第33話 三途の川を渡らせてあげる
ケバスットの足元にはパンチャの倒れた姿が・・・・・・あれ? いない。なんで?
あの状況で避けたのか? じゃあ、さっきの血しぶきは誰の? ケバスットの鼻血なんてオチはないよね?
その謎はすぐに解けた。
振り下ろされ、地面に突き刺さった大斧のすぐ傍で、ベアルがパンチャに覆いかぶさっていた。ベアルの服の背中の部分が裂け、真っ赤に染まっている。
何が起こっているのか、全く分からない表情をしているパンチャ。
「なんでこんな時に私の魅力に負けて飛びついてきているのよ! 場所と状況を考えなさいよ!」
「じゃ、じゃあ、こ、今度はムードを作ってから……ね、寝込みに飛びつくよ」
「いや、色々間違っているだろ。シリアスなシーンが台無し」
というよりも、ベアルの出血は大丈夫なのかよ。
明らかに血が出過ぎだろ。誰がどう見たって、致命的な傷口だろ。
ベアルの破れた服から血が噴き出し、さらに赤色の範囲が大きくなっていく。
「パ、パンチャ……ケガない? って、下半身の毛の事じゃないからね。ない事は知ってるからさ」
「あるわ~! 違う! 怪我はない。毛はある!」
「分かった。分かったから落ち着け、パンチャ。そして女の子が言ってはならない台詞を大声で言っちゃっているぞ」
「パンチャが無事で良かった……」
そう言いながら目をゆっくりと閉じるベアル。
おいおいおい。ちょっと待てよ。目を閉じるんじゃねぇよ、ベアル。
なに満足そうな顔をしているんだよ。まるで死んじゃうみたいじゃねぇか。
この物語はコメディだったはずだよ。今までの流れからシリアス路線に走ったら読者からバッシングの嵐になるだろ!
「ベアル、大丈夫か! 返事をしろ!」
「返事がない。ただの屍のようだ」
「ラビィーさん、このシーンで1番言っちゃいけない言葉を口にしちゃ駄目!」
「べ、ベアル? ねえ、ベアルってば。返事しなさいよ。あと、重いからどいて」
「かばってもらってその台詞はないですの!」
「ベアルはパンチャの臭いを堪能しているのですね。分かりますわ」
「その理解は女性としてどうなの?」
シリアスなシーンでもボケを忘れない。この3人娘はどういう神経しているんだ。
そこまで読者に笑いを提供する必要はないと思うよ~。
で、全く動かないベアルは・・・・・・いや、気絶しているだけだ。
そうだ、気絶しているだけ。そうだと思いたい。ギャグコメディ小説で、死人とかはありえない展開だろ!
とりあえず早く手当てしないと命に関わる気がする。
早くこの状況を打開しないといけないのに、気持ちだけが先走り、何も思い浮かばない~。どうしよう……
「もう~、早くどきなさいよ。このままだと2人ともやられちゃうでしょ! あんた、本当に三途の川を見に行きたいの? 黙っていないで何とか言いなさいよ! ・・・・・・ベアル?」
ベアルの身体を揺り動かすパンチャの表情が変わる。明らかにベアルに異変があったと感じ取ったようだ。
パンチャに身体を揺すられてもピクリとも動かない。しかし、引き裂かれたベアルの服は、血のシミが確実に広がっている。
「くそったれ! とりあえずケバスット、お前はパンチャ達から離れろや!」
気合と共にケバスットに向け銃を放つ。
心の中では当たるわけがないって分かっている。
だが、少しでもパンチャ達とケバスットとの距離を離したい一心で俺はライフルを連射した。
力士のような体型なのに今度は体操選手のようなしなやかさで避けるケバスット。
お前、なんなの? フェアリージャパンのメンバーにでも入りたいの?
いくら機敏に動けてもその体型じゃ無理だからな。いい加減にどっかに行ってくれよ。ほら~、残弾が無くなっちゃったよ~。
どうする? どうしたらいい?
唯一、あのケバスットに対抗できるベアルが完全に沈黙している。というか……ベアル、本当に三途の川を見に行っているのかも。
「はぁっ!」
気合と共に空気を切り裂く音。
ふと見ると両手に持った剣でケバスットに挑むラビィーがそこにいた。
「先生。今度は私の番」
「その次は私ですわね。麒麟様なら3回戦も余裕ですわね」
「戦闘の話だよな? だから妙に含みのある言い方をするんじゃねぇ。というか、お願いだから逃げて!」
しかし、ラビィーは俺の言葉は真逆の行動を起こす。
ケバスットに向かって無謀ともいえる特攻を仕掛けるラビィー。
猪突猛進タイプのラビィーに逃げろって無理な話だわな。
だけど、ケバスットには余裕で避けられているからね。
漫画やアニメの世界なら、ここで「クリ●ンのことか!」と言ってラビィーが覚醒する展開が期待出来るんだけど。
無理っぽいな。
「……ラビたん。どいて。そいつはあたいが三途の川を渡らせる」
「えっ?」
声のした方に目を向けると少し目を伏せて仁王立ちするパンチャの姿。
しかし、仁王立ちするパンチャの姿は今までは違い、光のオーラを纏っている。
えっと、パンチャさんは覚醒しているのでしょうかね?
ベアルの覚醒した姿よりも身に纏う光のオーラが強いよ。
なんかもう、第2形態って感じでっせ。
もう3倍どころか、10倍ぐらい光の強さが違う。「クリ●ンのことか!」で強くなるのはラビィーじゃなく、パンチャだったんだ。
「あんただけは絶対に許さない。あたいが三途の川を見せてあげる。ううん、渡らせてあげるわ」
「恐っ! すっげ~恐っ! ドスききまくり」
パンチャ、キャライメージが壊れちゃ……いや、壊れないか。
割と普段からこういうキャラだったわ。でも、迫力がありすぎ!
一歩一歩、ケバスットに向かって足を進めるパンチャ。
一見無防備で、しかし威風堂々と。その迫力に気後れしたケバスットが少し後ずさった。
「はっはっは! 面白い。完全に覚醒した四武太守と言う事か。受けて立つ!」
「ねぇ、シープ。受けて勃つって事は攻められて下半身の一部が勃つって事?」
「そういう事になりますわね。攻めと受け。これは絶対に覚えてください。ここテストに出ます」
「出るわけねぇだろ! そして、なんでこの流れでBL用語だと思ったんだよ!」
くだらない流れさえなければ、バトルアニメのワンシーンなのに。
あなた達は、どこまでもギャグコメディ路線を走るんだね。
しかも下ネタ多めって。ラビィーが女王になった時、この俺の物語も多くの国民に読まれるんだよ。
この女王で国民ってついて来てくれるの?
そんな俺らの漫才をよそに、距離を縮めていくパンチャとケバスット。
なにこの緊張感の違いは? 向こう側は完全に空気が張り詰めてるじゃん。
「では、参るぞ!」
「ご託はいいからさっさとかかってきなさい。三途の川を渡らせてあげるって言っているでしょ」
その直後、丸い体型のケバスットが砲弾のように弾け飛ぶ。
そしてパンチャの背後に回り、大斧をパンチャの頭に振り下ろした。
「あぶねぇ!」
しかしパンチャはその場から動きもせず、頭を軽く傾け、片手で大斧を受け止めた。
驚愕の表情を浮かべるケバスット。
必死に大斧をパンチャの手から引き離そうとするが、大斧はピクリとも動かない。
マジか……あんなに小さい身体なのにパワーで圧倒しているって。
俺、夢でも見ているのかな? ラビィーもシープもエレファも驚きまくっている。
集団幻覚じゃないよね? でないと今見ている光景が信じられない。
「これで全力なの? さっきまでの余裕が無くなっているわよ」
「これ、ヘタレ攻め?」
「違う! この状況で使う言葉でもないし、意味も全く違うからな!」
「くっ! これが本当の覚醒の力と言うわけか!」
大斧を何とかパンチャの手から引き離そうと力を込めるケバスット。
元々は黒かったケバスットの顔が赤くなり、踏ん張っていることが俺達にも分かる。
さっきまでの余裕のニヤケ顔は完全に消えていた。




