第26話 魔導兵器
アザレアとのツンデレな応酬で少しだけ頭が冷えたサキは、クティラが持っている、あの不気味な武器を見つめ、再び表情を引き締めた。
「そ、そうだった……。この『魔導兵器』って、一体なんなんだよ?」
サキは、先ほどクティラが男から奪い取り、今はその手に握られている短刀を指差した。
「ああ、これ? はい、アザレアっち」
「ありがと」
クティラから短刀を受け取ったアザレアは、ふむ、と鼻を鳴らして刀身を、ためつすがめつ眺めた。柄についた生々しい目玉が、アザレアの手の中でもギョロギョロと不快に蠢き、脈動している。
「やっぱりキモいな……」
「ウルちゃんへのあんたの態度の方がキモいわよ」
「うるさい!」
「それにね、この子は好きでこうなったんじゃないのよ」
「え?どういう事?」
「ちょっと待ってて」
アザレアは意を決したように小さく息を吐くと、その短刀を両手で包み込むように持ち、静かに呪文を唱えた。
「――『ノーデンス』」
その瞬間、短刀全体がまばゆい白光に包まれた。
サキが目を見張っていると、短刀についていたあの気持ち悪い目玉が、まるで安らかな眠りにつくように、ゆっくり、ゆっくりと閉じていった。
そして、目玉が完全に閉じたかと思うと、短刀の鉄の刃も柄も、すべてが綺麗な光の粒子へと崩壊し、空気中に溶けるようにして消え去ってしまった。
「今まで苦しかったよね、安らかにお眠り……」
あまりの光景に、サキは声を漏らす。
「な、何をしたんだよ……?」
「だから、私の得意な癒やしの魔法、ノーデンスで浄化してあげたのよ。あの子の魂も、これでようやく天に戻ったわ。これであの子の苦しみも、やっとなくなるから……」
アザレアは光が消えた自分の両手を見つめながら、どこか哀しげに、けれど確かな慈悲を込めて呟いた。
「そうなんだ……」
サキは胸が締め付けられるような思いで、光が消え去った空間を見つめた。それから、ずっと胸の奥で渦巻いていた憤りを、アザレアにぶつけるように問いかけた。
「なぁ、なんでハイパーボリアは、こんな酷いことをするんだよ……!?」
アザレアの隣で、クティラがいつも通りの抑揚のない声で答える。
「まあ、こういう兵器を作って無理矢理にでも魔法を使わないと、うちの国の強い魔女たちには、逆立ちしたって勝てないですからね〜」
「そ、そんな理由で……! でも、人を、人をあんな風に形を変えて、道具にするなんて……っ!」
「人を道具としか考えていない。それが奴らの、ハイパーボリア皇国のやり方なのよ」
アザレアが冷徹に言葉を継ぐ。サキは納得がいかず、さらに声を荒らげた。
「そんなことをしなくたって……! でも、あの兵器にされた人たちだって、自分の国の国民だろ!? なんでそんなことが平気でできるんだよ!」
サキのその言葉に、アザレアはどこか憐れむような、ひどく冷ややかな視線をサキへと向けた。
「……自分の国の国民も、もちろん含まれているでしょうね。でも、あの生贄にされている大半は、奴隷や、他国から拉致してきた人間よ。――そう、例えば、あなたのいた世界(現代日本)からこの世界へ連れてこられた人間とかね」
「え……?」
サキの思考が、完全に凍りついた。
「なんだって……!? 今、なんて言ったんだよ……!?」
心臓が、今までにないほど激しく鐘を鳴らす。
自分のいた世界の人。つまり、自分と同じように異世界から召喚されたり、迷い込んだりした「異世界からの人間」が、あのおぞましく脈動する生ける武器の材料にされている。その最悪極まりない事実が、サキの脳裏に突き刺さるのだった。
「だって、そうすれば自国民を犠牲にしなくて済むでしょ?」
アザレアは冷淡に、当然の事実を告げるように言い放った。
あまりにも非人道的なその割り切り方に、サキは声を震わせる。
「で、でも……人を別の世界から連れてきて、そんな酷いことをするなんて……! べ、別にそんな武器なんかに改造しなくたって、そのまま元の姿のまま、魔法の力を与えればいいんじゃないか……っ!」
「それができないから、あいつらはああしてるのよ」
アザレアは溜息混じりに首を振った。
「ここセラーノ王国の人間とは違って、ハイパーボリアや、あなたのいた世界の人種、奴隷達は、元々マナや魔法への感受性が絶望的に低いの。生身のままじゃ、こちらの世界の魔術回路を移植しても拒絶反応で死ぬだけよ。だから奴らは、連れてきた人間の身体を呪術で限界まで『圧縮』し、その生命力を『凝縮』させることで、無理やりマナを取り込める依代の形へ仕立て上げたのよ。しかも奴ら、ここ数年でその技術を確立したみたいね」
「圧縮……凝縮……」
サキは自分の両腕を抱きしめ、激しい悪寒に身を震わせた。
それはつまり、あの目玉のついた不気味な短刀のなかには、文字通り一人分の人間の肉体と魂が、生きたままドロドロにすり潰され、凝縮されて詰め込まれているということだ。
自分と同じ世界の人間が、この世界のどこかでそんな地獄のような目に遭っている。
それに比べれば、性別を変えられ、娼館に囲われ、ユカリの地獄の特訓に泣かされ、男たちにマナを分け与えている自分の置かれた立場なんて、どれほど幸運で、どれほど守られていることか。
(俺は……私は、甘えていたんだ。現代日本の常識を引きずって、ぶつぶつ文句を言って……。でも、そんな甘えが通用する世界じゃないんだ)
サキの瞳の奥に、これまでとは全く違う、鋭く冷徹な覚悟の炎が灯った。
誰かに守られるだけの泥人形のままでは、いつか自分もあのナイフのように、ハイパーボリアの素材にされて終わるだけだ。
サキはアザレアを真っ直ぐに見据えた。
「アザレア。先に男たちへマナを渡してくる。……そのあと、すぐに特訓を頼むよ」
サキのその引き締まった表情を見て、アザレアは一瞬だけ驚いたように目を見開き、それからとても満足そうに意地の悪い笑みを浮かべた。
「ふん、やっとその気になったみたいね。いいわ、早く渡して戻ってきなさい! 根性ごと叩き直して、たっぷり絞ってあげるから!」
「ああ、望むところだ!」
サキはもう迷わなかった。回れ右をして、自分の仕事部屋へと力強い足取りで歩き出す。
「あ、サキちゃん待って。まだ近くに刺客が隠れているかも知れないから、危ない」
背後から、クティラがその青い三つ編みを揺らし、お尻の触手をふよふよとさせながら慌てて後を追ってきた。
異世界の恐るべき闇を知ったサキは、不思議ちゃんの護衛を伴い、今度こそ己の未来を切り開くための第一歩として、いつもの仕事へと向かうのだった。
非道な魔導兵器。
異世界召喚や異世界転生との、言葉に誘われて、喜んで行くと、こんな落とし穴も。
チートや、ハーレムなどの甘い言葉には気をつけないといけないですね。




