第33話 器の拡張
「サキ、これから行うのは、あなたの未熟な回路を私の魔力で強制的にハッキングし、奥底に眠るマナの蛇口を無理やり全開にする術よ。あなたの肉体という『器』の中に、限界を超える濁流のようなマナを無理やり注ぎ込み、内側から回路を文字通り押し広げる。破裂しそうな風船の中に、さらに高圧の空気を送り込むようなものだと言えば、理解できるかしら?」
ユカリの指先から、おぞましいほどの漆黒の魔力が立ち上る。
ヨグ=ソトースの系譜を引き、セラーノ王国で最も強大な魔力を有するユカリは、既にそこに存在するだけで周囲の空間を歪ませるほどの質量を持っていた。
「くっ……!」
その魔力がサキの肌に触れた瞬間、細胞が本能的な恐怖で悲鳴を上げた。
かつてユカリに純潔を奪われ、その身に支配の記憶を刻み込まれた時の、あの抗えない圧倒的な絶望感が脳裏をよぎる。
「いくわよ、サキ。私の魔力から逃げようとすれば、その瞬間にあなたの回路は文字通り木っ端微塵に弾け飛ぶわ。私の魔力を、その身体の芯まで深く受け入れなさい――心の中で回路を全開にするイメージをしなさい」
ユカリの瞳が怪しく輝いた直後、サキの胸へと漆黒の閃光が突き刺さった。
「――あ、が、あぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」
次の瞬間、サキの口から人間性の崩壊した様な、絶叫がほとばしった。
痛い、熱い、苦しい――そんな生易しい言葉では到底表現できないほどの激痛が、サキの全身の神経を爆発的に駆け抜けた。
ユカリの冷酷で強大な魔力が、サキの細い魔女回路へ、容赦なく土足で踏み込み、内側の壁を無理やりベリベリと引き剥がしながら、拡張していく。
体内を沸騰したマグマが逆流しているかのような狂気の感覚に、サキの視界は一瞬で真っ白に染まった。
「ぐああああああーーーっ!」
「サ、サキちゃんっ!」
クティラが悲鳴のような声を上げ、思わず触手を伸ばしかける。
しかし、ユカリの鋭い眼光がそれを制した。
「手を出してはダメよ、クティラ! 今触れれば、あなたの魔力まで彼女に入り込み、彼女が崩壊してしまうわ! 耐えなさい、サキ! これが人々を救い、ウルのために半年という時間を3ヶ月に縮めると誓った、あなたの覚悟の対価よ!」
「う、あ、ああぁぁぁっ! ユ、ユカリ……さま、あ、あがっ……っ!!」
サキの美しい顔が苦悶に歪み、目からはボロボロと涙がこぼれ落ちる。
全身の毛細血管が圧力に耐えかねて、浮き上がり身体の各所で血管が切れ出血し、肌が痛々しいほどに赤く染まっていく。
脳が、精神が、このまま「女の子の身体」ごと内側から粉々に爆破されてしまうのではないかという強烈な恐怖。
(死ぬ……! こんなの、本当に身体が破裂するって……うがががっ!!)
心が折れかけ、その圧倒的な苦痛の前に意識を手放そうとしたその時、サキの脳裏に、冷たい搬送ベッドの上で真っ白になって眠り続けるウルの姿が浮かんだ。
いつも自分のために無茶をして、笑顔で自分を守ってくれた大切な女の子。
(ダメだ……ここで、諦めてたまるか……っ! 私は……守られるだけの、泥人形のままじゃ……終わらないって、決めたんだよぉぉぉっ!!)
サキは残された全ての精神力を振り絞り、自身の回路を、さらに奥深くへと開き直した。
ユカリの容赦のないおぞましい魔力を、拒絶するのではなく、その身を抉られながらも必死に貪り、己の血肉へと変えようと喰らいつく。
「……ふうん、 私の魔力を噛み砕いて、己の糧にしようというのね」
ユカリはサキの想像以上の食い下がりに、驚きを隠せないように微かに目を見張った。
サキの「マナの器」は、ユカリのマナの過酷な侵入に耐えながら、ミシミシと不気味な音を立てて、確実にその限界値を超えて広がり始めていた。
異世界カルコサの闇の奥深く、少女の絶叫と魔女の冷徹な声が交錯する中で、サキの魔術回路は、よりおぞましく、より規格外なものへと新生していくのだった。




