嫁き遅れ巫女姫の婚活旅行
城の最奥に位置する、王の私室。その扉の前には、一人の少女が立っている。
珍しい銀の髪に、ゆったりとした白のドレスをまとったその少女の名は、エステル・フォン・イスタニア。正真正銘このイスタニア王国の王女であり、年の離れた兄に次いで、第二位の王位継承権を持つ。
しかし彼女の表情は、父王の部屋を前にした娘としては、いささか不自然なほどに緊張でこわばっていた。しかしそれも無理はない。彼女は王族でありながら、国王とは数える程しか会ったことなどないのだからーー
大陸の東に位置する、イスタニア王国。大陸の中でも特に精霊信仰の厚いその国には、≪精霊王の巫女≫と呼ばれる役職がある。
≪精霊王の巫女≫とは、この世のすべてを司る精霊王に仕え、その神託を受ける者のこと。政治的な権力は一切持たないものの、精霊王のいとし子として国中から愛と尊敬を一身に受ける。およそ10年ほどで代替わりをし、5歳から15歳までの少女の中から、先代巫女の託宣によって指名され、その指名に貴賤の差はなく、ただ純粋に精霊王の寵愛を受けた者だけがその地位に就くことを許される、まさに名誉ある職だ。
そして13年前、3歳という異例の幼さで託宣を受けたのが、王国の第一王女でもあるエステル・フォン・イスタニアであった。
しかし王女であろうともしきたりには逆らえない。慣例に従い、王宮から遠く離れた神殿で育てられたエステルが父王と会うのは年に数回の儀式でのみ。つまりは他人に等しい距離感なのだ。
そんな父王からの急な呼び出しに、エステルの胃はキリキリと悲鳴を上げていた。
(一体なんの用事なんだろう…まずあの人、顔が怖いんだよなぁ…)
あまりしっかりと見たことはないが、儀式のたびに怖そうだなと感じた記憶はある。そんな失礼なことを考えながら、エステルはぐっとこぶしを握り締めた。緊張はするが、仮にも父親である。なによりいつまでもここに立っていても埒が明かない。覚悟を決め、扉をたたく。
「失礼、します」
見た目よりも滑らかに動いた扉の先は、王の居室としてはこじんまりとした、けれど品の良い部屋であった。季節柄暖炉には植物が飾られ、その横には座り心地の良さそうなソファがいくつか置いてある。そのうちの一つに、父は座っていた。
「…ようやく来たか。適当に座れ」
読んでいた本から顔を上げもせず言った父に従い、エステルは少し離れたソファにちょこんと腰を下ろした。何か月かぶりに合った父は、久々の娘よりも本のほうに興味があるらしく、一向に顔を上げる様子はない。最初の数分は緊張に身を固くしていたエステルだったが、しばらくするうちに緊張は解け、父の顔をまじまじと観察するくらいには余裕が出てきた。
(確かそろそろ40歳…だっけ)
金色の髪は肩口で緩く束ねられ、伏せられた目元には長いまつげが影を落とす。身内のひいき目を抜きにしても、齢を感じさせないほどに美しく、むしろ年を重ねたからこその色香が匂い立たんばかりである。
王が本に集中しているのをいいことに遠慮なく観察していたエステルの気がすむのとほぼ同じに、王は本を読み終え、顔を上げた。何気なく頬杖を突く仕草からもにじみ出る王者としての威厳に、無意識のうちにエステルの背筋が伸びる。
「お前は、今後どうするつもりだ」
「…今後、ですか?」
唐突な問いに目を丸くする。そんなエステルを変わらずけだるげな瞳で見すえる父王は、これまた淡々と言葉を重ねる。
「お前ももう17だ。自分の今後の人生の予定くらい考えたことはあるだろう」
「わたくしは精霊王の巫女ですから…次の巫女の託宣が出次第、お役目を返上することになるでしょう。そしてその後は王女として、しかるべき殿方のもとへ嫁ぐものと、教わっておりますが…?」
首を傾げながらのエステルの答えは、通常ならば「正解」であった。
エステルが巫女に選ばれたのは今から13年前のこと。国王夫妻の息女が精霊王に選ばれたとあって、国民の喜びようは大層なもので、歴代巫女の中で最も長い任期も、精霊王の寵愛の証であろうと、国の誰もがその吉兆を言祝いでいた。
しかし彼女の任期の長さに対し懸念を感じている者もまた、少なからず存在した。エステル姫は今年で17歳。貴族の娘としては、婚姻適齢期をとうに過ぎてしまっていたのだ。
――この先いつまで巫女の地位にいるかは定かではないが、このままでは、下手をすれば王族の娘が一生独身、ということもあり得てしまうのではないか――
そのような噂がそこかしこで囁かれていたが、エステル本人はそこまで悲観的にはなっていなかった。自分はまだ17。婚約者のいない貴族も少なくはあるがゼロではない。おまけに自分はこの国の王女だ。こう言っては何だが、婿入り先としてはこれ以上ないほどの優良物件だろう。…そう考えたのだ。
「次の巫女の託宣がまだ、というのは問題ですが、早期退任も例がないわけではありませんし」
父王も「そうだろうな」と頷いたが、その言葉には続きがあった。
「お前と結婚したいと思う男がいれば、そうだったろうな」
「…えっ?」
どういう意味だ。まさか皮肉か?一瞬にして顔色をなくしたエステルに、王は追い打ちをかけた。
「早期退任を見据え、先月からお前の婚約者候補を絞らせていた。…が、お前への縁談の申し込みは一件もなかった」
―――と




