表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「身代わりに産んだ娘が、今日も『私』に甘えてくる」 ~概念代行:私が彼女の《母親:父親》になった日~  作者: かおもじ
『ひまわりの笑顔』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
85/87

激動の一ヶ月:七日目の朝

 七日目の朝。


 初夏の太陽は早々に窓から朝の訪れを告げ、差し込む光が部屋の中を照らし尽くした頃。


 階下からは、早苗が朝食の支度をする包丁の音が、微かに、けれど確かな日常のリズムとして響いてくる。


 私はグズり泣いたひかりの顔を拭き、汚れたガーゼハンカチを交換するために、一度部屋を出た。


 階段を降りてキッチンへ顔を出せば、エプロン姿の早苗がまな板に向かっているところだった。


「おはよう」


「あら、おはようハルさん。……ひかりちゃん、泣き止んだ?」


 トントンとリズミカルに野菜を刻む手を止め、早苗が少しだけ心配そうな目を向けてくる。


「ああ。寝付きが悪かったけどどうにかね。顔を拭くためのガーゼを交換しに来たのだが……どこにしまってあったかな」


「ガーゼなら洗面所の棚の二段目よ。昨日、洗濯して畳んでおいたから」


「分かった。ありがとう」


 短い言葉を交わし、私は汚れたガーゼを洗濯籠に入れると、洗面所で真新しい白い布を手に取った。



 そのまま、再び階段を上って部屋の前へと戻る。


 先ほどまで微かに聞こえていた赤ん坊のグズり声は、すっかりと止んでいた。泣き疲れて眠ってしまったのだろう。


 音を立てないようドアノブにそっと手をかけ、少しずつ扉を押し開き――その動きをピタリと止める。



 ほんの少しだけ開いたドアの隙間。そこから見えた光景に、私は息を呑んだ。


 布団の中で、いつの間にかすやすやと眠るひかり。


 その傍らに、この一週間ずっと部屋の隅で掛布にくるまっていたひまりが、膝立ちになって近づいていた。


 ……ひまりの表情は、こちらからは見えない。


 ただ、その華奢な背中は強張っており、迷いと恐れが痛いほどに伝わってくる。


 彼女は震える右手をそっと持ち上げ、布団からはみ出していたひかりの小さな手に、自分の人差し指を、ひどくゆっくりと近づけていく。


 触れるか、触れないかの距離。


 その時、寝ぼけたひかりの手が不意に動き――ひまりの指を、ぎゅっと握りしめた。


「っ……」


 ひまりの身体が、ビクリと大きく跳ねた。


 弾かれたように逃げ出そうとする本能。けれど、彼女は指を振り解くこともできず、中腰のまま石のように固まってしまった。


 ――戸惑いと、微かな怯え。


 どうしていいか分からず、ただ硬直するひまり。


 だが、その指先からは、小さな命の確かな『温かさ』が伝わっているはずだった。


 私に母性を奪われ、我が子を恐れる虚無の底にいる彼女。


 それでも、ただ物理的な接触として伝わってくる無垢な熱に、ほんの少しだけ、心の奥のひどく深い場所で、名付けようのない何かが微かに揺れたのだろうか。


 ――或いは、それは、私の願望だったのかもしれないが。


 ……やがて、ひかりが再び深い眠りに落ちていくと、その小さな手の力はふっと緩み、ひまりの指から自然と離れていった。


 拘束から解放されたひまりは、それでもすぐには動かなかった。

 彼女はただ黙って、今しがたまで赤ん坊の熱に包まれていた自分の指先を、ひどく静かに眺め続けていた。


 私はドアの隙間からその背中を見つめ、ガーゼハンカチを握り直して、もう一度静かに廊下へと足を引き返した。


 ――劇的な感情の雪解けなど、あるはずもない。


 だが、七日目の朝の柔らかな光の中で、ひまりは確かに、自分の指先に残った小さな熱の余韻をただ一人、確かめていた。


この度は、私の作品を読んで頂きありがとうございます!

・ブックマークへの追加

・画面下の「☆☆☆☆☆」からポイント評価を是非お願いします。

ポイントが付くことでランキングが上ります。すると作者のモチベがうなぎ上りになります。よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ