第46話 面倒くさい女、参上
ーー少しだけ時を遡る
魔王城の奥。
正直、こんなところに来る予定じゃなかったのにね。
見つかったら終わりよね。いや、全力で逃げるだけか。
足音を殺しながら進むのは四武太守の一人モイズ・ファン。
「……ここよね」
目の前の扉には、複雑な封印が施されていた。
ふぅと大きなため息をつく。失敗が許されない緊張感が続く。
「甘いのよ」
指先でなぞるように触れる。カチリ、と小さな音。扉の封印が解けた。
「魔族って基本的に脳筋なのよね」
皮肉のように呟き、扉を押し開けると、ギィ……と鈍い音が響いた。
中にあったのは、ただ一つ。台座の上に置かれた壺。
歩を進め、壺を手に取る。
「もう……こんなもんに頼るしかないのね」
あ~もう。こんなはずじゃなかったのに。信じるしかなくなっちゃった。
あの教育係。本当に大丈夫なんでしょうね?
その瞬間だった。
「きょきょきょ。こんな所で何をしているのですかねぇ~」
背後からの声に一瞬で空気が凍った。
振り返れば終わる。
表情に出すな。冷や汗を止めろ。動揺するな。
落ち着け、私。何の為に私はここに来たの?
「タクティスか……なんか用?」
「きょきょきょ。心の友と書いて心友じゃないですか~。なんかあるなら相談してくださいよ~」
「音痴のガキ大将が言うような台詞を言わないで」
「突然なんですが、あたくしねぇ……人が絶望する瞬間って、大好きなんですよ~。きょきょきょ」
「……全く興味のない情報ね」
冷たい汗が背中を伝う。……それでも顔には出さない。
「あたくしね、実は人の心が読めるんですよ。きょきょきょ」
「はっ、随分と都合のいい能力ね」
「この能力を知った奴は人間であれ、魔物であれ、みんな死んでますから。きょきょきょ」
「……」
「表情に一切出ないのは流石ですね。きょきょ。しかし、心の中で逃げる算段を考えているのが見え見えですよ。きょっ~きょきょきょ」
「そうなのね。なら私があんたの能力を知った最初の人間になるのね」
その瞬間、空気が弾けた。ファンの身体が一気に加速する。
背後から何かが伸びる気配。それでも前だけを見る。
こいつ、こんなに面倒くさい奴だったのね。
訂正、魔物って脳筋ばかりじゃないのね。
「駄目ですよ。考えていることが分かると言ったじゃないですか。絶望しましたか?」
曲がり角を曲がった瞬間、待ち構えていたのは幹部級の魔物たち。背後にはタクティス。
「あたくしは脳筋のケバスットや寄生するしか能のないラブッターとは違うのですよ」
「ふぅ~。ねえ、あんたが読めるのって”今、この瞬間の思考”だけだよね」
「えぇ、そうですね。ファン殿が一生懸命逃げ道を探していることも丸わかりですよ。きょきょきょ。そろそろ諦めて絶望の表情を見せてくれると嬉しいんですけどね~」
「そっか。でも、1つ間違えたわね」
ファンはそう言うと道を塞いでいる魔物たちに突っ込んだ。
馬鹿ね。頭は使ってこそ意味があるのよ。
「待ちなさい! やめろ!」
タクティスがそう言って攻撃を止めようとしたが、もう遅かった。
ファンが壁際を走り抜けようとした瞬間、魔物たちが動き出す。
魔物が持っていたこん棒が横に振るわれた。が、寸前で身を低くしてそのこん棒をかわす。
こん棒が壁に当たるとそこに大穴が開き、外の景色が覗かせた。
「私の思考を読もうなんて、1億年早いわ。出直してきな」
ファンは身を翻すと躊躇なく外へ飛び出した。
森の中に逃げ込んだファンが一息入れる。
「なんとかなったわね」
手の中には複雑な紋章の入った壺。
「結局、これを使わないといけないのね。あ~、義妹たちが絶対にキレるわ」
ファンの頭の中に義妹、そして義娘。守ると決めた、あの子たちの顔が浮かぶ。
その時、ふいにある事が浮かんだ。
ケバスットやラブッターを出陣させたのはタクティス? なぜ? ーーもしかして……
胸に浮かんだ不安を振り払うように、ファンは駆け出した。
「ごめんね、迷惑をいっぱいかけるわ」
そう呟きながら守ると決めた、その場所へ。
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国境を超えたファンが見たものは惨状だった。
視線の先には焼け焦げた家々。崩れた家屋。遠くで誰かの悲鳴が途切れる。
「好き勝手やって。今にみてなさいよ」
視線の先には街に雪崩れ込む魔物の軍団。
兵士たちは必死に抵抗しているが、明らかに兵力の差がある。城門は今にも破られそうで、完全に押されている。
あ~もう。本当に好き勝手やってくれてるわね。
私たちの国を……あの子たちがこれから過ごす未来を。
「ちっ」
壺を強く握りしめる。
逃げる選択肢はある。このまま姿を隠して、目的だけ果たすこともできた。
だがーー
「このまま帰ったらそれこそ怒るよね。特に義娘」
エレファの顔が頭に浮かぶ。
頬を膨らませ、ポカポカとじゃれつくように叩いてくる義娘。
「来るんでしょうけど、……間に合わなさそうね」
ふぅと大きく深呼吸をするファン。
腰に吊るされていた鞭を手に持ち、足に力を入れる。
信じるわよ。義妹と義娘を。
「時間稼ぎするから早く来なさいよ」
地面を強く蹴る。その瞬間、ファンの姿は消えていた。




