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第21話 新星は毒を吐く

 その後、サキは朝一の悲鳴も冷めやらぬまま、過酷なスケジュールへと引きずり込まれた。


 午前中は、マナを分けるためのエルフ族の男の相手だった。

 もちろん、最後まで致すようなことはしなかったし、相手の男はまるで人間の女性のように繊細で美しい容姿をしており、優雅な物腰も相待って、男としての嫌悪感はそれほどなかったのが不幸中の幸いだった。


(異世界のエルフ、マジで顔面偏差値高すぎだろ……一瞬気持ちが傾きそうでヤバかったよ。俺、心は男なのに)などとオタク特有の現実逃避をする余裕すらあったのだ。


 しかし、本当の地獄はここからだった。行為が終わるや否や、サキはユカリによって即座に薄暗い地下室へと連行された。

 そこで大急ぎで昼食を口に放り込まされ、食べ終わった瞬間に、昨日までとは比べ物にならないユカリのスパルタ教育の幕が上がった。


「そう、もっと体内の魔力回路を増やして! 回路自体も太く構築しなさい! 違う! そうじゃないわ!」


 バチッ!!!


「痛っ!? ひーっ! ゆ、許して……!」


「言われたとおりにしないからでしょ! はい、もう一度!」


 ユカリの容赦のない叱咤と、失敗するたびに飛んでくる手痛い電撃の罰。サキは涙目で必死に自分のマナを操作するが、ユカリの要求する精度はあまりにも高すぎた。


「馬鹿サキ! 違うって何度も言ってるでしょ!」


「イタタタ! も、もう流石に身体が……っ」


「もうへばったの? じゃあ、3分休憩ね」


「さ、3分だけ!?」


 ゼェゼェと床に四つん這いになって息を切らすサキに、ユカリは冷徹な視線を見下ろしてくる。


「あなた以前、1分じゃ短いから、3分は休憩が欲しいって言っていたわよね?」


「は、はい……」


 自分の過去の要望を完全に盾にされ、サキは返す言葉もなかった。

 そんな、まるで鬼軍曹のようなユカリの苛烈な特訓は、容赦なく夕方までぶっ続けで課されたのだった。


「お疲れ様。今日はここまでよ」


「はあ、はあ……あ、ありがとう、ございまふ……」


 限界を迎えて床に大の字に寝転がり、まともに呂律も回らないサキが、死に絶え絶えの声を絞り出す。


「ねえ、お姉様。これがサキなの?」


 不意に、上から聞き慣れない、鈴を転がしたような澄んだ声が降ってきた。

 サキが重い瞼をこじ開けて顔を上げると、そこに一人の少女が立ってこちらを覗き込んでいる。


 年の頃は17歳くらい。輝くようなストレートの長い綺麗な金髪に、手のひらに収まりそうなほどの小顔。そして、大きくて切れ長の、吸い込まれそうな青い瞳。非の打ち所がない、またまた超絶美少女だった。ただ、その艶やかな金髪の隙間から、ツンと尖った長い耳が覗いている。


(耳が長い……ってことは、エルフだよな。すげえ、やっぱりエルフって男も女も異次元に綺麗だな……)


 床に転がったまま、サキがそんな風に男としての本音で、まじまじと見惚れていると、その超絶美少女エルフは、あからさまに不快そうに、美しい眉をひそめた。


「うわっ、何こいつ女のくせに、男みたいなエロい視線で見てくるんだけど。こいつ超キモいんだけど!」


「……へ?」


 サキの思考が完全に停止した。何、この凄まじい毒舌。せっかくの国宝級の綺麗な顔が台無しだよ。


 というか、今、こいつ何て言った?


(キモっ、て……?おいおい、この世界にも『キモい』って言葉あるのかよ!? どんな異世界だよ、現代日本のギャルなのか?!お前は)


 あまりにストレートすぎる暴言に、サキは心の中で激しいツッコミを入れながら、目の前の毒舌美少女を呆然と見上げるしかなかった。


「アザレア、無駄口を叩いていないで手伝いなさい。この馬鹿はもう指一本動かせないようだから」


 ユカリが呆れたようにため息をつくと、アザレアと呼ばれた金髪のエルフの少女は、不満げに形の良い唇を尖らせた。


「え〜、お姉様、私がですか? こんなキモい視線を向けてくる成り上がり者の素人なんて、床に転がしたままでいいんじゃないですかー?」


「アザレア」


「……ちぇっ、分かりましたよ」


 ユカリに冷たく名前を呼ばれ、アザレアは渋々といった様子でサキの側に歩み寄ってきた。

 近くで見ると、その肌は白磁のように滑らかで、非の打ち所がない美しさだ。しかし、サキを見下ろす切れ長の青い瞳には、あからさまな侮蔑と、それ以上の「格下」への無関心が宿っていた。


 アザレアは細い指先をサキの額に乱暴に突きつけると、冷徹にマナを流し込んできた。


「っ……!」


 冷たい、しかし極めて純度の高い魔力がサキの全身の魔力回路を駆け巡る。ユカリの暴力的なまでのマナの注入とは違い、アザレアの魔法は驚くほど精密で、サキのズタズタになっていた筋肉や神経の痛みが、見る見るうちに引いていくのが分かった。


(こいつ、口は最悪だけど……魔法の腕は本物だ。悔しいけど、めちゃくちゃ上手い……)


 サキが心の中でそんな感心を抱いていると、アザレアはパッと手を離し、ハンカチを取り出して自分の指先を大げさに拭い始めた。


(おいおい、失礼だな。触ったからって手を拭くなよ。こう見えても俺は美少女なんだぞ!)


 そんなサキの考えを知ってか知らずか。

「ふん。お姉様から、現世から来た規格外のマナ持ちだって聞いてたから少しは期待してましたけど……ただの、マナの扱いも知らない泥人形じゃないですか。これがあのハイパーボリアの刺客を退けたなんて、何かの間違いじゃないんですか?」


「アザレア、彼女はまだ魔法を学び始めて3ヶ月と少しよ、それに今は、一応見かけは綺麗な女の子なんだから、もう少し言い方を考えてあげなさい」


「い、一応、だって?今の俺って、実際相当綺麗だと思うぞ」


 ユカリが静かにフォローを入れるが、アザレアはフンと鼻を鳴らした。


「ユカリ様、潜在能力が高くたって、中身がこれじゃ宝の持ち腐れです。ねえ、そこの泥人形。私の足を引っ張るような真似だけはしないでよね。お姉様の足を引っ張るなら、私がその前にあんたの魔力回路を全部焼き切ってあげるから」


 そう言って、アザレアはニッコリと、しかし一切目の笑っていない完璧な美貌の笑みをサキに向けた。


(なんだよこいつ……。ユカリの妹弟子ってことは、これから一緒に訓練したりするのか? ただでさえ、ユカリのスパルタで死にそうなのに、さらにこんな超攻撃的な毒舌エルフまで追加されるとか、俺の異世界生活、ハードモードすぎて目から汁が出そうなんだけど……!何で俺の周りには、ウルちゃん以外に癒しキャラがいないんだよ!!)


 サキは新しく現れた強烈なキャラクターに、これからのさらなる波乱を予感し、心の中で頭を抱えて絶叫するのだった。


ユカリの妹弟子の2人目のアザレアが登場しました。

典型的なツンデレ体質ですが、彼女はこれからサキにどう対応していくのでしょうか?


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