第14話 夢の終わり
「あれ? ここは……?」
サキは、色鮮やかな美しい花畑の中にぽつんと佇んでいた。
どこまでも青い空と、心地よく肌を撫でる柔らかな風。
ついさっきまで血の海にいたのが嘘のような、あまりにも穏やかで平和な世界。
「さきちゃん! さきちゃん!」
「サキちゃん」
「ん?」
聞き覚えのある無邪気な声に誘われて、サキがふと振り返ると、そこにはいつものように、笑顔で並んで立つウルと、ナイアルの姿があった。
助かった、とサキの胸に安堵が広がったのも束の間。
いきなり、ナイアルがサキに向けて右手の人差し指を真っ直ぐに突き出した。
その指先から、あの廊下で刺客を炭化させたものと同じ、猛烈な業火の炎が迸る。
「ぎゃぁぁぁぁー!あ、熱い! 熱い、熱いいいいいっっっ!!な、なんで俺に?!」
身体を焼かれる絶叫。
皮が、肉が、凄まじい熱量でドロドロに溶けていく。
苦痛にのたうち回るサキを見下ろし、今度はウルが、返り血で真っ赤に染まった姿で、天使のような笑みを浮かべ、小さな指先を向けてきた。
「さきちゃん熱そうで可哀想、ウルがすぐに楽にしてあげるね、バイバイ」
ウルの指先から、目に見えない何かが放たれた。と思った途端、いきなりサキの身体の中から、尋常ではない熱が膨れ上がり――。
内側から肉と骨が、風船のように一気に破裂した。
視界が、一瞬でブラックアウトする。
「う、うわああああああああーーーーーーっっっ!!!」
ベッドから跳ね起きると同時に、サキは狂ったように叫んでいた。
慌てて辺りを見回すが、周囲はまだ、しんと静まり返った薄暗い自分の部屋のままだ。
窓の外も夜の闇が支配している。
「はあ、はあ、はあ……ゆ、夢、か……っ、そ、そうだよな……う、うぐっ!?」
夢だと分かった瞬間、脳裏にあの廊下の生々しい肉片と、鉄の臭いが強烈にフラッシュバックした。
胃の底からせり上がってくる猛烈な不快感に、サキは口を押さえてベッドから転がり落ち、トイレへと必死に駆け込んだ。
「うげっ! げえええええーーーっ、おえっ……っ!!」
胃液しか出ない胃袋を何度も痙攣させ、便器にぶちまける。
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、口から垂れる涎を手の甲で何度も拭った。
「はあ、はあ、はあ……なんだよ……なんだよ、この世界……っ」
冷たい床にへたり込み、壁に背中を預けてサキは小さく声を漏らした。
「なんで……なんで、人を殺しておいて、みんなあんなに平気なんだよ……」
確かに、自分はあの刺客たちに襲われて、殺されようとした。
それは理解している。
「でも、なんで俺が殺されようとされなきゃいけないんだ……? 俺がここに来て、何をしたって言うんだよ……っ!」
異世界チートで無双して、可愛い女の子たちとのハーレム展開。
そんな、転生前にアニメや小説で何度も見たお約束。
「はは……なんでこんな過酷な方の異世界なんだよ……。チートは?ハーレムは?もし、死んでしまっても、死に戻り、なんて、出来るわけないよな……」
これがゲームやアニメなら、死んでもセーブポイントからやり直せるし、死に戻りもあるのかもしれない。
けれど、ここは現実だ。
「死なないと戻れるかどうか分からないし、それこそ、そういう特別な能力がなきゃ……死んだら、本当にそこで終わりなんだよな……試しようもないよ」
絶望的な思考が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。
自分には、何も持たされていない。
ただ、使い道のない、溢れるマナがあるばかり……
「なんだよ……マナは定期的に男に分けてやらないと、身体が破裂して死ぬ。魔法は、あの特訓でやっと覚えた、弱っちい電撃しか使えない……。何のために俺なんかが、異世界に召喚されたんだよ。こんなの、俺を呼び出しても何の意味もないじゃんか……っ!」
この世界の理不尽さに、怒りと悲しさがごちゃ混ぜになって涙が止まらない。
サキは細い両膝を抱え込み、その間に顔を埋めて、掠れた声でただただ咽び泣いた。
「はは……この世界でいつか、俺もあいつらみたいに黒焦げになったり、身体が破裂して殺されて……誰も知らないところで、炭や肉の塊になって無様に垂れ死ぬのかな」
そんなの、絶対に嫌だ。
「やだよ……死にたくないよ……。誰か……誰か助けてよ……。嫌だよ……母さん、父さん……家に戻りたいよ……」
現代日本でただの平凡な大学生のオタクだった誠の魂は、美少女・サキという器の中で、終わりの見えない恐怖にただひたすら震え続けることしかできなかった
「ん……、んん……」
うっすらと目を開けると、窓の隙間から差し込む眩しい太陽の光が、サキの顔をチリチリと照らした。
「あ、朝か……」
あの恐ろしい悪夢を見た後、床で泣き疲れて、いつの間にかベッドに戻って眠ってしまっていたようだ。
重い身体を動かそうとしたサキは、布団の中が妙に暖かいことに気がつく。
自分のすぐ横に、何か柔らかい生き物の気配がある。
ギョッとして毛布をめくると、そこには小さなツノの生えた白いフェレットが、気持ち良さそうに丸くなって眠っていた。
「ひっ……!」
ウルだ。
フェレットの姿をした彼女を見た瞬間、サキの脳裏に、昨日の夜に刺客を笑顔で爆散させ、返り血で真っ赤に染まった顔で笑っていた彼女の姿が強烈にフラッシュバックした。
「ううっ!?」
せり上がる吐き気に耐えかねて、サキは再びトイレへと全力で駆け込んだ。
「げげーっ! おえっ、はあ、はあ……っ!」
胃液を吐き、涙目で口元を拭い、ふらふらと這い出るようにして部屋に戻ると、いつの間にか開いていた扉の前に、美しい影が立っていた。
「あら、今日は起こす前に起きていたのね。感心だわ」
「ゆ、ユカリ……」
「様、を忘れているわよ?」
冷徹な青い瞳がサキを射抜く。
「ユ、ユカリ様……」
「そうよ、忘れないようにね」
ユカリはふんと鼻を鳴らすと、ベッドの上でようやく目を覚まして毛布から顔を出したフェレットに視線を移した。
「ウ、ウルが……」
サキが怯えながら指差すと、ユカリは小さく溜息を吐いた。
「ああ、やっぱりここにいたのね。この子、不思議とあなたを慕っているのよね。私には全く信じられないのだけれど」
「ぐっ……」
私には信じられない、という言葉にサキは文句を言いたくなったが、ここで下手に言い返せば何倍にもなって恐怖という形で、返ってくることは分かりきっている。
サキは必死に不満を堪え、口を噤んだ。
ユカリはベッドに歩み寄り、人間の姿に戻ったウルを優しく抱き上げ、椅子に座らせると、サキを真っ直ぐに見据えた。
「サキ、あなた、昨夜は彼女に助けてもらったのでしょ?」
「た、確かにそうだけど……っ。でも、何もあんな、バラバラに爆発させなくても……!」
下を向き、震えているウル。
しかしサキの訴えに、ユカリの表情は一切動かなかった。ただ、凍りつくような冷たい声が室内に響く。
「でも、彼女がそうしなければ、あなたはもう今頃、この世界にはいなくなっていたわよ」
「……っ、それは……」
突きつけられた事実に、サキは言葉を失う。
「この子はね、本当にあなたのことが好きなのよ。……私には信じられないけれどね」
(もう一度言いやがって。一言余計だよ、こいつ……!) サキは心の中で悪態をつくが、恐怖の方が勝ってしまう。
「た、助けるために、俺のためにしてくれたのは分かるよ……。でも、殺すまでは、しなくたって……」
「甘いわ!」
ユカリの鋭い一喝が、サキの言葉を遮った。
「以前のあなたがいた世界ならそうかもしれないけれど、この世界『カルコサ』では、そんな甘いことを言っていたら生きてはいけないのよ」
「そ、そんな……」
絶望するサキに、ユカリは淡々と、しかし重々しいこの世界の現実を語り始めた。
「今、この国『セラーノ王国』は、隣国の『ハイパーボリア皇国』と一触即発の状態にあるの。だから、マナを持ち、魔法を扱う私たちは、常に彼らの暗殺者に狙われていると考えなければいけないのよ」
ユカリの言葉の一つ一つが、サキの胸に冷たく突き刺さる。
ここは平和な日本ではない。国と国が殺し合い、その最前線に自分は立たされているのだという冷酷な事実が、朝の光の中で、いよいよ鮮明にサキへと突きつけられていた。
ユカリの語るカルコサの非常な世界。
この話を聞いて、サキはどう動くのでしょうか?
面白い、続きが気になる!と思ってくださったら、ページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価や、ブックマークをしていただけると執筆の励みになります!ぜひぜひ〜!




