため息をつきながら、呆れたような、けれど、どこか計算通りのような目で、見つめていた。
可愛いもの好きのルクレツィアの登場です。
アニメ好きだったサキと意気投合出来そうです。




