03
王の部屋を辞したエステルは、夕食の支度ができるまではゆっくりしようと与えられた部屋へと足を向けた。そしてついた先、部屋のドアを開けると…
「「「お帰りなさいませ、エステル様」」」
待ち構えていたのは、両手で数え切れないほどのメイドたち。さすがに叫びはしなかったものの、予想外の事態にエステルは立ち尽くす。そんな彼女をメイドたちはニコニコと中へと引っ張り込むと、部屋の奥の小部屋へと連れていく。
そしてその先に待っていたのは、
「な、なんですか、この服の量は…!」
部屋の上から下まで、ずらりと並んだドレスの数々。見たところどれもかなりの高級品だ。さらに部屋の隅には宝飾品も山のように積まれている。
国を象徴する巫女であるがゆえに、もちろんエステルの身の回りは質の良いもので揃えられている。しかしさすがにここまで全力の衣装部屋というのは初めてだ。言葉をなくしたエステルに、メイドのひとりが恭しく頭を下げる。
「こちらは全て、ルシアン様がエステル様のために用意なさったものでございます」
「ルシアン…お兄様が?」
「はい。エステル様が王宮にお越しになった際、着るものがなくては困るだろう…とのお心遣いです」
メイドの説明に、エステルはあっけに取られた。ほとんど会ったことのない妹へのこの気遣い。なんて優しい人なんだ!父王の性格がアレだっただけに、エステルの中での兄への評価はぐんと上がった。
「お兄様には、あとできちんとお礼をお伝えしなければいけませんね」
正直、服が多すぎる気もしないではないが、優しさであることに変わりはない。
「ええ、それがいいかと。この後の夕食にはルシアン様もいらっしゃいますので、姫様におかれましては、ぜひお着替えを。きっとお喜びになりますよ」
「そうですね、ではどれを着ようかし…」
悩みかけたエステルの前に、すっとレモンイエローのドレスが差し出される。
「姫様の銀の髪には、きっと淡い黄色がお似合いになりますわ」
「そう?ではそれを…」
「いえいえ姫様、姫様にはこちらのミントグリーンの方がお似合いです!」
「そ、そうかしら?」
それを皮切りに、メイドたちは次々にドレスを勧めはじめる。あれが似合う、これが似合うとドレスを差し出し、しまいにはエステルそっちのけでピンクが、青がと騒ぎ出す始末。
(似合うって言ってくれるのは嬉しいんだけど…)
どうやら長くなりそうだ。長くなるであろうメイドたちの衣装戦争を思って、エステルはこっそりため息をついた。
△▽
しかしメイドたちの衣装戦争は、思ったよりずっと早くに決着がついた。というのも、使いが予想より大分はやくに夕食に呼びに来たのである。さすがに王と王子を待たせるわけにはいかないと、メイドたちは慌てて…けれどさすがの優秀さで完璧にエステルを仕上げると、先程までの喧騒はどこへやら。しずしずとエステルを広間に送り出した。
ちなみに最終的に選ばれたのは、淡いペールグリーンのドレスだった。スカート部分には同系色のレースが重ねられ、歩く度にふわふわと揺れる。非常に美しく、かつ繊細なドレスだ。
長い回廊を抜け広間につくと、金髪の美しい青年が出迎えてくれた。
「待っていたよ、エステル」
柔らかく微笑む青年の名はルシアン=フォン=イスタニア。エステルの2つ上の兄であり、この国の第一王子だ。光を放っているかのような黄金色の髪に、エステルと揃いの淡いブルーの瞳。完璧な容姿に加えて文武共に秀でるのだから、まさにお伽噺の王子様だ。
「遅れて申し訳ありません、ルシアンお兄様」
「いや、僕も来たばかりだから気にしないでくれ」
どうやら父王は所用で遅れるらしい。そう教えてくれた兄に促されるまま席につく。
「あっ…お礼が遅くなりましたが、お洋服、本当にありがとうございます。とても嬉しいです」
「ん?ああ、可愛い妹へ贈り物をするのは当然だろう?気にしないでくれ。…そのドレスもとても似合っているよ」
甘い言葉と共に投げられる、甘い笑顔。 給仕をするメイドたちの視線が釘付けだ。
(ほ、本物の王子様だ…)
自分も本物の王女であることをすっかり忘れたエステルは、ごくりと唾を飲む。見た目こそ父王とよく似ているものの、性格はまるで違う。きっと母に似たのだろう。ありがとうお母様!とエステルは心の中で礼を言う。そんな妹の心中など知る由もない兄は、ふと思い出した様子で首を傾げる。
「…そういえば今回城に来たのは父上に呼び出されたからなんだって?」
「ええ、私の婚約の件で」
「婚約?」
事の経緯を簡単に話して聞かせれば、兄は驚いた様子で形のいい目を見開いた。そんな表情でさえも絵になるのだからイケメンは得だ。
「なるほどねぇ…でも、兄の僕だってまだ婚約していないのに…父上は随分と気が早いね」
「えっ、お兄様もまだなのですか?」
エステルの2つ上といえば、もうすぐ成人だ。びっくりした様子を隠さない妹に、ルシアンは困ったような笑顔を見せる。
「情けない話なんだけどね、浮いた話ひとつないんだよ」
困ったように微笑む兄に、エステルは驚きを隠せなかった。実の妹の自分から見てもドキドキするこの兄だ。大抵の女性が虜になりそうなものなのに。
もしかしてよっぽと理想が高かったりするのだろうか?
むくむくとわいてきた好奇心に、エステルは兄の方へと身を乗り出す。
「あのっ、お兄様はどのような女性がお好みなのですか?」
「えっ?好み?」
ルシアンは突然の問いにあっけに取られた様子だったが、興味津々といった妹を見て、考えこむように顎に手をやった。
「そうだね…」
悩む兄の目が、なぜかちらりとエステルへ向けられた。優しい青の瞳が一瞬だけゆらりと色を深め、口の端が妖しく吊り上げられる。その笑顔は、明らかに先程までとは何かが違っていた。思わずごくりと息をつめたエステルに、するりとルシアンが顔を近づける。
「…美しいプラチナブロンドに、アイスブルーの瞳、ペールグリーンのドレスの似合う、可愛い人…かな?」
「えっ…」
冗談だろうと笑い飛ばそうとしたエステル。けれど絡めとるような視線がそれを許さない。動けないエステルへとゆっくり手が伸ばされ、そして─────
「…なぁんて、ね」
「ふぁ、ふぉひぃひゃま!?」
むぎゅう、とほっぺを伸ばされた。先程までの空気から一転。くすくすと笑う兄に、ようやくからかわれたのだと気づいたエステルは、一気に赤くなった。ペシっと頬の手を払い、キッと兄を睨む。
「かっ、からかわないで下さい!」
精一杯怖そうに睨んでみるものの、兄はそれを見てさらに楽しそうに笑うばかりだ。完全に遊ばれている。
「もう、もうっ!お兄さまなんて知りません!」
「ふふ、ごめんってエステル。君が可愛いから、ついからかいたくなっただけなんだよ…ふ、ははっ!」
「いつまで笑うんです!反省してないじゃないですか!」
「いやぁ…だってあんなにいい反応するとは思わなかったんだもの」
随分な笑い上戸らしい兄は、しばらく経ってからようやく笑いを収めた。目尻に滲む涙にエステルはさらにむくれる。
「でも、エステルが可愛いと思ってるのは本当だよ?」
「…」
「ああ、そんなふうに睨んでもエステルは可愛いね。さすがは僕の妹だ」
エステルはじとっと兄を睨むが、ルシアンは気にすることなく甘い笑顔をとろけされる。
「ね、エステルはどんな男性が好みなんだい?」
「…わたしですか?」
「うん。やっぱりエステルくらいの年の女の子は、こんな人と結婚したい、とかあるんじゃないの?」
「そりゃ、憧れはします、けど…」
エステルだって、年頃の少女として恋愛への興味はある。けど、
「結婚するなら…政略結婚が1番なのかな、と思います」
「…それは、本気で言ってる?」
「だって…」
エステルは、精霊王の巫女という国の象徴たる役目を背負う。そして退位後は、この国の王女としての役目が待っている。当然貴族も、国民も、そしてエステルも、結婚相手には多くのことを求めるだろう。そしてそのどれかひとつにでも応えられなければ、容赦なく厳しい目が向けられる。
「…もし普通の人と結婚したら…きっと、その人はすごく大変な思いをしちゃうんじゃないのかな、って…思うんです」
「だから、政略結婚を…と?」
「…はい」
「なるほど」
ルシアンは、なるほどね、ともう一度口の中で呟く。そしてエステルの頭をそっと撫でると、笑顔で微笑みかけた。
「エステルはいい子だね」
「いい子…ですか?」
「うん。自慢の妹だよ」
嬉しそうなルシアンが、その笑みを深める。
「…だから僕も、少し頑張ってみようかな」
深まった笑顔の奥、ひそりと付け足された囁きは、誰に聞かれることもなく霧散した。




