第19話 秘密の特訓
中庭でミウや孤児の女の子たちと別れ、宿舎へと戻ったサキは、そのままウルの元へと向かった。
部屋の扉を開けると、ちょこんと椅子に座っていたウルがサキの姿を見つけた瞬間に顔を輝かせる。
「あ、さきちゃん!」
トトトッと小走りで駆け寄ってきたウルが、サキの腰のあたりにぎゅっと抱きついてきた。小さな体温と、柔らかくて甘い匂いがサキを包み込む。
(あ〜……めちゃくちゃ可愛いな〜。すりすりしたくなる……ああっ、癒やされるよ〜、っていかんいかん!)
中身は男のサキは、危うく理性を飛ばしそうになって慌てて首を振った。自分を慕ってくれる純粋な幼女(中身はともかく)を前に、オタクとしての邪念を必死に振り払う。
サキはウルの小さな肩に手を置き、少し真面目な顔をして目線を合わせた。
「なあ、ウルちゃん」
「なに?」
ウルは不思議そうに小首をかしげ、琥珀色の瞳でサキを見上げる。
「電撃の魔法は、あの特訓のおかげで少しは扱えるようになったんだけどさ……。他の魔法も、教えてくれないかな?」
「他の魔法? ユカリお姉ちゃんに教えてもらえないの?」
ウルの純粋な問いかけに、サキの顔が引き攣った。脳裏をよぎるのは、冷たい目で自分を見下ろし、容赦なくマナを絞り出したり、冷徹な言葉を投げかけてきたりするユカリの姿だ。
「あ〜ははは……。まあ、教えてもらってはいるんだけどね。あいつ、というかユカリ様は、なんというか、その……スパルタだからね……」
「すぱるた?」
「ああー! いやいや、なんでもない、なんでもない! 忘れて、お願い!」
ユカリの悪口を言っているのが本人にバレたら、今度こそどんな目に遭わされるか分かったものではない。サキはぶんぶんと手を振って誤魔化した。
「とにかく! ウルちゃんみたいに、もっと他の魔法もできるようになりたいな〜って思ったんだよ」
「うーん……どんなのがいいの?」
ウルは人差し指を顎に当てて、真剣に考え始める。サキは「待ってました」とばかりに、アニメやゲームで培ったオタクの知識を総動員して身振り手振りを交えた。
「う〜ん、この前の敵を内側から爆発させるやつとか、ナイアルみたいに火が出るのとか……。あとは、こう、指先からマナの弾みたいなのがバババッて出て、悪いやつを遠くから倒せるのとか? フェレット……?への変身とか?そういうのがいいかな!」
「うん、いいけど……ウル、上手く教えられるかなあ?」
少し不安そうにするウルに、サキは自信満々に微笑みかけた。
「大丈夫! 多分。ウルちゃんって、魔法すっごく強いんだろ?」
「うん! いつもユカリお姉ちゃんに、ウルは天才だって、いっぱい褒められてるよ!」
えへへ、と嬉しそうに胸を張るウル。 しかし、その言葉を聞いたサキの心は、別の意味で完全に凍りついた。
(えっ……? あの冷血女が、人を褒めることなんて出来るんだ……。え、じゃあなんで俺に対してだけは、あんなに容赦なくて、厳しいわけ!? なんで俺だけなんだよーーーっ!)
理不尽な待遇の差に、サキは心の中で血の涙を流しながら絶叫した。 しかし、そんなサキの葛藤など露知らず、ウルは嬉しそうにサキの手を引く。
「じゃあ、明日からウルの魔法、教えてあげるね!」
「あ、ああ……よろしく頼むよ」
ユカリへの愚痴は尽きないが、これで新しい魔法を学べるチャンスを手に入れた。サキはウルの小さな手を握り返しながら、明日からの特訓に向けて、静かに闘志を燃やすのだった。
次の日から、サキの生活はこれまで以上に過酷なものへと変わった。
昼間は、溜まったマナを男たちに分け与えるという、精神的にも肉体的にも削られる役目をこなし、それが終われば今度はユカリによる「特訓」という名のシゴキが待っている。ユカリの指導は容赦がなく、サキが少しでも弱音を吐けば冷たい視線と厳しい言葉が飛んでくる、まさに虐げられているという表現がぴったりの時間だった。
しかし、そんな地獄のような毎日の終わりに、サキには密かな楽しみができた。
夜、すべてのスケジュールが終わり、ウルが眠りにつくまでの、わずか1時間ほどの短い時間。ユカリの目を盗んで、サキは自室でウルから直接、魔法を教わることになったのだ。
「いい? さきちゃん。まずね、指のここに、力をぎゅーんと入れて、マナをいーっぱい集めるの!」
ウルは小さな人差し指を突き出し、身振り手振りを交えて真剣に語る。
「ぎゅーんと……?」
「そう、ぎゅーんと! それでね、指の先から、ばばばーっ! て出すんだよ!」
「ばばばー、か……」
サキは困惑しながらも、自分の指先に意識を集中させる。天才であるウルの教え方は、予想通りというか何というか、完全に擬音だらけの感覚派だった。理論的な説明は一切なく、すべて心のイメージと勢いに任されている。
「じゃあ次は、火の魔法ね! 頭の中で、あっつい火をいーっぱい考えて、あそこに飛んでけー! って、指をそっちに向けるの! そしたら、どかーんってなるから!」
「飛んでけー、で、どかーん、ね……。う、ううん……」
アニメや小説の知識があれば、もう少しシステマチックな「呪文」や「術式」の構築を想像するものだが、ウルの前ではそんなオタクの常識は通用しない。サキはウルの「ぎゅーん」や「ばばばー」という言葉の裏にある、彼女のマナの動きを必死に観察し、その感覚を自分の体で再現しようと試行錯誤を繰り返した。
最初は、指先からパチパチと火花が散る程度だった。 しかし、毎晩の特訓を重ねるうち、1ヶ月ほども経った頃、サキは少しずつそのコツを掴み始めていく。中身が男のサキにとって、こうして自分の手から新しい力が生み出されていく感覚は、純粋にゲームのレベル上げのような高揚感があった。
(……あ、今、なんか感覚が繋がった気がする。指の先にマナを凝縮して……一気に押し出す……!)
サキの指先から、小さな、しかし鋭いマナの光弾が、シュッと空気を切り裂いて放たれる。壁の手前で消滅させたが、確かに手応えがあった。
「わあ! さきちゃん、すごい! ばばばーってできた!」
ウルがパチパチと小さな手を叩いて喜んでくれる。サキはその頭を優しく撫でながら、心の中で小さな達成感に浸っていた。
もちろん、この夜の特訓の成果を、昼間のユカリの前で見せるつもりは毛頭ない。
(あのクソユカリの前でこれを見せたら、『あら、そんなことができるなら、次はこれね』って、もっとエグい特訓を課されるに決まってる……! この魔法は、いざという時の俺の秘密兵器として、隠しておくに限るな。しかし、ナイアルが言っていた、回路を増やして、っていうあの教えのお陰で、やっとここまで扱える様に慣れたぞ)
ユカリへの小さな反骨精神を燃やしながら、サキは夜の暗闇の中で、静かに自分の「隠し玉」を磨き続けていくのだった。
ウルタールからの楽しい特訓?が始まりました。
彼女の抽象的な言葉で、どれだけの効果があるのでしょうか?




