第20話 禁忌の器
夜の秘密特訓を始めてから、さらに数日が経った頃。
弾丸の魔法をある程度マスターしたサキは、ウルの「それになっちゃえー!」という雑なアドバイスを自分なりに噛み砕き、変身魔法の習得に本格的に挑んでいた。
(イメージだ……。自分の肉体の形を、完全に別のものへと作り変えるイメージ……!)
サキは床に膝をつき、全身のマナを激しく循環させた。変化の兆しは唐突に訪れる。
身体の奥底で、何かのスイッチがカチリと切り替わる感覚があった。
「あ……できた、かも……っ?ぐあっ!」
サキの口から漏れたのは、歓喜ではなく、戸惑いの声だった。
次の瞬間、サキの白い肌の下で、肉が、筋肉が、まるで生き物のようにボコボコと不気味に波打ち始めたのだ。
「う、あ……っ!? がはっ……!な、なんで……げぼっ!」
尋常ではない激痛がサキを襲う。内側から肉体をデタラメにかき混ぜられるような感覚。
みしみし、ギチギチと骨が軋む悲鳴が室内に響き渡る。口からは血を吐き出し、イメージ通りに肉体が変化せず、制御を失ったマナがサキの身体そのものを破壊しようと暴走を始めていた。
「さきちゃん……?いやあーっ!! さきちゃんの身体が変になっちゃったー!!」
すぐ横で見ていたウルが、恐怖に顔を歪めて悲鳴を上げた。
サキは痛みのあまり床をのたうち回り、声にならない悲鳴をあげることしかできない。
「ウル、お姉ちゃん呼んでくる!! さきちゃん、待ってて!」
ウルは半泣きになりながら、弾かれたように部屋を飛び出していった。
どれほどの時間が経っただろうか。視界が痛みで真っ白に染まり、意識が途切れかけそうになったその時、部屋の扉が乱暴に蹴り開けられた。
「サキ……ッ!」
いつも冷静なユカリが、見たこともないほど血相を変えて飛び込んできた。彼女は床に倒れ伏すサキの元へ駆け寄ると、躊躇なくその身体を強く抱きしめた。
「ユカ、リ……さま……痛、い……っ」
「喋るな! 私のマナと同調させなさい、一気に吸い上げるわよ!」
ユカリの鋭い声と共に、サキの身体から暴走していたマナが、ユカリの身体へと凄まじい勢いで流れ込んでいく。肉体の波打ちが徐々に収まり、骨の軋みが消えていく。
サキはユカリの腕の中で、はあはあと激しい息を吐きながら、辛うじて正気を取り戻した。
ユカリはサキを抱きしめたまま、その肩を信じられないほど強く掴み、怒りと焦燥の入り混じった瞳で睨み据えた。
「サキ……バカな真似を! あなた、ウルから変身の魔法を教わっていたわね!?」
「ごめんなさい……お姉ちゃん……ぐす」
「う、あ……ごめんなさい……」
「いい、サキ。あなたに変身の魔法は使えない。使ってはいけないのよ。これ以上無理に変身しようとすれば、あなたの身体は内側から完全に崩壊するのよ」
ユカリの深刻すぎる言葉に、サキは痛む身体を震わせながら詰め寄った。
「な、なんでだよ……。ウルちゃんは簡単にやってるじゃん……。どうして、ちょっと姿を変えるくらいで、俺の体はこんな……っ」
「ちょっと姿を変えるくらい、ですって?」
ユカリの声音が、怒りを超えて、凍りつくような冷徹さを帯びた。
彼女はサキの目を真っ直ぐに見つめ、カルコサという世界の、深い闇の一端を口にした。
「あなたはすでに、この世界において最大級の『変身』を済ませているのよ。……サキ、あなたを男から女へと作り変えたその身体はね、この世界では神の領域を侵す『禁忌の魔法』によって維持されているの」
「禁忌の、魔法……?なんでだよ?」
サキの頭が真っ白になる。
ただのチートハーレム展開のお約束だと思っていた「TS(性転換)」という現象。
それが、この世界においては、肉体に計り知れない負荷をかけ続ける、おぞましい呪いと同義の禁忌だというのだ。
「そうよ。禁忌の術式で無理やり歪められた器に、さらに別の変身魔法を重ね合わせようとすれば、器が耐えきれずに割れるのは当然だわ。……もう二度と、変身しようなんて馬鹿な事は考えないこと。それとね、ウルのマナや魔法は凄いのだけれど、彼女はそれ以外は知識含め、あくまで普通の6歳の女の子なの。サキ、あなたもそこを考えて接してあげなさいね」
ユカリはそう言い捨てると、「さきちゃん、さきちゃん、ごめんね!ウルが悪かったよ、ごめんなさい」と、泣きながら謝るウルを連れて部屋を去っていった。
一人残されたサキは、自分の胸に手を当て、ドクドクと脈打つ鼓動を聞いていた。
(禁忌の魔法……。俺のこの身体は、そんなにヤバいもので出来てたのかよ……なんで性転換の方が変身よりも負担がかかるんだよ……訳分かんな過ぎるわ、この世界。しかも何で異世界転移した途端に性転換されてたんだよ!もう、命に関わるような、後出し設定なんてやめてくれよな!)
なぜ自分がTSさせられたのか。その本当の「理由」はまだ知らされないまま、サキは自分の身体に隠された世界の歪みに、底知れない恐怖を覚えるのだった。
次の日の朝。 サキがまだベッドの中で昨夜の全身の痛みを引きずっていると、容赦のない冷徹な声が鼓膜を震わせた。
「馬鹿サキ、起きなさい」
「んん〜……? 昨日は酷い目にあったから、もう少し……あたっ!?」
いきなりお尻にバチっ!と電撃のような鋭い痛みが走り、サキは飛び起きた。
「いってえな〜! 何するんだ! クソユカ――」
「クソ、なんだって?」
ユカリの手のひらで、パチパチと不穏な紫色の火花が爆ぜている。
「あわわわわ、ごめんなさい! なんでもないです、ユカリ様! で、でもお尻にあんなのはやめてください、本当に痛かったから……」
「あなたは一度は痛い目に遭わないと分からないからよ」
冷たく言い放つユカリを睨みつけながら、サキは(だからって、電撃することないだろ!)と心の中で叫ぶことしかできない。相変わらず凶暴で容赦のない師匠だった。
「本当に馬鹿なサキ。あのままだと、あなたは身体の形を保てずにマナの暴走で溶けていたのよ」
「げっ……! そんなシリアスだったの!? 確かにめっちゃ痛かったけど……」
「ウルも反省してたわ」
ユカリの口から出たその名前に、サキはハッとして身を乗り出した。
「あ、ウルちゃんは悪くないから! 悪いのは俺だから、彼女を怒らないで……」
「怒ってないわよ。あの子、あなたが死んじゃいそうになったのは、自分のせいだって、あの後ずっと泣いていたのよ」
「う……」
サキは胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
ウルの無邪気さに甘えて、無茶な要求をしたのは自分だ。
悪いことをしちゃったな、後でちゃんと謝っておかないと、と深く後悔する。
「で、でも……誰だって、変身よりも性転換の方が負担が重いなんて、普通思わないだろ?」
「あなたの世界ではね。でも、この世界は違うのよ」
「た、確かに元の世界では魔法自体が無かったし、この世界とは全然違うけど……でも、そんなの言ってくれないと、分からないだろ!」
言い返すサキに、ユカリは深い溜息をついて腕を組んだ。
「私が訓練をしていれば、そういう知識は全て知っているから、あなたが馬鹿な事をしようとすればすぐに止められたわ。昨日も言ったけれど、でもあの子は、あなたの世界の事も分からないし、魔法は天才だけど、それ以外はごく普通の小さな6歳の女の子なのよ」
「……」
ウルのあどけない泣き顔が脳裏に浮かび、サキはぐうの音も出なくなった。
ウルは魔法の天才だから、魔法に関することなら何でも知っていると思い込んでいた。
自分の無知と配慮のなさが、あの小さな女の子の心を傷つけてしまったのだ。
「……俺が馬鹿だったな。ごめん、ウルちゃん。傷つけちゃって……」
サキが頭を垂れると、ユカリはふっと冷たい笑みを浮かべた。
「そういう事で、よ〜くわかったわ」
「へ? なにを?って、まさか……」
嫌な予感がして、サキの背筋に冷たい汗が流れる。
「あなたには、まだまだ魔法の訓練が物足りないって事をね!」
「ま、待って、ユカリ様、こ、これ以上は……!」
「私の特訓が物足りないから、ウルを頼ったんでしょ?」
「いえ! 決して、そういうわけでは……」
ベッドから這い出そうとするサキの肩を、ユカリの細い指先がガシリと掴んで固定する。その美しい顔には、加虐的なサディスティックな笑みが浮かんでいた。
「ひっ!」
「今日から覚悟しなさい。昨日以上に、血を吐くぐらいまで、たっぷり教えてあげるから」
「ひ〜〜っ! 違うんです!許してください〜〜!」
「何も違わないし、大丈夫よ、最初の時の、痛みまでは、無い様に教えてあげるから」
サキの悲痛な悲鳴が朝の部屋に虚しく響き渡る。
ウルの変身魔法はお預けとなり、代わりに待っていたのは、クソユカリによるさらなる地獄のスパルタ特訓の幕開けだった。
変身よりも性転換の方が重い世界。
魔法の世界でまさかそうだとは思わないですよね。
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