第9話 鬼の魔女と駄女神の幻想
「く……、ちょ、ちょっと、ま、待って、動けない……っ」
特訓場の冷たい床の上で、サキは全身をピクピクと震わせながら、涙目で情けない声をあげた。
数倍に増幅されて跳ね返ってきた自分の電撃は伊達ではない。
指先一つ動かすのすら、鉛のように重かった。
しかし、そんなサキを冷たく見下ろすユカリの心に、慈悲の二文字は微塵もなかった。
「何甘えた事を言ってるの? 死にそうな虫みたいにジタバタして、馬鹿じゃないの?ただ単に、自分の魔法に痺れているだけなんでしょ?」
ユカリはフンと鼻を鳴らし、呆れたように肩をすくめる。
「後先考えずに馬鹿な事をするからよ。それこそ、自業自得だわ」
「ば、馬鹿、馬鹿っていうな……っ!」
床に這いつくばったまま、サキは精一杯の声を絞り出して抗議した。
三ヶ月間、どれほど地獄の思いをしてきたか。
それを何度も何度もバカ呼ばわりされては、男のプライドが黙っていない。
だが、ユカリはフッと冷たく鼻で笑った。
「馬鹿な人に馬鹿って言うのがどうしてダメなの? あなた、本当に馬鹿なの?」
「う、うるさい! このクソユカリ……ッ!!」
サキがカッとなって叫んだ、その瞬間だった。
ピキ、ピキピキ……。
特訓場の空気が、一瞬で絶対零度まで凍りついた。
ユカリの額と青白い美貌の顔面に、怒りの血管が青く浮き出ていく。その端正な顔立ちが、まるで地獄の鬼か夜叉のような悍ましい形相へと変貌した。
目が合っただけで魂が消し飛びそうなほどの、圧倒的な威圧感。
(あ、ヤバい。これ、本当に殺されるやつだ)
誠のオタクセンサーが、最大級の危険信号を脳内で鳴り響かせる。
サキはガチガチと歯を鳴らしながら、即座にプライドをドブに捨てて両手をあげた。
「あ……ご、ごめんなさい……っ! お、俺――私が言い過ぎました! すみません!!」
「ダメよ」 ユカリの冷徹な声が、低くドスの効いた響きで特訓場に響き渡る。
「あなたは一度本当に痛い目を見ないと、自分がどれほど愚かな立場にいるか分からないようだから」
そう言うが早いか、ユカリは容赦なく左手の人差し指をサキへと向けた。
その細い指先から、激しい業火の炎がブワッと噴き出す。
「うわっ!? 熱い! 熱い熱い! ご、ごめんなさいぃぃぃ!!」
直撃こそ免れたものの、至近距離を掠めた炎の熱風に、サキは悲鳴をあげながら床の上を転げ回った。
華奢な身体の産毛が焦げるかと思うほどの熱量だ。
「分かればいいのよ」 ユカリはフッと息を吹きかけ、指先の炎を消すと、何事もなかったかのように冷たい表情に戻った。
「それと、これからは、私のことは『ユカリ様』と呼びなさい」
「はぁ〜?ユカリ様だとぉ〜?」
サキの顔が引きつる。勝手に召喚して、勝手に女にして、今度は様付けろだと?この女、どこまで図々しいんだよ。
「いやなの?」
ユカリが再び、すっと細い指先をサキの鼻先に向けた。
指先が、微かに赤く、次の魔術の起動を始めてパチパチと音を立てる。
「は、はい、 喜んで!ユカリ様!!」
サキは背筋をピンと伸ばし、全力で返事をした。命には代えられない。
「そう、それでいいのよ。私も忙しい身なのに、わざわざあなたに、魔法を教えてあげているのだからね」
ユカリは満足そうに顎を引いた。
(――っ、ふん! 人を勝手に異世界に召喚して、勝手に性転換して、何が『教えてあげてる』誰が好き好んで、こんな地獄に呼ばれたと思ってんだよ!しかし、クソがNGワードだったとは……)
サキは必死に頭を下げながら、内面(誠のモノローグ)でこれでもかと毒づいた。
理不尽極まりないブラック魔女。オタクの夢見るドキドキ異世界ライフとは、あまりにもかけ離れすぎている。
「なに? まだ何か不満がありそうね?」
ユカリの鋭い視線が、サキの頭頂部に突き刺さる。
本当に、勘のいい女だ。
「い、いえ、いえ! 滅相もありません、ユカリ様!」
サキは顔をぶんぶんと横に振って、必死に営業スマイルを作った。
「そう。じゃあ、今日からはその指先からの魔法を、もう少し太く出すようにしなさい。前よりも出力を上げるのよ」
「は、はい……」
サキはしぶしぶ立ち上がると、先ほどのナイアルの助言の、イメージを再び思い浮かべた。
回路の遮断。
今度は一本の管を太くするイメージ。
あるいは、残す回路を二本、三本と増やして出力を束ねる――。
バチバチバチバチッ!!!
サキの指先から、先ほどよりも一回り太い、禍々しい紫色の稲妻が勢いよく迸った。
特訓場の壁を微かに焦がすほどの出力だ。
それを見たユカリは、ふん、と鼻を鳴らした。
「さすが『六歳児』ね。さっきよりは、少しはしっかりした魔法が出てるわね」
(五歳から六歳に上がっただけかよクソが……っ!!)
サキは心の底から悪態をついた。
(くそっ、くそっ! 顔以外は……あ、まあ身体のスタイルもだけど、それ以外は本当に最悪だよ、こいつは! 性格が信じられないくらい捻くれてるし、ドSだし。どうせこんな奴に彼氏なんかいないんだろうな。あーあ、どうせ異世界に召喚されるなら、もっとこう、甘やかしてくれるポンコツな駄女神様とかに、召喚されたかったよ、チクショー!!)
そんな風に、脳内でラノベ的な妄想を全開にして現実逃避していた、その時だった。
パチンッ!!!
「いたっ!!」
いきなり後頭部を、ユカリの手によって勢いよく叩かれた。
叩いたユカリの手が、パチパチと光っている。
「ほら、また他のことを考えているから、指先の魔法が細くなっているわ。集中しなさい」
「は、はい……」
(電撃を出しながら、人の頭を叩くのかよ……このドS魔女が!)
「なに?」
「いえ、何でもありません、ユカリ様!」
サキは痛む頭を押さえながら、再び指先に意識を戻した。 しかし、こんな理不尽で地獄のような特訓が、一体いつまで続くんだよ――。
サキは紫色の火花を散らしながら、目の前の、美しくも冷酷な魔女の後ろ姿を、心の中で涙を流しながら睨みつけ続けるのだった。
相変わらずスパルタ特訓のユカリ。
サキの堪忍袋の尾は、切れないのでしょうか?
まあ、切れたとしても、ユカリに敵わないわけですが……
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