第10話 ウルタール=ルウ=バースト
(くそ……この野郎! どこまで俺を虐げれば気が済むんだよ……!この冷血ドS魔女が!)
サキは額に冷や汗をにじませながら、指先から紫の稲妻を出し続け、目の前に立つユカリを内心で激しく睨みつけていた。
自分を「ユカリ様」と呼ばせ、理不尽に魔法を発動しながら、後頭部を叩くこのブラック魔女に、いつか必ず一矢報いてやる。
そう心の中で呪詛を唱えていた、その時だった。
「……ん?」
サキの視線が、ユカリの細い肩のあたりでピタリと止まった。
いつの間にか、ユカリの衣服の肩口に、小さな動物がちょこんと乗っかっている。
全体的なシルエットは、元の世界でいう『フェレット』によく似ていた。
薄いピンク色のふわふわとした毛並みに、縞模様の尻尾とつぶらな瞳。
ただ、ここが異世界であるからだろうか、その小さな頭頂部からは、珊瑚のような質感の、小さな可愛らしい『ツノ』が二本、ちょこんと生えていた。
(フェレット……? なんでこんなところに? でも、よく見るとツノが生えてるような……?なるほど!これって異世界モノにつきものの、マスコットキャラってやつか、可愛いな)
サキが魔法の手を緩め、完全にそっちに気を取られていると、ユカリが鋭い視線を投げてきた。
「なに口を開けて、馬鹿な顔をしてこちらを見てるの? 集中しなさいと言ったでしょう!」
「あ、いや、でも、ユカリ様の肩の上に……何か動物が乗ってますよ?」
サキが指差すと、ユカリは自分の肩に視線を落とし、その冷徹な表情をほんの少しだけ和らげた。
「ああ、ウルタール。いつの間に戻ってきたの?相変わらず気配を消すのがうまいわね」
ユカリがその薄ピンク色でツノの生えたフェレットの頭を、細い指先で優しく撫でる。
すると、その小動物は、サキの方をじっと見つめながら、信じられないことに小さな口を愛らしく開いたのだ。
『お姉ちゃんが、女の子をいじめてるって聞いて、見にきたんだよ〜。さっきから見てたけど、さきちゃんが、ちょっと可哀想じゃないの?』
幼い、鈴を転がすような女の子の声だった。
「え!? 喋った!? ……さすが異世界、喋るフェレットとかマジかよ!」
サキが驚愕して声を裏返すと、ユカリは再び「はぁ」と呆れたような溜息を吐き、サキに冷たい視線を浴びせた。
「本当に何を馬鹿なことを言ってるの?この子はウルタール=ルウ=バースト。獣ではなくて、私の優秀な『妹弟子』よ」
「えええ〜〜っ!?も、もしかして獣人ってやつ?」
サキの叫び声が、特訓場に響き渡る。
「はあ、何をいってるの?この子はね……」
すると、ユカリの肩に乗っていたツノ付きフェレットが、ぽんっと小さな煙を上げて飛び跳ねた。
煙が晴れた後に現れたのは――なんと、サキの胸元あたりまでしか身長がない、人間で言えば、5,6歳ほどの小柄な可愛い幼女だった。
ふんわりとした薄いピンクの髪に、ぷっくりと愛らしいほっぺたに、琥珀色の大きな瞳。頭からは、さっきのフェレットの時と同じ小さな赤いツノが二本覗いている。
ぶかぶかの小さな魔女のローブを纏ったその姿は、絵に描いたような、ロリ美少女の魔女だった。
ウルタールは着地すると、トコトコと短い足でサキの元へと歩み寄ってきた。
サキが呆然と見下ろしていると、ウルタールはサキの服の裾をぎゅっと小さな手で掴み、上目遣いでサキを見上げて、にこっと花が咲くような笑顔を浮かべた。
「さきちゃん、はじめまして! 私はウルタール。さきちゃんに会いたかったの!」
「そ、そうなの?よろしく、ウルタールちゃん……」
(――うおおおおおおおおっしゃぁぁぁぁぁっ!!! きたあああああああ!!!)
サキの脳内で、アニオタ誠の人格が大歓声をあげてガッツポーズを決めた。
理不尽なドS魔女しかいなかった、この絶望の地獄に、ついに、ついに!待望のマスコット系ケモ耳ロリ美少女が降臨したのだ。しかも、最初から自分にめちゃくちゃ懐いてくれている。
(神様……いや駄女神様、文句言って悪かったよ! この世界にも、ちゃんとオアシスはあったんだな……!)
サキが感動のあまり涙ぐみそうになっていると、後ろからユカリの冷ややかな声が突き刺さった。
「ウル、あまりその馬鹿に近づくと、そいつの馬鹿が移るわよ。さあ、そこの馬鹿、訓練を再開するわよ!」
ユカリの非情な宣告に、サキはウルちゃんを庇うように、抱きしめたい衝動を必死に抑えながら、心の中で「絶対にウルちゃんだけは俺が守る……!」と、新たな決意を固めるのだった。
「ねえ、ユカリお姉ちゃん、さきちゃんちょっと疲れているみたいだから、お休みにしてあげなよー」
ウルタールはサキの服の裾を握ったまま、ユカリの方を振り返って、小さな口を尖らせ、抗議してくれた。
その健気で愛らしい味方に、サキは心の中で涙を流して拝んだ。
(はぁ〜、ウルちゃん、マジで可愛くて優しいよ〜! 天使だよ〜! この地獄に舞い降りた、本物の大天使ウルちゃんだよ〜!)
だが、鬼の魔女ユカリは、ウルの純真なお願いに対しても、眉一つ動かさない。
「ウル、ダメなのよ。この馬鹿は、一刻も早く実戦で使えるレベルにまで、魔法をコントロールできるようにならないといけないの」
「え〜、だって、さきちゃんすっごく疲れてて、可哀想だよ〜」
ウルちゃんは琥珀色の大きな瞳を潤ませて、不満そうに声を漏らす。
(そうだ!そうだ!ウルちゃん、もっとこのドS鬼魔女に言ってやって!!)
サキはこれ幸いと、ウルの背後に隠れながら、調子に乗ってユカリへと提案した。
「ゆ、ユカリ様、ウルちゃんもそう言ってることですし……ここらでちょっと、ブレイクタイム的なやつを……」
「サキ、あなたに発言の権利はないの」 ユカリはピシャリと冷酷に言い放ち、鋭い視線でサキを射抜いた。
「ひっ!」
「それに、私の大切なウルタールを、そんな安易な呼び方で呼ばないで。馴れ馴れしいわ。燃やすわよ!」
すると、すかさずウルがサキの味方をしてくれる。
「え〜、私はさきちゃんに、うるちゃんって呼んでもらったら、嬉しいのに〜!ねえ〜、さきちゃん!」
(うわ〜、天使だ〜!なんだよ〜この可愛い生き物。もう最高だよ〜!)
「ウル、この馬鹿は甘やかしては駄目よ!すぐにつけあがるから」
ユカリは溜息を吐き、頑なにウルのいう事を聞こうとしない。
この魔女、自分に対してだけ、徹底的にガードが固いというか、当たりが厳しすぎる。
サキは床に膝をついたまま、土下座の姿勢で、震える指先を合わせて懇願した。
「ゆ、ユカリ様……、そこをなんとか!ほんの少々の休憩を……。指先が本当にガクガクで、これ以上やると、並列回路がショートして爆発しちゃいます!」
サキが涙目で必死に食い下がると、ユカリは腕を組んだまま、フンと鼻を鳴らした。
「……はぁ、じゃあ、一分だけね」
「い、一分……?あの、それって、休憩とは言わないですよね?せめて三分は欲し……」
サキは思わず、誠としての鋭いツッコミを最速で叩き込んでしまった。
たったの一分……もはやカップラーメンすら作れない。
ウルトラマンの稼働時間の三分の一だ。ただの呼吸を整える時間ではないか。
「何?なにか、文句があるの?」
ユカリの瞳が、スッと細められて危険な光を帯びる。
額にまたピキリと青筋が走りそうになったのを見て、サキは即座に立ち上がり。直立不動で頭を下げた。
「いえ、ごめんなさい。休憩時間を、ありがとうございます、ユカリ様」
(クソが! 言論統制かよ!このブラック魔女が!)
心の中で激しい愚痴を爆発させていると、足元から、ぽふっ、と信じられないほど柔らかくて温かい感触がサキの身体に飛び込んできた。
「さきちゃ〜ん!休憩だよ〜」
ウルが、小さな両手を広げて、サキの腰のあたりに思い切り抱きついてきたのだ。
薄いピンクのふわふわの髪から、ほんのりと甘いお菓子のような良い匂いが漂ってくる。
「うわ〜〜、癒されるぅ〜〜」
サキは一瞬で理性をとろけさせて、ウルちゃんの小さな背中をそっと抱きしめ、その可愛いツノの周りのピンク髪を優しく撫で回した。
(これだよ……これ! 異世界転生モノの醍醐味って、やっぱこういう可愛いケモ耳幼女に懐かれてキャッキャウフフすることだよね!これまでの地獄の三ヶ月が、今、一瞬で洗い流されていく気がするよ〜!)
サキが至福の表情でウルの頭を撫で、ウルも嬉しそうに『えへへ〜』と喉を鳴らしていた、その時だった。
チリリリリリリリリッ!!!
どこからか、現実を引き戻すような、無機質なアラームのような魔術の音が、特訓場の中にけたたましく鳴り響いた。
「はい、一分経ったわ」
パチン、と手を叩き、ユカリが冷淡に指先の魔術を消しながら告げる。
「え? 短くないか……!?(絶望)」
「何か、文句があるのかしら?」
「え……いえ」
サキの幸せな時間は、文字通り一瞬で、無慈悲に終了を告げられたのだった。
ウルタール登場です。
今後、サキの運命を大きく変える事になる女の子です。
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