第44話 神具、まさかの虫取り網
……戻っているはずなんだけど、なんだろうな。
「助けて……」
わずかに耳に届く小さな声。振り返ると、檻の中の子供たちがこちらを見ていた。昨日会った時とは違う。
怯えながらも、ほんの少しだけ希望が宿った目。
「麒麟様」
「ああ、分かってる」
「破るのは檻だけにしてくださいね。破っていいのは私の服だけにしてください」
「唐突に核弾頭レベルの下ネタをぶっこんで来るんじゃねぇ」
俺は銃を背中に回し、鉄格子に手をかけた。
ギィィィ……と嫌な音を立てながら、無理やりこじ開ける。
この世界に来てから身体能力が上がってなかったら、絶対無理だったなこれ。
「もう大丈夫だ。外に出ろ」
最初は警戒していた子供たちも、一人、また一人と外へ出てくる。
その中で、一番小さな子供がシープの裾を引っ張った。
「お姉ちゃん……」
「どうしましたの?」
「……あっち……」
震える指が、地下の奥を指す。
「まだ……あるの……」
「……まだ?」
シープと顔を見合わせる。
まだなんかあるのかよ。嫌な予感しかしないフラグやん。
「案内できますか?」
シープが優しく問いかけると、その子は小さく頷いた。
俺たちは子供に導かれるまま、さらに奥へと進む。
「薄暗い通路に女性を連れ込むなんて……麒麟様は大胆ですわね」
「あんたは知性的な女性じゃなくて恥性的な女性だな」
さっきの祭壇とは別の、薄暗い通路。明らかに“後から作られた”ような、不自然に継ぎ足された石壁。
「この辺……なんか変なの」
子供が足を止める。見た目はただの壁。
でも――薄目になると……やっぱりね。
「さすが薄目の得意な麒麟様ですね」
「訴えるぞ、割とマジで」
「少しだけ待っててくれる?」
シープが子供に待機するように優しく囁くと、子供は素直に頷いた。
そして俺とアイコンタクトを交わすと初代勇者の結界の中に足を踏み入れた。
中は小さな部屋。 だけど空気が違う。重い。息が詰まる。
そして、その中央にぽつんと置かれていたのは……
虫取り網。
「いや待て待て待て」
思わず三回ツッコんだ。緊迫した雰囲気でなんで虫取り網?
「神具って言ったよな? 神器とかじゃなくて? 網? カブトムシ捕るやつ?」
「……ですが」
シープが一歩前に出る。
「間違いなく、これですわ」
その瞬間、網が淡く光を放つ。ビリッと空気が震える。
「うわ、今のはそれっぽい!」
「……完全にそれですわね」
「見た目詐欺にも程があるだろ!」
俺がツッコんでいる間にも、シープは慎重に網へと手を伸ばす。
触れた瞬間――
光が一瞬だけ強くなる。そして、何事もなかったかのように収まった。
「……問題なさそうですわ」
「いや、なんで問題って思えるの?」
「そして説明がないタイプのイベントですわね」
「一番の問題やん、それ」
とりあえず、神具(見た目:虫取り網)を確保し、子供たちを連れて地上へ戻る。
初代勇者ぺシャルが言っていた虫取り網って、これのことかよ。こんな伏線回収、アリなの。
神殿の外に行くと、ラビィー達が息を切らしながら走ってくるのが見えた。
「先生、シープ大丈夫? この再会は全米が泣いた。的になる?」
「そのセリフを聞いて泣く奴はいねぇ」
「子供たちも助けたのですの?」
「もちろんだ。神具っていうおまけもついてきたぜ」
ラビィーが子供たちの頭を撫でながら、
「頑張ったね」
と声をかける。その一言で、子供たちの緊張が一気にほどけた。
泣き出す子もいる。
……こういうとこ、ちゃんと勇者であり、女王候補なんだよな。
「キリー。こういう状況で虫を取って遊ぶのは色々と間違っているよ」
「お前の生き方ほど間違ってねぇよ。さすがにこの状況で虫を取っていたら暢気すぎるだろ」
「先生、子供たちを喜ばすために、じゃないの? 光源氏計画?」
「そんな壮大な人生設計を考えてない!」
源氏物語を知らない人は読んでみてね。意外に面白いぞ。
「でも手に持っているのはどう見ても虫取り網じゃない」
「誰がどう見てもそう見えるわな」
「頭を打ったの? あっ元からバカだっけ?」
「あんたは俺に辛辣過ぎませんかね?」
俺は肩をすくめながら、神具を現勇者であるラビィーに手渡す。
ーーその瞬間
ラビィーの手の中で神具である虫取り網の輝きがいっそう増した。
「間違いありませんの。これは神具ですの。……だけど」
エレファが静かに口を開く。
「見た目とのギャップがすごいわね」
「女神リンネ様、もうちょっと頑張れなかったの?」
ベアルにまで呆れられるって、ある意味凄いな。全員の意見が一致した。
ーーダサい。
「とりあえず、お腹が空きましたわ」
「あたいも~。もう背中とお腹がくっついちゃう」
「僕もお腹が空き過ぎて、ムラムラ……じゃなかった。イライラする」
「どんだけ煩悩が脳を支配してんだよ」
覚醒能力を使うとエネルギーをめっちゃ使うんだっけ。
パンチャやベアルは魔物軍団を、シープもラブッター戦で覚醒した。そりゃ腹も減るわな。
これで3人目の覚醒。
待っていろよ、残念魔王。もう1回、確実に封印してやるからな。
「とりあえず領主館へ戻って食事にするですの。このままでは復興作業もままならないですの」
「賛成だ。これ以上変態と戦うのは勘弁してほしいしな」
「先生、それフラグ」
「やめろ」




