第47話 私はまだ死んじゃいない
次の瞬間、戦場の最前列に影が差し込んだ。
ーー一閃。
鞭がしなる。空気が裂け、先頭の魔物の首が遅れて落ちた。
「……邪魔よ」
もう一振り。横薙ぎに払われた鞭が三体まとめて薙ぎ払う。
足を絡め取り、引き倒し、踏みつける。
人間をあまり舐めないでね。私なんて前座よ。
あの子たちが来るまで守り通す!
「隊列、立て直しなさい! 門の内側、空けないで!」
ファンが振り向きもせずに怒鳴る。
兵士たちが一瞬固まり、次いで我に返ったように動き出す。
「な、何者だ!」
「通りすがりの面倒くさい女よ。ほら、手、止めない」
短く、冷たい。だがそれで十分だった。崩れかけていた線が、わずかに持ち直す。
ファンは一歩前に出る。
ここから先は一歩も通さない! 私は四武太守の一人、モイズ・ファン。
ここで退いたら義娘に顔向けできないのよ!
「終わりよ」
乾いた声と同時に、魔物が崩れていく。視線が次の獲物を捉える。
兵士の一人が息を呑む。
「押してる……!」
「勘違いしないで。押してるんじゃない、遅らせてるだけよ」
言いながらも余裕はない。数が違う。隊長クラスの魔物もまだ見えていない。
それでも。
もう一歩。さらに踏み込もうとした、その時。
来ちゃったか……あ~もう。覚悟を決めなきゃいけなくなったわね。
この壺を渡すまでは……私は死ねない!
「きょきょきょ……随分と派手にやってくれますねぇ」
振り向かない。必要がない。
「来ると思ってたわ。遅いじゃない。でも、会いたくなかったわ」
「おやおや、レディーをお待たせ過ぎましたね。でもあたくしは会いたかったですよ、ファン殿」
本当にもう面倒くさい。
思考を読むってどれだけ戦闘に優位になると思っているの。
最低でも壺を守り、こいつの能力をエレファたちに伝えないと。
とりあえずーー
「あなた、今……三手先で退こうとしましたね? 門の柱を盾にして、右へ抜ける」
当たってる。城の中でも思ったけど厄介よね、こいつ。
どうしてくれよう。レディは丁寧に扱いなさいって習わなかったのかしら。
「……さすが。便利ね、その能力」
「きょきょきょ。褒め言葉として受け取っておきましょう。貴方との鬼ごっこはここで終わりですね」
タクティスの周囲の空気が歪んだ瞬間、横から刃が飛んでくる。
反射的に身を捻り避けるファン。
危なっ! 避けた方向に刃が来るのよね。
……少年マンガなら思考を停止しての戦闘って感じなんだろうけど、そんな器用な真似、出来るわけないでしょ。
「貴方だけはあたくしが止めを刺してあげますよ。余計な者に手を出させると、先の二の舞になりそうですからね」
「あら、随分と評価が高いのね。嬉しいわ」
軽口を叩くが、そんな余裕は正直ない。
何か打開策は……痛っ! ムカつくわね。
もう少し考える時間をくれたっていいじゃない。
「ほら、今の“遅らせる”判断。ちゃんと見えてますよ」
タクティスの声が、楽しそうに弾む。
「逃げ道も、防ぎも、全部見える。いいですねぇ、その顔。余裕が削れていく感じが」
「……趣味悪いわよ」
読まれるなら……読ませる!
大振りに見せて、途中で止める。逆手に持ち替え、足を払う。絡めて、引く。引いた先に、もう一手。
それでも……くっ!
半手足りないのよね。タイマン勝負だと分が悪すぎるわね。
私やシープとは相性最悪の相手ね。
「きょきょきょ。いいですよ、その足掻き。ですが……」
周りは魔物。魔物。魔物。
まるで魔物の肉の壁ね。私相手に過大評価し過ぎじゃないの。私は戦闘力では四武太守最弱なのに。
1体2体を倒したところで何も変わらないし、そして真正面にはムカつくタクティス。
「詰みです」
「……あっそ」
ちっ、本当にどうしろっていうのよ。
周りは魔物だらけだし、思考は全部読まれるし。
エレファたちは間に合いそうもないわね。
いいわ、出来ることをやって可愛い義娘を待つとしましょう。私が五体満足かはどうかは分からないけどね。
その時、遠くで、子供の泣き声がした。
ほんの一瞬、視線が揺れる。それだけで、十分だった。
横からの一撃。受け切れず、体が弾かれた。地面を転がり、砂と血の味が口に広がる。
「……くっあぁぁ!」
マズい、ヤバい! 喰らっちゃいけない一撃をもらっちゃったか。
息を整えろ。まだ戦える。まだエレファたちは来ていない。
(立て!)
足が震える。視界が滲む。それでも、立つ。
「まだ立ちますか。素晴らしい執念です」
「義娘の未来がかかっているのよ」
どうせ私の考えを読んでいるんでしょ。
軽口を叩いたって強がりだって分かっているんでしょ。
血で滑る鞭を握り直す。そして一歩前へ。もう一歩。
タクティスの余裕の表情。
……最悪ね。
(それでも!)
ファンは、門の前に立った。
「義娘を守る親の気持ちを読んでみなさいよ」
息を吐く。血の匂いが濃い。
「ここを通りたければ……」
鞭を構える。腕が重い。足も重い。全部重い。
それでも、離さない。
「私を倒してからにしな!」
「私はまだ! 死んじゃいない!」
……一瞬。世界が、止まったように静まる。
次の瞬間、タクティスの猛攻が始まった。
本当に逃げ場がない。どうしろっていうのよ!
いいわ。守りに入ったら詰む。なら攻めるしかないじゃない!
攻撃の波が来る。
前から、横から、上から。逃げ道を潰すような刃が重なる。
ファンは一歩も引かない。鞭を振るう。絡める。フェイント。踏み込む。
だが……読まれている。こちらの攻撃は全て潰される。
「きょきょきょ……動きが鈍ってきましたねぇ」
「……うるさいわね」
「そろそろ限界でしょう? いい顔になってきましたよ」
「女性の顔は、まじまじと見るものじゃないわよ」
息が続かない。でも、身体は動く。
肩の傷が開くのが分かる。でもまだ鞭を振れる。
血が流れる。それでも退くわけにはいかない。
私はまだ戦える! エレファに会ったら思いっきり抱きしめるんだから!
「……っ」
疲労か出血のせいか、膝が落ちる。
一瞬。本当に一瞬だけ、身体が言うことを聞かなくなった。
横からの一撃をまともに受け、切り飛ばされた左腕が宙を舞った。
「ああぁぁぁぁ!」
激痛は一瞬。あとは痺れるだけ。
これで左腕がない生活。エレファを力一杯抱きしめる事が出来なくなったわね。
「終わりです」
タクティスの声が、すぐそばにあった。ゆっくりと近づいてくる気配。
「きょきょきょ。その表情、まだ折れてないんですねぇ~」
ーー立って。
頭の中で声がする。
ーー立て。
うるさい。分かってる。右腕に力を入れる。
震える。でも、動く。
地面を押す。身体を起こす。
「……しぶといですねぇ。しつこい女性は嫌われますよ」
「はぁ……はぁ……あっそ」
マズい。視界が歪む。動け、私の身体。
踏ん張れ。まだ、まだ諦めない。
会うんでしょ、愛しい義娘に。
「ねぇ、タクティス」
「なんですか?」
「一つ、教えてあげる」
鞭を構える。震えを止めろ。視線を切らすな。
最後まで胸を張れるように。
「人の心が読めるって言ってたわよね」
「えぇ」
「なら……」
踏み込む。ボロボロの身体で、無理やり。
「読んでみなさいよ。最後まで立ってる私の気持ち!」
分かってる。これが最後の一撃だって。
もう流石に無理ね。
「はぁぁぁぁ~~!」
「きょきょきょ……いいですねぇ」
受け止められ、簡単に弾かれる。
身体が、もうついてこない。
「でも、それも……終わりです」
視界の端。魔物も一斉に動く。
完全に、囲まれた。逃げ場は、ない。
(最後にあの義娘に会いたかったな。私の……可愛い……エレファ)




