第36話 20%の出力
ツンデレな心配を、クティラに暴露され、気恥ずかしさを隠すように冷淡な態度を取り繕ったユカリだったが、すぐにその切れ長の瞳に、いつもの冷酷な魔女としての鋭い光を宿らせた。
ユカリは腕を組んだままベッドの上のサキを冷たく見下ろし、告げる。
「さあ、サキ。2日間も無駄にベッドの上で休んだのだから、今日から早速、魔女回路の拡張訓練を再開するわよ」
ユカリの容赦のない言葉に、サキは一瞬身体を震わせたが、すぐにその大きな瞳に強い意志の炎を灯し、グッと身を引き締めた。
(そうだ……。私は2日間もこうして意識を失って休んでしまった。そのせいで、ウルちゃんの時間を、彼女の意識のないまま、2日も無駄に進めさせてしまったんだ)
それだけではない。自分がこうして安全な娼館「蜘蛛の糸」のベッドの上でぬくぬくと眠っている間にも、あのハイパーボリア皇国の境界の向こうでは、現代日本から甘い言葉で騙されて召喚された誰かが、今この瞬間もおぞましい呪術で磨り潰され、生きた魔導兵器へと変えられるという、地獄のような苦しみを味わっているかもしれないのだ。
一刻の猶予もない。自分が強くならなければ、誰も救えないのだ。
「ユカリ様。サキっち、まだ本当に今、目が覚めたばかり。 魔女回路の傷だって、アザレアっちが治してくれたばかり。そんなのサキっちには、まだ無理」
クティラがベッドの横から何本もの触手を、ふよふよと波打たせながら、必死になってサキを庇うようにユカリへと抗議した。
サキはそのクティラの青髪の頭へ、そっと手を伸ばし、優しく撫でた。
「ありがとう、クティラ。ずっと付き添っていてくれたお陰で、私はもうすっかり元気になったから。……だから大丈夫だよ。また訓練を始めるよ」
「サキっと、本当に?本当に、大丈夫?」
クティラは心配そうに触手の吸盤をサキの腕にピトッと寄せ、覗き込んでくる。
「うん、大丈夫!ありがとう。この前の地獄のシゴキのお陰で、私の体内の魔女回路も、前よりは確実に太くなって頑丈になってる感覚があるんだ。だから、今度はもう少し長く持つかも知れないよ」
サキが少しでもクティラを安心させようと努めて明るく笑ってみせると、ユカリはフンと鼻を鳴らし、あざ笑うような冷たい声を被せてきた。
「サキ、そんな甘いものではないのよ。一度広げた魔女回路の耐久度が上がったところで、次に注ぎ込むマナの密度が上がれば、結局は同じように内側から裂けるわ。少し回路が強くなったくらいで調子に乗らないことね」
「……分かってます!ラノベのチート主人公じゃないんだから、こんな異世界の規格外の力が、そんなに簡単にリスクなしで手に入るものでないことくらい、嫌っていうほど理解してます!……でも、もしまた訓練の途中で倒れちゃったら、その時はクティラ、またあなたの触手でよろしくね」
サキがベッドから足を下ろしながらそう言うと、クティラは嬉しそうに「うんっ!」と大きく頷き、サキの華奢な身体にその青黒い触手を柔らかく絡ませてきた。
「私の触手ちゃん、サキっちのためなら、いつでも、すっごく柔らかくして待ってる。だからいくらでも、倒れていい!」
「はは……それはありがたいけど、私が倒れる前提なのは勘弁してほしいな。ありがとうね、クティラ」
サキがクティラの触手の心地よい冷たさに苦笑していると、ユカリがゆっくりと部屋のドアの方へと歩きながら、思い出したように言葉を繋いだ。
「それと、サキ。この前、地下の訓練室であなたに流し込んだ私のマナだけれど……。あれは、私の『20%の出力』だったのよ。それなのに、あなたったら、たったそれだけの負荷であんな無様に血を流して倒れて、2日間も寝込むなんてね。……正直、最初の段階としては、あなたに少し負担をかけすぎたかも知れないわね」
「は……?にじゅ、う……?」
サキはユカリの言葉を聞いた瞬間、全身の血が凍りつくような衝撃を覚えた。
(え?嘘だろ?私の身体が内側から千切れ飛ぶかと思った、あの頭が狂いそうなおぞましい漆黒のマナの濁流……あれで、ユカリ様のたったの20%の力だったのかよ……!?)
「サキっち、ユカリ様のマナの量、この国で2番目に多い。だから、20%でもすごい量』
「ま、まあ、この国でもトップクラスだとは思ってたけど……え?じゃあ一番は……?」
「サキ、今はこれからの魔女回路を強くすることに集中しなさい。余計なことは考えないの」
「は、はい」
もしあの時、ユカリが本気を出して100%全開のマナをサキの体内に送り込んでいたら、魔女回路どころか、このTS美少女にされたサキの肉体そのものが、原子レベルで跡形もなく消し飛んで霧散していただろう。それだけ絶対的な魔力の格差を突きつけられ、サキは冷や汗が止まらなくなった。
本当に今にこのユカリを上回って、いつか倒せるのだろうか?
(いや、今はまず敵に対抗する手立てを持たないと!)
「だから、今日の訓練は私のマナを直接流し込むような無茶はしないわ。段階を踏むために、今日は私の代わりに、あなたの魔女回路を調整して、最適化するための『調整役』をわざわざ連れて来てあげたの」
ユカリは部屋のドアノブに手をかけ、冷酷に、けれどどこか楽しげに唇を歪めた。
(調整役……?一体、誰を連れてきたんだ……?)
サキが固唾を呑んでドアを見つめる中、ユカリは扉を開け、廊下に向けて声をかけた。
「いいわよ、入って来て」
そのユカリの合図とともに、サキの部屋の扉の向こうから人影が現れた。
セラーノ王国でもトップクラスの魔女のユカリ。
いつかサキが彼女を追い抜くことは出来るのでしょうか?
次回新キャラが登場します。
お楽しみに!




