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嫁き遅れ巫女姫の婚活旅行  作者: しーかわ
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04

 



 さて、時は少し遡る。

 部屋から退室した娘…エステルを見送った父王ギルバートは、ソファに座り込み、考え事に耽っていた。整いすぎた顔とあいまってか、微動だにしないその様はまるで彫刻のようだ。

 不意に、王の目元がついと動いた。ややあって王は深い皺の刻まれた眉間を揉みほぐしながら、低い溜息を吐き出す。


「…おい、居るならさっさ姿を見せろ」


 誰もいない空間に投げられた言葉。けれど王がまばたきをした次の瞬間、それまで誰もいなかった空間に、忽然として一人の男が立っていた。


「…いやぁさすが陛下。そろそろ俺、自信なくしちゃいそうですよ」


 ニヤッと笑いながら軽口を叩く男は、20半ばくらいだろうか。この国では珍しい、濡れたような漆黒の髪に、同じ色の瞳。形の良い薄い口元は軽く吊り上げられ、皮肉気な笑みを浮かべている。正統派ではないが、王と並んでも遜色のない、かなりの美丈夫である。

 突如として現れたその男にも、王は驚いた様子もなく、ただ面倒そうに椅子を示す。


「つまらん軽口はいい。さっさと座れ」

「怖いんだから…と、失礼します」


 不遜な態度で笑う彼は、名をラグドールという。こんな態度ではあるが、十年近く前から筆頭騎士として王の護衛を務める、当代きっての天才騎士だ。


「この調子だと、エステルのいる間からずっと覗いていたな?」

「だって"あの"噂の美少女姫ですよ?見ないわけにはいかないでしょ!」

「…。……聞きたくないが、聞いておこう。どんな噂だ」

「んー?とびきりの美人で、民から人気があって?さらには"あの"兄王子のお気に入り…ってとこですかねぇ」


 含みたっぷりの言葉に、王の口からうめき声が漏れる。筆頭騎士はそれを楽しむかのように、にやりと口を吊り上げ、言った。


「まぁ流石に最後のは一部高官しかしらないですけど…。…それで?姫(・)様(・)の(・)婚(・)約(・)者(・)候(・)補(・)は(・)、(・)い(・)っ(・)た(・)い(・)何(・)人(・)王(・)子(・)に(・)消(・)さ(・)れ(・)た(・)ん(・)で(・)す(・)か(・)?」





 エステルが訝しむほどの不自然な速さで婚活旅行が進められようとしている理由が、これである。


 さて、現国王であるギルバートには、二人の子供がいる。

 まずは王女のエステル。精霊王の巫女にして、亡き王妃と同じ銀の髪を持つ美しい姫君だ。

 そしてその兄王子ルシアン。彼は父王と同じ金の髪を持つ、これまた美しい王子である。さらにそれだけでなく、貴族学校での成績は常に首席。剣術を始めとするあらゆる武芸に秀で、模擬試合を含めて負け知らず。おまけに誰にでも優しく明るい性格で、国内外からの評価は非常に高い。

 ここまで欠点のない子供を持てば、さぞかし鼻の高いことだろうと周囲は王を羨んだが、そんな王にも悩みがあった。

 子供が、2(・)人(・)揃(・)っ(・)て(・)結婚できそうにないのだ


(まぁ、アイツの方は予想していたが…)


 王が思い浮かべるのは、精霊王の巫女エステルである。その特殊な役割上、婚期がある程度遅れるのは予想していた。

 しかし本当の問題は、その兄ルシアンであったのだ。

 息子であるルシアンは、非常にモテる。事実、数え切れない程の縁談が寄せられており、見合い相手の絵姿で部屋がひとつ埋まったと聞いた時には、思わず言葉を失ったものだ。

 しかしルシアンは、どんなに美しい姫君であろうと、どんなに力のある国の姫君であろうと、様々な理由をこじつけ、その全てを断わり続けた。

 自身が比較的遅い結婚をしたため、王もしばらくは自由にさせてやろうと黙認していた。しかし王子が成人にさしかかる頃には、流石に理由を聞かねばならんと呼び出そうとした矢先、王子の方から、王を訪ねてきた。

 そして、こう言ったのだ。



『父上、僕とエステルの結婚を認めてください』



 今でもあの時の衝撃を思い出せる。なんの冗談だと笑い飛ばしたものの、ルシアンは穏やかな笑顔でこう続けた。


『許していただけないのなら、まぁ、僕にも考えがあります』


 飛びそうになる意識を繋ぎ合わせ、駆け落ちでもする気か、と聞けば、


『それもアリですが…まぁ、それだと国の跡継ぎがいなくなるので、あまりしたくありませんね』


 どうやらある程度の常識は残っていたらしい。


『なのでまずは法改正をと考えています。現在の我が国では近親相関はグレーですからね。色々と頑張りますが…本当にダメそうなら、父上を弑して絶対王政でも築こうかと。…まぁ父上のことは好きなので、本当に最終手段ですから、安心してください』


 前言撤回。常識は残っていなさそうだ。安心要素がどこにもない。

 そしてにこやかな笑顔でトンデモ宣言をした息子は、本当にその宣言通り、頑張った。それこそ法改正や意識改革のようなホワイトな努力から、エステルに近づく男を排除するといったブラックな努力まで。

 ちなみにエステルには言わなかったが、エステルの婚約者候補に怪我をさせたのはルシアンだ。エステルに婚約者ができれば何かしらするとは思っていたが、まさか10人近くいた候補すべてを潰しに来るとは思いもしなかった。


「しかしなんだってエステルと結婚したいだなんて言い出したんだアイツは…」


 吐き出しながら、王は記憶をたどってみる。エステルとルシアンの年の差は4つ。そしてエステルは3歳の時には巫女として神殿に上がった。そのためルシアンは7歳以降はほとんど顔を合わせたことすら無いはずだ。それが一体どうして結婚すると言い出すほど執着することになったのだろうか。呟いた王に、ラグドールは気楽な声で返す。


「まぁ、理由がなんであれ、こうして姫様の婚活旅行が決まったんですから。あとは姫様が結婚さえしてくれれば、王子も諦めてくれるんじゃないですか?」


 その意見は、主だった高官たちの意見とほぼ同じであった。王子は決して馬鹿ではない。しばらくすれば、諦めて妻を娶ってくれるだろう。…と、こう考えたわけだ。


「…だといいが」


 不安げな曇顔のまま呟いた王。そしてその不安に追い打ちをかけるかのような激しいノックの音が、部屋に響いた。


「陛下、大変です!」

「っ、何事だ!?」


 転がるようにして部屋に飛び込んできたのは、夕食のためにエステルの部屋に向かわせたはずの侍従である。そのただならぬ様子に、王とラグドールの顔にサッと緊張の色が走る。


「これが、エステル姫の部屋に…!」


 侍従から差し出されたのは、シンプルなメッセージカード。そのカードには、たった一言、流麗な字でこう書いてあった。



『エステルは僕が貰います。 ルシアン』



「いやぁ…こう来るのか…」


 シンプルすぎる誘拐宣言に、思わず王の隣から覗き込んだラグドールは唸った。堂々としすぎて、いっそ清々しい。王の顔を見れば、どうやら同じ感想のようで、怒りというよりは疲れの色がかなり濃い。


「…ひとまずお前達はルシアンとエステルを探せ。ただし、大事にはするな」

「はっ!」


 侍従が慌ただしく去ると、王はラグドールへと向き直った。


「おいラグドール。お前に頼みがある」

「えぇ…嫌って言ったらどうなります?」

「では命令にしよう」

「うーわ、最低だよこの王サマ。横暴だ」

「王様だからな。偉いんだ」


 軽い口調で返した王は、そのままの軽いノリで続けた。


「エステルを連れて国を出ろ。そしてアイツの婿探しを手伝ってやってくれ」


 犬の散歩はよろしくね、くらいのノリで投げられた言葉に、ラグドールの黒曜石の瞳が大きく見開かれる。


「…えっ、本気ですか、それ」

「本当は何人か護衛をつけたかったが…。この調子だと、無事に出発できたところでルシアンが刺客でも送り込んできそうだな、と思ってな」


 虫も殺さぬような顔をしているが、ルシアンは目的のためには手段を選ばない。護衛を殺すことでエステルが手に入ると判断すれば、確実にそうするだろう。


「その点お前ならまぁなんとかできるだろう?」

「いやまぁできますけど…えぇ…面倒そう…」

「…エステルに婿ができれば、これをやるぞ?」


 モノでつられるわけが無い。そう言おうとした瞬間、王の手にした紙にラグドールは今度こそ言葉を失った。


「あんた…それ…なんで…」


 いつもの余裕をすっかり失ったラグドールに、王は先程までの表情とは一転して冷酷な笑みをうっすらと浮かべてみせた。


「さぁ、どうする?」

「…やるさ。姫サマに旦那を見つけりゃいいんだろ」


 吐き捨てると、次の瞬間騎士の姿は部屋から消えた。王はしばらく騎士のいた空間を見つめてから、部屋の外へと足を向けた。




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