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異世界カルコサの魔女回路 〜理不尽にTS美少女にされた俺、魔女都市の娼館での特訓の末、魔法を駆使し成り上がる!過酷な世界に抗うダークファンタジー〜  作者: あさなゆうなぎ
第1章 チートもハーレムもない世界

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第27話 覚悟

「サキちゃん、待って〜!」


 背後から響くのは、相変わらずのんびりとした、緊張感の欠片もない鈴を転がすような声だった。

 さっきまで、自分を殺そうとした刺客の頭部を無慈悲に、そして完璧に粉砕した張本人だとはとても思えない。クティラはペタペタと、お尻の触手を床に引きずるような奇妙な足音を立てながら、サキの後を追ってくる。


 サキはそんな彼女を振り返り、苦笑いを浮かべながらも、不思議と自分の心が落ち着いていることに気づいていた。一歩ずつ、けれど確実に、自分はこの異常な世界の狂気に「慣れつつ」あった。


 もし、これが現代日本での出来事だったなら――あるいは少し前の、この世界に召喚されてすぐの頃だったなら。自分を助けてくれた恩人であると理解していても、目の前で平然と人を肉塊に変えたクティラに対して、恐怖や生理的な嫌悪感を抱き、距離を置いていただろう。あの時のウルの様に。


 だが、ハイパーボリア皇国のあの非人道的で、悍ましすぎるやり方を聞いてしまった今、サキの価値観は完全に上書きされていた。


(私のいた世界の人間が、生きたまま肉体をすり潰されて、武器の材料にされている……。そんなことが、この世界のどこかで今も行われているんだ)


 胸の奥から、ドス黒い怒りと共に、確かな使命感が湧き上がってくる。

 ただ怯えて、ユカリやウルたちに守られているだけの存在でいてはダメだ!

 私はこの世界をいい方向に変えたい。


 これ以上、あの魔導兵器の犠牲になるような、理不尽に不幸になる人たちを減らさなきゃいけない!


 そのためには、この軟弱な身体に眠る規格外のマナを叩き起こし、戦える強さを手に入れなければならないのだ。


 そして、敵を退けるということは、これからは自分も彼女たちと同じように、血を流し、誰かの命を奪う側に回るということでもある。自分の代わりにその泥を被り、先ほど敵を排除してくれたクティラたちに対して、抱くべき感情は嫌悪などではない。


 あるべきなのは、純然たる「感謝」だけだった。


「そういえば、クティラって、走るの苦手なの?」


 サキは歩調を少し緩め、追いついてきた青髪の少女に問いかけた。クティラは「ふえ……」とぱっちりとした目を細め、だらしなくお尻の触手を揺らす。


「そうなの、私の触手ちゃん、けっこう重い。いつもこうして引きずるから、体力を、たくさん使っちゃう」

「ははは、そうなんだ。でも、近くで見ると本当にすごい触手だね。岩を粉々にするなんて、驚いたよ」


 サキが素直に感嘆の声を漏らすと、クティラは嬉しそうに長い三つ編みを跳ねさせ、お尻から生えた青黒いタコ足をパタパタと小刻みに動かした。


「でしょ! 私の触手ちゃん、すっごく可愛いの!」


「まあ……可愛いっていうか、めちゃくちゃ役に立つよね」


「そうなの。ほら、こういう風にも使える」


 クティラがいたずらっぽく微笑んだ瞬間、彼女の背後から太い触手が数本、生き物のようにニュルリと這い出てきた。サキが驚く間もなく、触手の内側に並ぶ生々しい吸盤が、サキの華奢な身体にベタリと吸い付く。


「うおっ!? あわわわ……っ!?」


「ほ〜ら、ぐるぐる〜!」


 冷たくて粘り気のある触手が、サキの胴体や両腕に一瞬にして巻き付いた。

 そのまま、まるで小さな子供をあやすかのように、クティラは触手の力だけでサキの身体を軽々と宙へと持ち上げた。


「う、うん、分かった! クティラの触手ちゃんが凄いのは本当によく分かったから! お願いだから一回おろしてくれないかな……っ!?」


 ぐるぐる巻きにされて、懇願するサキを見て、クティラは「そうなの? 残念……」と、不満げに口元を尖らせた。


 ――と、その瞬間。

 サキを優しく包んでいたはずの触手が、突如として鉄の万力のような凄まじい力で、サキの肉体をぎゅっと力任せに締め付けた。


「ふぐっ……!? ク、クティラさん……っ、痛い、痛いってば! 身体が、潰れる――っ!」

 あまりの圧迫感にサキが悲鳴をあげたが、クティラの顔から、先ほどまでののんびりとした表情が完全に消え失せていた。

 ぱっちりとした瞳が、見たこともないほど鋭く、冷徹な捕食者のそれへと変貌している。


「だめ! サキちゃん、じっとしてて、待ってて!」


 普段の締まりのない声とは完全に一線を画す、冷たく張り詰めた声。

 クティラはサキの全身を自分の触手で完全に覆い隠すように盾にして、廊下の中心へと立ち塞がった。


 直後。

 ――カン、カン、カンッ!!!!


 硬質な、何かが金属に激しくぶつかって弾け飛ぶような音が、クティラの触手の表面から連続して響き渡った。サキを庇うようにガッチリと固められたタコの皮膚が、目に見えない「何か」の襲撃を受け止め、激しい火花を散らしている。


 廊下の薄暗い闇の奥から、再び、サキの命を狙う冷酷な殺意が、容赦なく迫り来ようとしていた。


「触手ちゃんで守るから、サキちゃんは絶対にそこから動かないで!」


「う、動かないで……って言われても触手ちゃんで動けないよ」


 クティラの緊迫した声が、サキの全身を包み込む肉厚な皮膚の向こう側から響いてくる。

 外からの視界は完全に遮断され、サキの視界は暗黒に染まっていた。

 しかし、触手越しに伝わってくるクティラの身体の細かな震えと、大気が激しく震動する感覚で、外の戦況が尋常ではないことだけは嫌というほど伝わってくる。


「――くっ! 『ケラエノ・ボルト』!」


 クティラが短く呪文を唱えた。直後、バリバリと激しい魔力のスパークが触手の外側で弾け、彼女の手から放たれたであろう魔法弾が、薄暗い廊下の奥へと次々に射出されていく。

 

サキを触手の盾で完全に覆い隠し、全方位からの攻撃を遮断しながら、見えない敵の方向へと手探りで反撃を試みているのだ。


 しかし、いくら攻防一体の万能型のクティラとはいえ、その強力な物理攻撃の要である「触手」のほとんどをサキの防壁として割いてしまっている現状は、圧倒的に不利だった。


「クティラ! 大丈夫なのか!?」


 サキは暗闇の中で、身を捩りながら必死に叫んだ。


「大丈夫! サキちゃんはそこでじっと、あ、痛っ!?」


 クティラの短い悲鳴が響く。と同時に、サキを包む触手がビクンと大きく跳ね上がった。

「クティラー!?」


「なんでも、ない……。ちょっと、チクッとしただけ……」


 強がるような声だったが、息が明らかに乱れている。

  触手のわずかな隙間から漏れ出たクティラの魔力の光に照らされて、サキの目に最悪の光景が飛び込んできた。

 クティラの白く細い右手――その甲に、禍々しい目玉の紋様が刻まれた、ハイパーボリア特有の手裏剣のような暗器が深く突き刺さっていたのだ。

 そこからドクドクと、サキの時と同じ「汚れたマナ」が彼女の体内に流れ込んでいくのが見えた。


(クソッ……! そうだ、こいつは私を守るために触手を全部防御に使ってるんだ! だから、自分の身を守るための手が足りてないんだ!)


 頭に血が上る。まただ。また私は、自分より年下の、こんなに可愛い女の子に命懸けで守られて、ただ縮こまっている。そんな自分への激しい嫌悪感と、クティラをこれ以上傷つけさせたくないという強い衝動が、サキの胸の奥で爆発した。


(動け……動けよ、私のマナ……! ここで使わなきゃ、何のために覚悟を決めたんだ!)


 サキは暗闇の中で、必死に己の体内の魔術回路を開こうと集中した。

 ユカリの地獄のような特訓、そしてアザレアとの厳しい訓練の記憶が、濁流のように脳裏を駆け巡る。

 回路を開くイメージで、指の先へ全身のマナを極限まで集中させるんだ!

 現代日本のオタクの知識を総動員しろ!

 イメージするのは、空を裂き、すべてを焼き尽くす最強の雷撃――。


「痛っ! うう、次から次へと鬱陶しい……」


 外でクティラが再び苦悶の声を漏らす。敵の容赦のない遠隔攻撃が、確実に彼女の肉体を蝕んでいた。


「クティラ! お願いだから、その触手を少しだけ解いてくれ!」


「だめ……! サキちゃんは、私が絶対に守るって、ユカリ様と約束した……っ!!」


「クティラ! そんなことを言ってる場合じゃないだろ! 触手を攻撃に使わなきゃ、ジリ貧で二人ともやられちまう!」


 サキは必死に声を荒らげ、触手の内側からその肉厚な皮膚を両手で強く押し返した。

 指先には、今までにないほど濃密で、熱いマナの感触がパチパチと集まりつつある。


「私だって魔法を出せる! 戦えるんだ! だから――」


「うぐっ……!?」


 三度目の肉音が響き、クティラが大きく体制を崩したのが分かった。


「だから離せえぇぇええ――ッッ!!!!」


 サキの魂の叫びと同調するように、彼女の指先から圧倒的な光の粒子が溢れ出す。

 その尋常ではないマナのプレッシャーに押されるようにして、クティラの触手の締め付けが、ほんの少しだけ緩んだ。


「うう……っ」


「よし……っ!」


 わずかにできた触手の隙間から、サキは前方の廊下へと視線を向けた。

 そこには、不気味な魔導兵器を構え、次の暗器を放とうと身を潜めているハイパーボリアの暗殺者の姿がハッキリと見えた。


 サキは迷わず、開いた魔術回路のすべてを爆発させるように解放した。

 内に溜まっていた規格外のマナが、指先へと一気になだれ込む。


「喰らい……やがれええぇぇッッ!!!!」


 サキの突き出した両手から、廊下全体を真っ白に染め上げるほどの、極太の雷撃が迸った。それはユカリの放つ洗練された一撃とは違い、荒々しく、あまりにも膨大で、荒れ狂う嵐のような電力の奔流だった。


 バリバリバリドゴォォォーーンッッ!!!!


「ぎゃああぁぁぁッッ!?」


 凄まじい衝撃波と共に、雷撃が暗殺者の正面に直撃した。

 あまりの威力に敵の前面の衣服や肉体が一瞬にして黒焦げになり、強烈な電撃によって神経を焼き切られた暗殺者は、人形のようにその場に硬直して動きを止めた。


 サキの放った一撃が、完璧に敵の隙を作り出したのだ。


「あ、当たった……」


「――サキちゃん、ナイス!!」


 サキの魔法を確認した瞬間、クティラの身体から、サキを守っていたすべての触手が完全に解き放たれた。

 限界まで圧縮され、怒りによって硬度を高められた何本もの極太のタコ足が、鞭のように、いや、巨大な鉄槌のように、自由を得て一気に前方へと突き出される。


 ――グシャアアッッッ!!!


 廊下の壁や床が激しく陥没するほどの凄まじい衝撃音と共に、骨が木端微塵に砕け散る恐ろしい音が響き渡った。

 動きを止められていた暗殺者の肉体は、クティラの容赦のない物理攻撃によって、一瞬にして原型を留めない肉塊へと叩き潰された。


 飛び散る火花と肉片のなか、サキは激しく肩で息をしながら、初めて自分の力で敵の動きを止め、仲間と共に勝利を掴み取ったその瞬間に、激しい高揚と確かな手応えを感じていた。


この世界の残酷さに慣れつつあるサキ。

自分の身を守るためには、この戦いがこのあとも続きます。


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