第12話 恐れと拒否
死の世界人……?
吹き飛ばされた男が漏らしたその言葉に、サキの思考が一瞬だけ停止した。
それは魔法を放ったナイアルのことなのか?
しかし、刺客の男にこれ以上の対話の意志はなかった。
男はサキを激しく睨みつけると、残された左手に不気味に光る短刀を握り直し、床に倒れるサキの胸へと狂ったような笑顔の表情でそれを突き刺そうとした。
その口が、妄執に満ちた声を張り上げる。
「ニャ、ニャルラトホテプ様……ばんざ……」
「サキちゃん危ない!」
ナイアルの声が響いた刹那、彼の指先から、まさに業火と呼ぶに相応しい猛烈な炎が迸った。
それは廊下の空気を一瞬で焼き尽くし、刺客の身体を容赦なく包み込む。
「ぎゃああああああああああーーーーーーッ!!」
生身の人間が烈火に焼かれる凄惨な絶叫。肉の焦げる異臭が廊下に充満し、男は数秒ともたずに物言わぬ黒焦げの塊へと変わり果て、炭化した身体がボロボロと崩れ、サキに炭の粉となって降り注ぐ。
「ひっ!ひぃぃぃぃぃぃー!人が、も、燃えて……す、炭に!!」
完全に腰が抜けてしまった。サキは呼吸の仕方も忘れ、ただただ床を這うことしかできない。
足腰が立たず、あたふたと手足をバタつかせているサキのすぐ横、閉まっていたはずの部屋の扉から、もう一人の刺客が音もなく忍び寄っていた。
「サキちゃん!」
ナイアルの警告。
え?とサキがそちらを振り返った時には、すでに手遅れだった。
自分を襲おうとしている覆面の男の姿。
恐怖のあまり身動きができず、まるで世界がスローモーションになったかのように、男の握った短刀が自分の胸へと吸い込まれていく。
死ぬ。
そう確信した、その刹那だった。
ボゴォッッッ!!!
「あ、あわ……」
突如として、目の前の男の身体が、内側から激しく破裂した。
肉を裂き骨を砕く鈍い音が響き渡り、視界が一瞬で赤く染まる。
訳がわからないまま、顔や衣服に生温かい返り血を大量に浴びて、サキは完全に硬直した。
「ひ、ひ、ひ……」
なにが起こったかもわからず呆然と動けないサキ。
「よかった〜! 私がさきちゃんを守ったんだよ! 悪い人はめっ、だよね!」
「へ……? う、ウル……ちゃん?」
そこには、ぶかぶかのローブを着た幼女が立っていた。
「そうだよ〜! この人、さきちゃんに悪いことをしようとしたから、私がバン!ってしたんだよ!」
バン、って。そんな可愛らしい擬音とは裏腹に、サキの腹の上には、今しがたまで人間だった男の肉塊や千切れた腸がどさりと乗っかっている。
生々しい人間の内臓。強烈な血生臭さ。
「うわっ! うわあ〜!! 血、血、血、あ、あひゃ〜! ひゃひゃひゃひゃひゃ〜!」
あまりのショックに脳の許容量を超え、完全に腰が抜けたサキの口から、変な笑いが止まらなくなった。涙と鼻水が溢れ、視界が歪む。
「さきちゃん、さきちゃん、大丈夫?」
返り血を浴びて、衣服も顔も真っ赤に染まったウルが、心配そうにサキへと近づいてくる。
笑顔のまま、血の海をジャブジャブと踏みしめて。
「う、ウル……ひ! ひーっ! 人殺しーっ!!」
「さきちゃん、しっかりしてよ、この人さきちゃんに、酷い事しようとしてたんだよ? バラバラになって当然だよ! そうでしょ!」
「ひ、ひ、そ、そんな……だからって……っ!」
改めて、ここは自分の知る元の世界とは違うのだと、骨の髄から実感させられた。
だが、目の前で人間が二人も、あまりにも簡単に死んだという最悪の現実に、現代人である誠の頭は全くついていかない。
「サキちゃん、大丈夫かい?」 一歩近づこうとするナイアル。
「ふ、二人とも近づくな! 来るなッ!!ひーっ!」
サキは狂ったように叫ぶと、腹の上の肉塊を振り払い、四つん這いになって自分の部屋へと這い戻ろうとした。
血塗れの床の上を、バシャバシャと無様に、必死に逃げ惑う。
「さきちゃん……」
「う、ウル! こ、こっちに来るなぁっ!!」
「そんな、さきちゃん……うぅ」
悲しそうに眉をひそめるウルの後ろから、重々しい足音が近づいてきた。
「ウル、いいのよ、放っておきなさい」
「あ、ユカリお姉ちゃん」
現れたのはユカリだった。
彼女は廊下の凄惨な光景を見回し、低く溜息を吐く。
「不穏な気配を感じたから来てみたけれど……二人に助けられたわね」
ユカリは部屋の隅でガタガタと震えるサキを一瞥した後、鋭く厳しい目をナイアルへと向け、その名を問い詰めるように口にした
「ところで。あなたは、なぜまだここにいるの?」
「そんな、人聞きが悪いな。僕はサキちゃんを守ってあげたんだよ?」
ナイアルはいつも通りの軽薄な調子で微笑む。
「それは感謝しているわ。ただ、いつまでここ(娼館)にいるつもりなの?」
「サキちゃん以外にも、僕のお気に入りの女の子がいるからね。また来るよ」
「そう。……ここは私が片付けておくから」
「後始末よろしくね」
ナイアルは手をひらひらと軽く振ると、血塗れの廊下を気にすることもなく、そのまま闇の奥へと立ち去っていった。
ユカリは去りゆく彼の背中を見送った後、黒焦げの死体と肉片に視線を落とし、冷徹な仮面の下で激しく思考を巡らせた。
(どうしてここに、こんな奴らが侵入できたの……? 私のアトラク=ナクアの織糸(防御魔法)にすら、一切かからなかったなんて……)
あり得ない綻びにユカリが眉をひそめていると、その足元に、ぽふっ、とウルが寂しそうに抱きついてきた。
「お姉ちゃん……。ウル、さきちゃんを助けたのに……来るなって言われたの……」
琥珀色の大きな瞳に、ぽろぽろと大粒の涙を溜めるウル。
ユカリは静かに屈み込み、ウルとまっすぐに目線を合わせながら、その薄ピンクの髪に手を置いた。
「ウル。あなたはどうして、サキのことをそんなに気に入っているの?」
ユカリの静かな問いかけが、血の臭いの立ち込める薄暗い廊下に、優しく響き渡るのだった。
ウルと、ナイアルを拒絶してしまうサキ。
この物語では、出来るだけサキには、ごく普通の一般的な感情を、持ってもらおうと思っていますので、他の異世界系物語と比べると、情けない主人公だと思ってしまうかも知れません。
ただ、実際に自分がこういう場面に遭遇すると、似た様なリアクションになると思いませんか?(力説)
もし自分が同じ立場だったら、ああ、こんな感じになるかも、と思って読んでもらえたら嬉しいです。
面白い、続きが気になる!と思ってくださったら、ページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価や、ブックマークをしていただけると執筆の励みになります!




