第2話 反逆の光
「――サキ、起きなさい」
昨日と同じ、冷たくて美しい声が部屋に響く。
その声で目が覚めた瞬間、俺は自分の身体を、胸を、股間を、狂ったように触り確かめた。
柔らかい膨らみ。細い指。 ない!ない!だが胸はある!!……んん、やっぱり、今日も戻ってない。日本の大学生だった『誠』の身体には、戻っていないんだ。
「うっ……、くそっ!本当に相手しないといけないのか?!」
愕然とし、思わず視界が涙で溢れそうになるのを、俺は奥歯を噛み締めて必死に堪えた。
目の前には、昨日と変わらぬ冷徹な瞳で見下ろしてくるユカリが立っている。
「ユカリ……?」
「そうよ、起きなさい。今日からあなたは、マナ(魔力)を吸い取ってもらわないといけないのだから」
マナを吸い取る。 その言葉の本当の意味を思い出し、心臓が嫌な音を立てて跳ね上がった。
そうなのだ。
今日から俺は、この二十歳の女の子の身体『サキ』として、見知らぬ男たちの相手をしなければいけないんだ。そうして、身体の中から溢れ出る凶悪なマナ(魔力)を他人に逃がさなければ、この肉体は内側から破裂して死ぬらしい。
「大丈夫よ、じきに慣れるわ」
事も無げに言い放つユカリに、俺の心の中で、恐怖を上回る怒りが爆発した。
「そんなの慣れるわけないだろ!!」
声を荒らげると、女の子の高い声が痛々しく部屋に響いた。
「お前みたいに最初から女じゃないんだ! 俺は、つい昨日まで普通の男として生きてたんだぞ!? それを、こんな場所に閉じ込めて、男の相手をしろなんて……!軽々しく言うな!!」
ベッドのシーツを涙が滲むほど強く握りしめ、ユカリを睨みつける。
彼女の美しい顔は、まるで感情のない人形のように固まったままだ。
その視線に一瞬たじろいでしまう。
「なあ、ほ、他に……他にマナを逃す方法はないのか!? 魔法を使ってどうにかするとか、何か他のやり方があるだろ!?」
縋るような俺の問いかけに、ユカリは一瞬だけ、本当に一瞬だけ、痛みを堪えるように微かに視線を落とした。
だが、すぐに元の冷徹な魔女の仮面を被り、氷のような声で言い放つ。
「他の方法なんてないのよ」
「そ、それならなんで性転換なんかするんだよ!お、男のままなら、お、女の子相手に、その……色々して、マナをあげられるじゃないか!」
「マナは女性しか生成できないの。この国では、男たちは女性からマナを受け取って、魔法や魔導装置を使っているの」
「じゃ、じゃあ俺は男のままで、自分の作り出したマナで魔法とか使えるじゃんか!!男のままでもいいじゃんか!!」
「それはダメなの。あなたはこの世界では女性になるしかないの」
「なんでだよ!意味分かんねえよ!」
「それに一度TS化するともう二度と元の性別には戻れないのよ」
「な、なんでだよ?」
「TS化すると言う事は、虫が幼虫から蛹になって、一旦自分の身体をドロドロに作り替えるのと同じ事なの。だから同じ身体でもう一度そんな事をすると、人の形を保つ事が出来ないの。だからあなたはもう女性として生きて行くしかないのよ」
その一言が、俺の最後の希望を無慈悲に打ち砕いた。
「この世界で、あなたの厖大な魔力を安全に体外へ排出する方法は、そうする(TS化)しかないの。理不尽だと思うでしょうけど、これがあなたの運命なのよ。受け入れなさい」
運命を受け入れろ、だと? 冗談じゃない。
男の尊厳も、女の純潔も、すべてを泥水に突き落とすような運命を、誰が大人しく受け入れるもんか。
(……いや、待てよ。こいつは『魔法を使ってどうにかする方法は【ない】』と言った。だけど、それは【今のユカリにはできない】ってだけじゃないのか?)
絶望のどん底で、ひねくれ大学生だった俺の頭が、生きるために急速に回転を始める。
ユカリは昨日、「魔法はこれから教えてあげる」と言った。
なら、まずは大人しく従うフリをして、こいつから魔法のすべてを盗み出してやる。
そして、男の相手なんてしなくても魔力をコントロールできる方法を、俺自身の力で見つけ出して、この地獄から絶対に這い上がってやる!絶対にこの世界を壊してでも、元の世界に戻ってやる!!
絶望にまみれたサキの瞳の奥に、初めて小さな、けれど決して消えない「反逆の光」が宿った。
「さあ、準備をしなさい。あなたの最初の客がもうすぐ上の部屋へ到着するわ」
ユカリはそう言い残し、サキに豪奢な、しかし肌の露出が多い、白の薄絹のドレスを着せると、部屋の重い扉を開けた。 薄暗い石造りの廊下に出た、その瞬間だった。
(――今だっ!!)
サキの身体の内に眠る、大学生『誠』としての野生が弾けた!
ユカリが鍵を閉めるためにほんの一瞬、背を向けた隙を見逃さなかった。
サキは不慣れなドレスの裾を荒々しく捲り上げると、裸足のまま、冷たい石床を全力で蹴って走り出した。
「あっ、サキどこへ行くの?!」
心臓が早鐘のように鳴り響く。
男たちの相手をさせられるなんて、死んでも御免だ。
このままこの長い階段を駆け降りて、どこか外へ繋がる出口を見つけて逃げ切ってやる。
「無駄よ」
いきなり耳元でユカリの氷の様な声が聞こえた。
「え?なんで、もう追いついて……ぐあっ!」
次の瞬間、サキの視界が突如としてねじ曲がった。
ユカリがその細い指先をサキの背中に向けて一振りすると、何もない空間から、赤黒い光を放つ半透明の「鎖」が蛇のように這い出てきた。
それは凄まじい速度で廊下を駆け抜け、逃げるサキの足首、そして両腕へと容赦なく巻き付く。
「なっ……、これ、は……っ!?」
物理的な鎖ではない。触れているのに質量がなく、だが、鉄よりも冷たく強固な「魔力の檻」だった。
衣服の上からでも分かるほど強烈な力で四肢を縛り上げられ、サキはその場に激しく転倒した。冷たい床に顔を打ち付け、激しい火花が視界に散る。
どれだけ力を込めても、指一本動かすことすらできない。
初めて本物の「魔法」をその身に受けたサキは、驚きと、現実離れした光景への恐怖で、全身の血が引いていくのを感じた。
(これが……魔法。これが、この世界の力なのか……!?)
ファンタジー小説で憧れていた眩しい力なんかじゃない。
自分を完全に支配し、家畜のように縛り付ける、圧倒的で理不尽な暴力そのものだった。
己の無力さに、サキは愕然とするしかなかった。
ユカリが、カツン、カツンと静かな足音を立てて近寄ってくる。
見下ろしてくるその切れ長の瞳は、どこまでも冷酷で、サキの抵抗など最初から織り込み済みだったと言わんばかりに冷え切っていた。
ユカリが軽く指を鳴らすと、サキの身体を縛る光の鎖が勝手に動き出し、彼女の身体を無理やり立ち上がらせた。
まるで、目に見えない糸で操られる操り人形だ。
「言ったはずよ、あなたは私には敵わないと。さあ、行きましょう。客を待たせるのは感心しないわ」
「い、いやだ!」
「もうこれがあなたの運命なのよ」
その淡々とした態度が、サキの恐怖を、凄まじい「憎悪」へと変えた。
サキは涙を流しながらも、血が滲むほどに奥歯を噛み締め、ユカリの美しい横顔をこれ以上ないほど強く睨みつけた。
(……覚えてろ。覚えてろよ!ユカリ!!)
心の奥底で、ドス黒い恨み言が渦巻く。
(今に見てろ……。お前が俺をここに閉じ込めて、こんな身体にしたことを、骨の髄まで後悔させてやる!魔法だろうがなんだろうが、全部お前から盗んでやる。そうして、お前も、この狂った娼館も、この理不尽な世界も、全部俺の手で徹底的に破壊してやる――絶対に元の世界に戻ってやるからな……!!)
燃え盛るような怨念を胸に秘めたまま、サキは上の階の豪華な一室へと連行された。
案内されたのは、紫色の香煙が怪しく漂う豪華な一室だった。
中央には大きな天蓋付きのベッドが鎮座している。
しばらくして扉が開くと、現れたのは、仕立てのいい衣服に身を包んだ、恰幅のいい中年の貴族風の男だった。その目は、サキの姿を捉えた瞬間、卑俗な欲望でぎらりと濁った。
「ほう……これが噂の『新入り』か。なるほど、絶品ですな。本当にこの子を?」
「ええ。どうぞお好きなように。ただし、彼女の身体に宿るマナは非常に強力です。あなたが耐えきれる分だけ、吸い尽くしてあげてください」
ユカリは顔色一つ変えず、冷徹な一礼をしてサキの拘束を解くと、部屋を退出し、背後でパタンと扉を閉めた。
「ユ、ユカリ……ま、待てよ……」
とうとう連れて来られてしまったサキ。
彼女は逃げ出すことができるのか?
魔法は使えるのか?!
面白い、続きが気になる!と思ってくださったら、ページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価や、ブックマークをしていただけると執筆の励みになります!




