02
『お前への縁談の申し込みは、一件もなかった』
多感な年頃の娘に告げるにしては、あまりに酷な事実。けれどそれを告げる王の口調は、どこまでも軽やかだった。「今日はいい天気だな」くらいの軽さだ。
しかし言われた方のエステルは、当然衝撃を受けた。
「なっ、なんで、なんでですか!?」
先程までの緊張はどこへやら。おしとやかな令嬢の仮面をかぶることも忘れ、父へと詰め寄る。
「これでも私は、世間からの評判は良いはずです!精霊王の巫女かつ、王女!おまけにお母様に似て美人です!婿入り先としてはこれ以上なく優良物件のはず!この私の何が、何が不満なのですか!」
「傍から聞けばとんだ自意識過剰だが…まぁ、間違ってはいないな」
まくし立てられた正直すぎる娘の自己申告にやや呆れながらも、王は肯定した。間違っている訳では無いし、自分の価値を正確にわかっているのは良いことだ。しかし、
「今回はその優良物件っぷりが仇になったわけだ」
「…どういうことですか?」
「考えても見ろ。第1王女たるお前の夫になるには、最低でも伯爵以上の爵位は必要だ。この時点で、未婚貴族の数は半数近くに減る」
一般的に、貴族には生まれながらにして婚約者がいることがほとんどだ。そしてその傾向は、爵位が高ければ高いほど強まる。けれど政治的な判断を抜きにして、純粋に地位だけを見れば、それでもなお10人近くの候補が残っていた。
「しかしこの残った候補たちが、次々と不慮の事故やら突然の病に倒れはじめた」
落馬や馬車同士の衝突、謎の病に狩りの最中の不慮の事故。十数人いた候補たちは、次々と何かしらの不幸に見舞われはじめたのだ。王を始めとする高官たちは、はじめ婚約者候補たちの小競り合いかとも考えたが、不自然な点も多く、どうやらそうではないらしい。しかし王は、その理由についてはあえて言及しないことにし、愉快そうに娘に向けて笑ってみせる。
「まぁ、世間を含む大半は、お前のせいだと思っているな」
「…はぁ!?どういうことですか!!」
「お前のせいというか、『精霊王の巫女に手を出そうとしたから、精霊王の怒りに触れた』…というのが、まぁ、主な意見だな」
「なっ、」
あらぬ言いがかりだと血相を変えたエステルも、これには言葉を詰まらせた。
…そう、精霊王の巫女とは、繰り返すようだが、文字通り精霊王に最も愛された乙女のことを指す。歴史上、巫女の祈りで国が救われた逸話は数多く残っており、また逆に国が滅びかけたという逸話も少なくない。
ー精霊王が、愛する巫女を簡単に手放すわけがないー
国民は、婚約者候補たちの不幸を、精霊王の巫女を奪おうとした罰だと受け止めたのだ。
「まぁこのことでお前を恨んでるやつはおらん。むしろ『さすがは稀代の巫女姫だ』と評価はうなぎ登りだ。よかったな」
「い、いいわけないでしょう!馬鹿なんですか!?これじゃ誰も婿になんて来てくれないじゃないですか!」
婚約者候補になっただけで不幸に見舞われるような女なんかと、誰が結婚したいだろうか。…言ってて情けないが、これが現実。涙が出そうだ。
「あっ、でも、私の任期はそろそろ終わるはずですよね?任期さえ切れれば、結婚だって…」
精霊王の巫女の任期はおよそ10年。異例の13年目を迎えてしまったエステルの任期は、もういつ終わってもおかしくない。その後でならば、精霊王を気にすることなく結婚だってできるはず!期待に目を輝かせたエステルだったが、父王はそれを鼻で笑った。
「いつ切れるかわからん任期を待て、と。なるほどな、婚姻適齢期を過ぎた貴族達に同じことを言えるのなら構わんぞ」
「うっ!」
打ち返された正論。父王はさらに、追い打ちをかける。
「任期が終わるのはいつの話だ?明日か?3年後か?10年後か?そんな不確かなものを、一体誰が待ってくれる。気づけば三十路…なんてことになってみろ。嫁ぎ先などあるわけがない」
立て板に水とばかりにつらつらと重ねる父王の顔は、サディスティックな色を混ぜ、楽しげに笑っている。
「その頃にはお前の兄には妻も子もいるだろうな。楽しげな兄家族の横、お前は三十路の独身小姑として兄嫁をいびるのか。…惨めなものじゃないか。なぁ?」
絶望的すぎる未来予想図。しかし世間知らずのエステルに、それをきっぱり否定するだけの力はない。そしてなまじ想像力が豊かなだけに、エステルが受けたダメージは凄まじいものだった。
青を通り越して白くなった娘の顔色をちらと一瞥し、王はこれまでの「愉悦に浸る悪の大王」から一転。「娘を思いやる優しい父親の顔」へと表情を変える。
「…俺も親として、可愛い娘を天蓋孤独のいじわる小姑にしておくなど、そんな悲しいことはできれば避けたい」
「お父様…」
「そこでだ」
すがるような眼差しの娘に、父王はにっこりと微笑んでみせた。
「お前には、花婿探しの旅へ出てもらおうと思う。国の内外は問わん。これぞという男を捕まえてこい」
「花婿…探し?」
何を言い出すのか、と目を丸くするエステルに、父王はひとつうなづいて見せる。
「表向きとしては「巡礼の旅」といったところか。諸国を周り、いい男を探して、捕まえろ。色仕掛けだろうとなんだろうと、手段は選ぶな」
「いっ、いろ!?」
巫女として俗世から離れ育てられた箱入り娘、エステル。思わず言葉を飲み込むも、父の目には否とは言わせない力があった。
「失敗すればお前は三十路小姑だ。…覚悟して行けよ?」
「ど、どりょくします…」
凄絶に笑った父王に、エステルはただ頷くしかできない。三十路小姑。なんて嫌な響きだ。
「さて、では具体的な話をつめていくか」
「今からですか?」
「…こちらにもまぁ、事情があってな。お前の結婚は、なるべく早く決めてしまいたい」
目を丸くしたエステルに、父王ははじめて言葉を濁らせた。しかしその事情とやらを言うつもりは無いらしく、そのまま本棚から大きな地図を取り出してきた。
「お前も知ってはいるだろうが、ここが我が国、イスタニアだ」
そう言いながら父王が指で示したのは、円に近い形をした大陸の東。周囲の国と比べると、比較的大きな部類に入る。
「そしてお前を嫁にやるとすれば、…候補は、この3カ国だな」
「南のサウスファリアに、西のウエスティア、北のノーザンゴール…って、大国ばっかりじゃないですか!」
王が指さしたのは、地図の中でもとりわけ大きな3か国。ちなみに、この3カ国にイスタニアを加えたものが、いわゆる「大陸四大国家」と呼ばれる。
「まぁ、一応うちは四大国家のひとつだからな。その三国以外だと、国にもよるが…王の正妃でようやく候補に入れるくらいだな」
「正妃であれば良いということですか?」
ならばどうして、候補を三国と言い切ったのだろうか。エステルはきょとんとする。しかし王の答えは、簡潔だった。
「それでも別に構わんが…まあ、正直にいえば、うちの国に旨みがないのが問題だな」
「う、うまみ」
「精霊王の巫女で、四大国の第一王女ときたら…まぁ、市場価値としては最高なわけだ。見目も良いから、できる限りいい国に嫁がせたい、というのが本音だな」
あんまりにもな本音に、エステルは言葉を失う。しかしここまではっきり言われると、逆に清々しいものがある。
「それにお前は今では珍しい純人間だ。…獣人の王家からすれば、喉から手が出るほど欲しいだろうな」
ーそう。この大陸に住むのは、人間だけではない。
というよりむしろ、純粋な人間というのは少数派で、獣の姿と人の姿…ふたつの姿を持つ獣人と呼ばれる種族が、大陸の大多数を占めている。
そして彼らの多くは特殊な力を持つことで知られている。有名なところでいえば、西の王国ウエスティアの鳥翼属はその翼で空を飛ぶことができるし、南のサウスファリアの猫属は、並外れた膂力を持つ。そして北のノーザンゴールの竜族は、なんと千年に近い寿命を誇る。このような特殊な力や長い寿命を持つ獣人が大陸において力を持つのは極めて自然なことであると言えた。
けれどその力の代償か、彼らは異なる種の獣人との間に、子をなすことが出来ず、基本的に同じ種族の中でのみ婚姻を繰り返す。しかし理由ははっきりとしないが、なんと人間は、どの種族とであろうとも子をなせる。そして人間と獣人の間に生まれた子は、獣人としての力を持つ一方で、純粋な人間には劣るが、ほかの種族との子をなす可能性が非常に高いことでも知られるのだ。そのため、純粋な人間というのは、異種族国家間の政略結婚には重要な存在であると言えた。
「よほどの事情があれば別だが、下手に小国にやるには惜しい。せいぜい売り惜しみしていけ」
「売り惜し…は、はぁ、わかりました」
ニヤリと薄い唇を吊り上げる様は、整いすぎた顔と相まって、まさに悪役そのものだ。
「…ん?でもここまで候補が絞られているなら、私がわざわざ旅に出る必要はあるんですか?」
エステルの疑問は、王族としては当然のものであった。基本的に政略結婚が常となる王侯貴族は、絵姿の交換を見合いとし、本人同士が顔を合わせるのは結婚が決まったその後だ。挙式直前に顔を合わせることも少なくないという。それで言えば今回だって、その三国に見合い話を送れば事足りるはずだ。しかし王はあえてエステルに「婚活旅行に行け」と言った。これはどういう事なのか。
「ああ…異種族間での婚姻は、人間のそれとは少し違っていてな。人間同士ならば多少の相性の差はあれど、子を成すのに不自由はせんだろう?だが、獣人は違う」
「と、言いますと…?」
「獣人は番との相性に何より重きを置く。合わない相手とは子を成すことはおろか、夫婦関係すら成立せんことが多いと聞く」
これは人間にも言えることだが、恋愛というのは本能に依拠するところがある。よく聞く例でいえば、体臭だ。年頃の娘が父親の匂いを嫌がるのは、遺伝子が近すぎるために、本能が拒否反応を示すからだ。
そして獣人はこの傾向が非常に顕著なのである。子を成すにあたり不適応とされる相手とは、友人関係ならともかく、偽りであろうとも夫婦関係など成立し得ない。
「まぁ、人間相手であれば拒否反応は少ないと聞くが…ゼロとは言えんからな。嫁いだはいいが相性が合わんともなれば、お前の末路は『出戻り三十路小姑』にランクアップだ。さすがに取り返しがつかん」
「…そのために、まずは会え、と?」
「そういうわけだ」
「なるほど、わかりました。それではその三国を優先して巡るとしましょう。…いえ、それではあからさますぎますかね。別の国にも適度に立ち寄らなければ…」
地図を眺めながら何の気なしに呟いた娘に、王は驚きでくっと目を見開いた。
「…俺は、三国を候補にしろと言ったが?」
「でも、その国しか回らなければ、私の目的が婚活旅行であることが露骨にバレてしまいますよね?」
無言で続きを促せば、困ったように娘は言葉を繋げる。
「ええと…私が三大国のいずれかに嫁げば、うちと同盟関係になるわけで…ともなれば、大陸の勢力図にも影響を与えますよね?それに私の身分なら間違いなく后妃の座は確実です。后妃を目指す他の国からすれば、目障りなことこの上ない。…だからお父様も、あえて巡礼の旅を装うようにおっしゃったのでは?」
当然のように口にした娘に、王は言葉を失った。王女とはいえ、年頃の娘だ。恋愛結婚に憧れないわけではないだろうに、これほどすんなりと役割を理解し、適応するとは…良い方向に予想外だ。頭の回転が速いのも好ましい。王は満足げに口元を緩ませる。
「なるほどな…取り柄は見た目だけかと思えば、そうでもないらしい」
「お父様、聞こえてます。そしてとても失礼です」
「まぁ、お前の言う通りだ。巡礼の旅なら怪しまれずに三国を巡ることも出来る。…巫女が巡礼に出るのは珍しくないしな」
娘の抗議をさらりと流して、王は笑う。
「だがまぁ、お前の身分を知った上で立ち寄る国を見ていれば、見合いだと勘繰るものは多いだろう」
そしてなまじ国の規模が大きいだけに、与える影響、そして邪魔をしたい者は多いだろう。となれば、
「身分は隠した方が無難だな。貴族の娘が巡礼の旅に出た…と装う方がいいだろう。護衛には腕の立つ者をつけよう」
大まかな行程も決まり、護衛の問題も解決した。満足げな父は、ふと外を見た。つられて見れば、空は夕闇に星を散らばせはじめている。随分と時間が経っていたようだ。
「今日はもう遅い。神殿に帰らず、王宮に泊まっていくといい」
「ありがとうございます」
夕食の支度ができたら使いをやる、と告げられたエステルは、再度礼を述べて部屋を後にした。




