第52話 最後の授業
最後の1体を取り込み終えた魔王が静かに口を開く。
「さて、その封印の壺を渡してもらえるかな。そうすれば苦しまずにあの世へ送ってやろう」
「アホか。この壺はお前を封印するために持ってきたんだよ!」
そう言った俺は魔王に向かって銃を乱射した。
が、魔王はその場から微動だにしない。確かに当たったはずの弾はーー空間をすり抜けるように消えた。
「……当たったよな」
「……瞬間移動ですわ。当たる寸前で瞬間移動して、また同じ位置に戻る」
「そして、撃つのも……読まれていましたの」
やばい……勝てる気がしない……
「なるほどね。こいつはあの脳筋とかの能力を持っているってわけね」
「残念イケメンのくせにエグいね」
……それでも。
「エグさ的にはベアル、お前と変わんねぇよっと!」
もう1度発砲する。発砲と同時にパンチャとベアルが踏み込む。
覚醒し、床が砕けるほどの勢いで、一気に間合いを詰めた。
ーーだが、それでも魔王は、笑っていた。
パンチャとベアルの攻撃も、俺の弾も全て魔王を素通りした。
「そう逸るな。すぐに全員、ファンの元に送ってやる」
魔王が玉座に座ったまま、片腕を振るう。
「避けてですの!」
その言葉を聞いた瞬間、その場から全員が飛び退いた。
……俺以外ね。気付いた時には、ラビィーに引き寄せられていた。
凄まじい衝撃波が通ったと思ったら床が割れていた。
「そのまま当たっていれば、楽に終われたものを」
「あんまり……私たちを……舐めないほうがいい!」
ラビィーのその合図で一斉に飛び掛かる。
「ラビィー様、ベアルちゃんは左から。パンチャお姉ちゃんは右から!」
シープが分身を繰り出しながら魔王の逃げ場をなくす。
エレファは全然違う場所を攻撃する。ーーその瞬間。
何もない空間に、魔王の姿が一瞬だけ“ずれた”。だが、それでも当たらない。
攻撃が届く“その前”に、すでにそこにはいない。
「……ちっ! これが心を読むってやつかよ」
踏み込むタイミングも、狙う場所も、全部……読まれている。
チートすぎやしねえか、この魔王。残念なのは顔だけかよ。
「読めるのは“今”だけだと思ったか?」
玉座から、ゆっくりと立ち上がる。ーーその瞬間、空気がさらに重くなった。
おいおい、まだ上があるのかよ。
「っ……来ます!」
シープの分身が一斉に矢を放つ。俺も一斉に乱射をする。
パンチャとベアルが同時に踏み込み、挟み込む。
完璧な連携だよ。普通の相手ならこれで完璧に終わるはず。……なのに。
だが、魔王は一歩も動かない。
ーー次の瞬間。
パンチャの拳が“空を殴った”。ベアルの一撃も、確かに捉えたはずの位置をすり抜ける。
「はぁ……つまらん」
魔王の声が、背後から聞こえた。
「……なっ!」
振り向くより先に、衝撃。ベアルの身体が弾き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「がっ……!」
「ベアル!」
パンチャが叫び、即座に魔王との距離を詰める。が、それさえも……
「っ!?」
地面が抉れ、バランスを崩す。その一瞬の隙。
パンチャの隣に魔王が現れる。そしてパンチャの首を掴んで締める。
「ぐっ……!」
「……軽いな。こんなものか」
そしてパンチャを、まるでゴミでも払うように横へ放り投げた。
「きゃぁぁぁ!」
「パンチャ!」
シープの分身が盾になるように割り込み、衝撃を分散させる。
だが分身は一瞬で掻き消えた。
やばいな。強すぎるとか、そういうレベルじゃないぞ。
戦闘にすらなってない。これじゃただの蹂躙だ。
「先生、下がって!」
ラビィーが俺の前に出る。その背中が、わずかに震えていた。
「……くそっ」
分かってる。今のままじゃ勝てない。
だが、それでも。
「止まるな! 止まったら終わりだ!」
叫ぶと同時に、俺は再び引き金を引いた。
当たらないのは分かってる。それでも撃たないと。
きっかけが……何らかの糸口を。ほんのわずかでいい。勝機を……。
弾丸の軌道に合わせて、シープが次の矢を放つ。エレファが“その先”を斬る。
ズレる。外れる。だが……
いや、外れたんじゃない。
外れる結果だけを、選ばされたような感覚だった
「今ですの!」
エレファの声。魔王の“戻る位置”に、ほんの一瞬だけ遅れが生まれた。
ラビィーが踏み込む。ラビィーの剣が閃いた。
今回は確実に捉えたと思った。しかし……
「ふっ。勇者と教育係が足手まといとはな。これで私を封印しようなんぞ、片腹痛いわ」
逆にラビィーの身体が、まるで糸の切れた人形みたいに吹き飛んだ。
俺もラビィーも覚醒出来ていない。……なんなんだよ、俺らの覚醒条件はよ。
「……違うですの。この魔王、”先を読む”だけじゃないですの」
魔王が、ほんの少しだけ楽しそうに笑う。
「ほう、聡いな」
その姿が、また“ズレる”。
「未来を読んでいる? 違うですの」
一歩。それだけで、姿が消え、ラビィーの隣へ。そして打撃。
「かはぁ!」
ラビィーが吹っ飛んで逆の壁に叩きつけられる。
「未来を“選んでいる”ですの!」
ゾッとした。読まれているんじゃない。“勝つ未来だけを選ばれている”。
マジか……ここまで差があるのか……。
「そんなの……」
ラビィーが歯を食いしばる。
「勝てるわけ……」
「……今の一撃で理解しただろう」
魔王が、ラビィーの元へゆっくりと歩み寄る。
「貴様らでは……届かん」
「っ……!」
俺がラビィーから魔王を引き離そうと銃を乱射する。
シープが矢を放つ。エレファが間に割り込む。
だが、そのどれもが“空を斬る”。もう見えてる。
いや“見せられている”。全部、無駄な未来。
いつの間にか俺の隣にいる魔王。そして容赦なく俺は吹っ飛ばされる。
「ぐわぁ!」
「こざかしいわ、教育係」
「先……生……」
ラビィーが、かすれた声で呟く。身体が震えている。
立とうとしているのに、立てない。
「……なんで」
その声は、小さくて。弱くて。
「なんで……当たらないの……」
勇者の顔じゃなかった。それはただの……少女の顔だった。
「簡単なことだ」
魔王が、目の前で足を止める。
「貴様は“勝てる未来”を持っていない」
その言葉が、静かに突き刺さる。
「そんな……」
ラビィーの瞳が揺れる。
剣を握る手が、震えている。
「私は……勇者なのに……」
まずい。これ、完全に折れる。ここで俺が踏ん張らなくて何が教育係だ。
ラビィーを導くのは俺なんだよ。動けよ、俺の身体。
「……おい」
動かない身体で必死に呼びかけると、ラビィーの視線がこちらに向いた。泣きそうな顔で。
そんな顔するな。俺が、お前を導いてやるから。
「先生……」
「その顔、やめろ」
自然と、言葉が出る。
「似合ってねぇぞ」
「……っ」
「お前、さっき言ったよな」
ゆっくりと身体を起こす。痛って。こりゃあばらが何本か逝ってるわ。でも……。
「“やることは変わらない”って」
ラビィーの瞳が、わずかに揺れる。
「魔王を封印するんだろ?」
「……でも……」
「でもじゃねぇ」
被せる。
「当たらねぇなら……当て方を変えろ」
無茶だって分かってる。でも、それしかない。
「一人で無理なら、全員でやれ」
「……」
「それでも無理ならーー」
一歩、さらに踏み出す。魔王との距離が、縮まる。
「お前が勝てるように俺が導いてやるよ!」
ラビィーが顔を上げる。魔王が、わずかに目を細める。
「面白いことを言うな」
「だろ?」
軽く笑う。手の震えは、止まってないけどな。
「教育係ってのはな」
銃を構える。
「生徒を勝たせるためなら、何でもやる仕事なんだよ」
引き金に指をかける。呼吸を整える。
あいつが瞬間移動を使うなら……その瞬間、撃ったはずだった。
「遅い」
いつの間にか、目の前にいた。次の瞬間、魔王の腕が俺の腹を貫いていた。
「せ、先生ー!」
ラビィーが剣を振るいながら麒麟の元へ駆け寄る。
「どけっ!」
ラビィーの剣を余裕でかわし、玉座に戻る魔王。
「先生、先生! 起きて、目を開けて、先生!」
「無駄だ。お前の言葉はもはや届いておらぬよ。悲しむことはない。すぐにお前ら全員送ってやる」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
ラビィーの絶叫が魔王城に響き渡った。




