第17話 微かな覚悟
「そうだよな……。俺はもう、この世界で生きていくしかないんだからな。よし!」
サキはベッドの上で小さく息を吐き、自らの細い拳を握りしめた。
いつまでも泣いて拒絶していたって、日本へ戻ることは出来ない。だったら、せめて――。
「せめて、俺の魔法で、アイツらを救える道があるのなら……」
ユカリの言っていた、死ぬまで強制的に戦わされるハイパーボリア皇国の兵士たち。
完全に消滅させることが救いだなんて、やっぱり悲しすぎる。
しかし、まだ今の自分では、異世界人とはいえ、命を奪う事には躊躇してしまう。
それは、自分が元いた現代日本の倫理観で、この世界では甘い考えだという事は自覚している。
しかしもし、あの魂の縛りを解いて、生きて救えるような魔法があるのなら。
そんな都合の良いものがあるかは分からないけれど、何もできずに怯えるだけの存在ではいたくなかった。
そのためには魔法を一つでも多く使える様になるしかない!
サキはハッとして顔を上げた。
「そうだよな……でも、その前に」
「ウルに、昨日助けてくれたお礼をまだ言ってなかったよな。あ……さっき、ナイアルにも言うのを忘れてた。まあ、あいつはまた会えた時でいいか」
いくら戦い方が怖かったとはいえ、彼女が命懸けで自分を守ってくれたのは事実だ。
あんな風に拒絶して、トイレにまで駆け込んでしまったのは、いくら何でも彼女に失礼すぎた。
サキは意を決してベッドから出ると、身だしなみを整え、二人がいるであろう食堂へと向かった。
重い木製の扉を開けて食堂に入ると、そこには意外な光景があった。
いつもなら真っ先にサキを見つけて飛びついてくるウルが、珍しく俯いて、元気がなさそうにスプーンを動かしている。
その小さな背中を、ユカリが優しくさすっていた。
サキに拒絶されたことを、子供ながらにずっと気に病んでいたのだろう。
胸が痛んだ。サキはゆっくりと彼女たちのテーブルへと近づき、声をかけた。
「ウル、ちゃん……」
ぎくっ!と、ウルが弾かれたように勢いよく振り向いた。
その琥珀色の瞳は、心なしか少し潤んでいるように見える。
「さき……ちゃん?」
サキはウルの前に立つと、頭を深々と下げた。
「昨日は、せっかく助けてくれたのに、あんな酷いことを言ってごめん……っ! ウルちゃん、俺を助けてくれて、本当にありがとう」
サキが誠心誠意の言葉を伝えた瞬間、ウルの目から涙が溢れ、顔がみるみるうちに輝き、満面の笑顔へと変わった。
「さきちゃん……っ!」
ウルは椅子から飛び降りるような勢いで、サキの胸へと激しく抱きついてきた。その小さな温もりに、サキの心の中にあった恐怖は、完全に消え去っていた。
「ウル……本当にありがとうな」
サキは愛おしさを込めて、その柔らかな髪を優しく何度も撫でる。
ふと視線を上げると、ユカリがそんな二人の様子を、実をとても嬉しそうに、慈しむような穏やかな目で眺めているのが見えた。
しかし、サキの視線とバッタリ合ってしまった瞬間、ユカリはハッと我に返り、すぐにいつもの冷徹で澄ました表情へと戻った。
「……コホン。お互いに納得が出来たようね。じゃあ、これからはウルの手を煩わせないように、しっかりと魔法の訓練に励みなさいね」
「もちろん! 強くなって、俺もいつか人を助けられるようになってみせるぜ!」
サキが拳を突き出して意気込むと、ユカリは呆れたように眉をひそめた。
「サキ、女の子は、そんな乱暴な言葉遣いはしないものよ」
「まだ俺の中身(気持ち)は男なんだよ!」
「そう。……じゃあ、その大層な特訓の前に、まずは溢れる『マナ』を出しておかないとね」
と、ユカリが妖艶な笑みを浮かべる。
「はあ……。それは、どうしても無くならないのかよ……」
「幸いあなたはマナの量が多いから、純潔だけは守れるんだから」
「最初に、その俺の純潔を奪ったのは誰だよ!」
「ねえ、さきちゃん。なに?じゅんけつって」
「な!ななな、なんでもないから!」
「そ、そうよ、ウルは気にしなくてもいいのよ!サキ、はい、食事よ!食べなさい」
と、ユカリは焦りながら、魔法でサキの前へ朝食を並べた。
「ああ〜、朝ごはん美味しいな〜!ほら、ウルちゃんも食べないと!」
「そ、そうよ、ウル。サキも来たんだし、食べなさいね!」
ウルは、焦る二人を交互に見てから、食事に手をつけた。
「うん!おいしい!」
やっと前を向ける様になったサキ。
ウルとも和解しました。
これで魔法の修行も進みそうです。
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