第8話 名乗った瞬間、詰みました
バルコニーに出た俺たちを出迎えたもの。それは空中に円形状の鏡の中に映る魔王らしきの姿だった。
「あ、あれが魔王ベスボル?」
「さあ? 魔王……だと思う」
首を傾げ疑問形で俺の質問を返すラビィー。
くっ、やっぱりそのしぐさ、可愛い。自他ともに認める童貞野郎の俺の中に突き刺さりやがる。が、やはりここはツッコミしないといけないよね。
「知らないのかよ!」
「すいません、麒麟様。魔王ベスボルが封印されてから800年以上。私達もベスボルの姿は知らないのです」
「なるほど。そっか。しかし……」
「言いたい事はなんとなくわかりますわ。麒麟様」
「あたいも一言言いたいんだけど。でもちょっと言い辛いかな」
「先生。あの人、顔がめちゃめちゃ濃い。残念イケメン」
「うわぁ! この天然娘。誰もが思っていることを普通に口に出して言いやがった!」
暗い空に映る濃い顔の魔王。
30年前……いや、アフリカあたりの地域ならイケメンって思われるんだろうな。うん、非常に残念顔だ。あれなら勝っている……よね、俺。
「おい、我輩を無視するんじゃない! 我輩は魔王ベスボル。ゴミのような人類どもよ。ひれ伏せよ」
「やっぱりあれが魔王か」
「魔王の後ろにいるのは……やっぱりモイズ・ファン! ババア、何してくれとんじゃ!」
鏡の中で魔王の後ろに立っている1人の女性。その女性に向って大声で叫ぶパンチャ。
バ、ババアって。パンチャさん、あんた、口が悪すぎでしょう。
これから先、この罵詈雑言を俺は受け続けるの? 耐えられるかな、俺。
パンチャの台詞に反応したババア……もとい、微妙な年齢の婦人がベスボルを押し退けて画面一杯に顔を出して大声を張り上げた。
「ババア言うな! 私は17歳と7794日だ!」
「おいおい。声優界のお姉ちゃんに入会許可を取ったのかよっ」
「実年齢は38歳ですわ」
「大丈夫。十分ババアよ」
「全国の38歳以上の人に謝りなさい! って、ラビィーも結構毒舌だな」
俺、元の世界に戻れたらツッコミ芸人になれるんじゃないの?
真剣に考えてみようかな。まあ、無事に元の世界に帰れたらだけど。
「ファンさん、なぜ魔王の封印を解いたのですか? 四武太守としての誇りを失ってしまったのですか?」
「ふん、ベスボル様は私に永遠の若さをくれたのよ。その代わりに私は封印を解いた。何か文句ある?」
「おい、あまり顔をアップにすると目尻の小皺が目立つぞ、ババア」
「ババアって言うんじゃない! ペド体型!」
「せめてロリ体型って言えや!」
漫才のような掛け合いを始める四武太守達。
……パンチャさん、そのツッコミでいいの?
ツッコミの先輩としては間違っていると思うよ。あっ、ペド体型、ペドフィリアの意味に関しては読者の皆さん、自分で調べてくださいね。
「おい、吾輩を置いて会話を進めるんじゃない!」
ファンを押し退けて魔王が顔を出す。
敵だけどこの漫才みたいな流れを止めてくれて嬉しいよって思う俺は間違っている? 椅子に座り直し、必死に取り繕うベスボル。
……本当に魔王かよ、お前。
「なんか魔王のくせに威厳とかオーラとか全くない残念魔王だな。俺でも倒せそうだ」
「貴様、新しい教育係だな。ふっ、まあ良い。真の王たる者は小物の言うことなどに耳は貸さぬ」
「言っている事は完全にお前が小物だけどな。ツッコミどころ満載の魔王って」
「ふん。ではそろそろ本題に入ろう」
「やっと本題かよ!」
一瞬焦った顔をしたベスボルが俺のツッコミを必死でスルーして取り繕っている。
ラビィーもパンチャも、シープですら『本当に魔王?』と疑いの眼差しを向け始めた。
そりゃそうだ。貫禄が無さ過ぎだろ。残念魔王。
「ごほん。勇者ラビィー。我輩と共に来い。そうすればお前に世界の半分をやろう」
「昔のRPGゲームの台詞にあったな、それ。どう考えてもやられるフラグだぞ」
懐かしいな~。スマホでやったな。
そう言えば、俺の携帯とか鞄とかどっか行っちゃったな。
まあ、異次元に飛ばされた主人公の持ち物が無くなるのは定番の話か。
しかし、ラスボスとのご対面なのに緊張感が全くないのはどうしてだろう。
「どうだ、勇者ラビィー。魔物と人間の共存の可能性もある。非常に良い提案だと思うのだが」
「嫌よ」
凛々しい顔ですぐに返答をするラビィーにパンチャとシープから歓声が上がる。
もちろん俺もラビィーを褒め称える。
「おぉ~」
「おぉ、即答。ラビィーさん、カッコいい」
「だって、好みの顔じゃないもの」
「ラビィーさん、やっぱりマジパねっす……」
そんな理由なのね。一瞬でもカッコいいって思った俺の感動を返してくれよ。
そしてパンチャとシープも自分の思っている事を素直に口に出し始めやがった。
「まあ、あの顔で言われても~」
「そうですわね~。あの顔で言われましてもね~」
「もう止めてあげて。魔王のライフは0だよ」
ラビィーを筆頭に暴言を吐きまくる3人の娘たち。
これこれ、若い娘たちがそんな事を言っちゃいけないと思うよ。ほら、ラスボスさんたちが固まっちゃったよ。
残念魔王とアラフォー婦人の目が点になっちゃっているよ。
「はっ、ベスボル様。しっかりしてください」
おいおい、ファンさんとやら。一応、あんたのボスだろ。
そんな思いっきり両頬を引っぱたくって。
で、それでも我に返らない魔王ってどれだけガラスのハートだよ。
まあ、確かにこれだけの女の子達にあれだけの誹謗中傷を浴びせされたら、俺でも心折れるな。
……あっ、我に返った。
「なあ、ファンよ。我輩の顔はそんなに駄目なのか……」
「そ、そんな事はありません。えっと、えっと、ひ、一昔前ならかなりのイケメンです」
「そのフォロー、駄目じゃねえ?」
目を見て言ってやれよ、ファンさん。魔王の顔が明らかに残念がっているぞ。
「ま、まあよい。時に新しい教育係よ。汝、名を何と言う」
「真鳥麒麟だ。この残念魔王」
俺は高らかに声を上げ、自分の名を名乗る。
ちょっと自分がカッコいいと思ったのは内緒の話。しかし、名乗った後、毒舌3人娘の罵詈雑言が俺に向かって飛んできた。
「えっ。先生、なんで言っちゃうの?」
「麒麟様は麒麟ではなく、馬と鹿。馬鹿なんですね」
「な、なんで? どうして? 名乗っただけなのに。俺の何がいけないの?」
「馬鹿だ、馬鹿だとは思っていたけど、マジ馬鹿。本当の馬鹿。真の馬鹿。三途の川を見に行け」
「もう少し頭を使ってください。麒麟様」
「先生。脳みそ、ある?」
冷たい視線で凍えてしまいそうだ。
あれ? なにこのアウェー感。敵って向こうじゃなかったっけ? なんでこんなに責められなきゃいけないの?
「あんたの名前が分かったら、あんたの『本』は向こうが読めることになるの! あんたの情報が魔王軍に筒抜けになるのよ!」
「あっ!」
「今まで、本は魔物達には読めませんでした。しかし今は……」
「ババアがいる」
「ラビィー、ババアって言うじゃないよ!」
敵側からのまさかのツッコミ。この世界、カオスだ。
少なくともツッコミに関して、敵は味方だな。ややこしいけど。
「ま、まあよい。それより、ファン」
「はい、ベスボル様。マッパ、麒麟」
ファンの手から本が出てくる。
そして流し読みをした後、俺を睨みつけ、そしてベスボルに耳打ちをする。
あ~、俺がババアって思っている事とか読まれたんだろうな。
心の中まで描写されるってどんな罰ゲームだよ。これ以上の辱めってないでしょ。
「ふん。勇者ラビィーよ。こんなムッツリスケベの教育係の下で真の勇者になれると思っているのか?」
「やめて~。俺の黒歴史をほじくり出さないで~」
「先生は……立派な人……」
横を向き、俺と視線を合わせようとしないラビィー。
おい、フォローするならもっと胸を張って言ってくれ。じゃないと、いくら俺でも泣いちゃうよ。
「横向いて言われても信用度ゼロだよ! ちゃんと俺の顔を見て言ってくれ!」
「まあ良い。後で後悔しろ、勇者ラビィーよ」
ベスボルがそう言うと空中に映っていた魔王の画面が消えた。




