第22話 天才と秀才
翌日からも、地下室での地獄の訓練は続いた。
しかも、今日からは最悪なことに、あの毒舌エルフのアザレアも監視役として同席していた。
「違う! 泥人形!魔力を練る速度が遅すぎる! そんなトロい構築じゃ、実戦なら詠唱中に首を撥ねられて終わりよ!バカ!」
「ちょ、バカって……この毒舌エルフめ」
アザレアの鋭い叱咤が地下室に響き渡る。サキが必死に汗を流して回路を広げようとしても、彼女の青い瞳にあるのは冷ややかな苛立ちだけだった。
「ユカリお姉様、やっぱりこの泥人形に訓練なんて無駄ですよ。恵まれたマナにあぐらをかいて、死に物狂いの覚悟がこれっぽっちも感じられないもの」
(あぐらなんかかいてねえよ! こちとら3ヶ月前まで一般人だったんだよ……っ!)
サキは心の中で恨み言を飲み込みながら、必死に指先から電撃を放つ。
サキにとって、アザレアの当たりはユカリ以上に理不尽でキツく感じられた。
しかし、訓練の合間の休憩中、サキは意外な事実を知ることになる。
ぐったりと壁に背を預けるサキの隣で、アザレアは冷たく言い放った。
「お前はいいよな〜、魔法のある世界で、普段から魔法に接していられたから」
アザレアの毒舌に、ふとサキが小声で呟いたのを、聞きつけた彼女。
「変な勘違いしないでよね。私は、あんたみたいに『生まれつきの才能』だけで、のうのうと生きてる奴が、一番大嫌いなだけなんだから!」
「……才能だけで、のうのうと?」
「そうよ。私には、ウルのような圧倒的な攻撃魔法の才能なんて無かったのよ。あの子は見たものを、一瞬で自分の力にできる本物の怪物だけど、私は違う。お姉様に拾われるまで、ただの無力な戦争孤児だった私は、死ぬ気で勉強して、血を吐くような努力をして、ようやくこの『癒しの魔法』の技術を磨き上げて、お姉様の妹弟子として認められたのよ」
アザレアは自分の白い両手を見つめながら、プライドに満ちた、けれどどこか切ない表情を浮かべた。
「お前も……戦争孤児、だったのか……」
「そうよ。私がいた故郷のフラン村と、ウルがいた街は、ハイパーボリア皇国の軍隊に焼き払われたわ。親や知り合いも亡くして、飢えて死にかけていたところを、ユカリお姉様が、私たちの魔女としての素質を見抜いて、このカルコサへ連れてきて、育ててくれたの」
アザレアの得意とする癒しの魔法。それは、かつて大切な人々を救えなかった絶望から、必死の努力で手に入れた彼女の執念の結晶だった。
(二人ともそんな悲しい過去があったなんて……)
だからこそ、自分の意志とは関係なく強大なマナを与えられ、現代日本の甘い倫理観を捨てきれずに躊躇しているサキの姿が、アザレアには「恵まれているのに、努力を怠っている怠け者」に見えて、どうしても許せないのだろう。
(天才のウルちゃんと、努力家の秀才のアザレア……。二人とも、あの冷血ドS魔女に救われて、必死にここで生きてるんだ)
アザレアの毒舌の裏にある、重すぎる過去とプライドを知り、サキはただ圧倒されるしかなかった。
それと同時に、彼女にそこまで言わせる「ハイパーボリア皇国」という敵の容赦のなさに、この前の襲撃事件と併せ、怒りを覚えるサキだった。
魔法を学び始めて、もう3ヶ月と少しか……
アザレアの厳しい言葉を聞きながら、サキは壁に背を預けて自問自答をしていた。
この世界に召喚され、あの恐ろしい襲撃事件が起きた。あの日、ウルに守られながら、自分の非力さを思い知らされてから、サキはユカリのスパルタ特訓に耐え、夜はウルの擬音特訓を受け、必死にマナの操作を体に叩き込んできた。
この3ヶ月で、指先から電撃を放ち、小さなマナの弾丸を撃ち出すことくらいはできるようになった。
アニメやゲームの知識を総動員して、イメージを形にするコツも少しは掴めてきたつもりだった。
(それでも……努力家のこいつ(アザレア)から見れば、俺の3ヶ月なんて、ただの『甘え』にしか見えないんだな)
アザレアが口にした、戦争孤児としての壮絶な過去。そして、ユカリに認められるために血を吐くような思いで磨き上げた、ヒーリング魔法の技術。
アザレアが自分に向ける苛立ちは、単なる成り上がり者への嫉妬ではない。死の淵から這い上がり、この理不尽なカルコサで生き残るために全てを捧げてきた彼女にとって、強大なマナを持ちながら、どこか現代日本の平和ボケした甘さを捨てきれずに躊躇しているサキの姿が、才能を鼻にかけて、自分を甘やかせている様に感じられ、見ていて我慢ならないのだろう。
「潜在能力が高くたって、中身がこれじゃ宝の持ち腐れだわ。お姉様、こんなの時間の無駄ですよ」
アザレアは冷たく言い捨てると、サキの傷を癒し、ハンカチで自分の指先を大げさに拭い、ユカリの方へ向かった。
(宝の持ち腐れ、か。確かにその通りかもな……)
サキは自嘲気味に笑った。 アザレアの覚悟を知った今、これまでの自分の訓練への認識がまだまだ甘い事に気づかされた。アザレアやウルには、守りたいものがあり、そのための血の滲むような努力と覚悟があった。
「……だったら、俺もこれ以上、甘ったれたことは言ってられないな」
サキは唇を強く噛み、壁から背を離して立ち上がった。全身はまだ痛む。けれど、その痛みこそが、自分が生きている証であり、ここにいる仲間たちを守るための、力へと変えるべきものだ。
「ユカリ様! 休憩はもういいです! 次、お願いします!」
サキが真っ直ぐな目でユカリを見据えて叫ぶと、ユカリは意外なものを見るように少しだけ目を見開き、そして口元を妖艶に歪めた。
「次、お願いします!」と、サキが初めて本気の覚悟を込めて叫んだ、その直後のことだった。
「サキ」
不意に、口元を歪めたユカリから冷徹な声が響き、サキの華奢な肩がガシリと強く掴まれた。骨が軋むほどの恐ろしい力加減に、サキの身体がビクッと跳ね上がる。
「い、痛い……っ! ユ、ユカリ様、な、なにか……?」
冷や汗をだらだらと流しながら見上げると、ユカリはいつも通りの美しい、しかし一切の感情が消え失せた能面のような無表情でサキを見下ろしていた。
「ところで、今までは黙っていたけれど、魔法ってね、人の思考を読む事ができるのよ」
「そ、そんな便利な機能が……?」
嫌な予感しかしないサキは、引きつった笑みを浮かべる。ユカリは掴んだ肩の力をさらに込めながら、淡々と言葉を続けた。
「もちろん、あなたみたいに魔法が使いこなせていなくて、マナの防御が、張れていない相手だけなのだけれど」
「え、それって……」
「あなた、さっきから心の中で、何回『クソユカリ』って叫んでいたかしらね?」
「あ、そ、それは……っ!」
「ははは〜馬鹿じゃないの?!本当にダメな弟子だよね!」
「あ、アザレア先輩、助けて……」
サキの顔面が、一瞬で土気色に染まった。 バレていた。出会った当初から、ついさっきの覚悟を決めた瞬間に至るまで、心の中で「あの冷血漢」だの「クソユカリ」だの、ありとあらゆる罵詈雑言を並べ立てていたのが、全てリアルタイムで本人に筒抜けだったのだ。
「ユカリ様、い、痛い! 肩が、肩が外れる――っ!」
「まだまだ、あなたには厳しさが足りないようね。それとも、その生意気な中身ごと、一度綺麗にマナで焼き尽くしてあげましょうか?やっぱりあなたは痛い目に遭わないと分からないようね」
「ひ、ひーーっ!ユカリ様、ゆ、許してください!」
ユカリの背後に、ドス黒い魔力のオーラが立ち上る。隣で見ていたアザレアすら、「うわぁ……」と哀れみの目を向けて一歩引くほどのブチ切れぶりだった。
「ユカリ様、ごめんなさい〜〜〜っ! 本当に出来心なんです! もう二度と心の中でも毒づきませんから、許してください〜〜〜っ!」
「もう手遅れよ、覚悟なさい。だから、あなたの希望通り、さらに厳しい訓練をしてあげるわね」
サキは涙目になりながら、全力で命乞いをするしかなかった。
せっかく芽生えた主人公らしい熱い覚悟は、日頃の行いの悪さのせいで、一瞬にして恐怖の悲鳴へと塗り替えられてしまうのだった。
アザレアの過去を知って、前抜きになったのも束の間……
サキの受難は、この先もまだまだ続きます。




