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「身代わりに産んだ娘が、今日も『私』に甘えてくる」 ~概念代行:私が彼女の《母親:父親》になった日~  作者: かおもじ
『ひまわりの笑顔』

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静寂のやさしさ

 九月も半ばを過ぎた、日曜日の午後。


 秋晴れに恵まれた昨日の体育祭から一転し、朝から降り続く雨が、季節を少しだけ前へと押し進めるように窓ガラスをひんやりと濡らしている。


 灰色の空に覆われたリビングには、しとしとという単調な雨音だけが心地よく響いていた。


 ソファの上では、ひまりが薄手のブランケットに包まり、規則正しい寝息を立てている。

 新学期が始まってからの疲れと、昨日の体育祭での激務が、この雨模様で一気に顔を出したのだろう。


 一方のひかりは、厚手のラグの上に寝転がり、クッションに顎を乗せながら文庫本に没頭している。

 昨日あれだけ泥だらけになってグラウンドを走り回っていた彼女も、今日はすっかり静かな休日モードだ。

 時折、彼女の指先がページをめくる小さな音が、静寂の中に溶けていく。


 私は一人掛けの椅子に深々と腰を下ろし、膝の上でひかりのカーディガンの綻びを縫い直していた。


 会話はない。テレビの音もない。

 ただ、同じ空間で、それぞれの時間を過ごしているだけ。


 だが、無言であっても、互いの気配がそこにあるだけで安心できる。


 干渉しすぎず、けれど決して離れてはいない。家族という目に見えない繋がりが織りなす、柔らかで満たされた無音がそこにあった。


 最後の玉結びを終え、小気味良い音と共に糸を切り落とす。

 私は足音を立てないように立ち上がり、静かにキッチンへと向かった。


 やかんを火にかけ、お湯を沸かす。

 少し肌寒い今日は、香ばしいほうじ茶がいいだろう。


 茶葉を急須に入れ、沸き立ての湯を注ぐ。

 ふわりと立ち上る湯気と共に、鼻腔をくすぐる温かな香りが広がった。


 湯呑みを三つ用意し、お盆に乗せてリビングへ戻る。


 ひかりの傍らにそっと湯呑みを置くと、彼女は本からゆっくりと視線を上げ、小さく微笑んで「ありがとう」と声を出さずに唇を動かした。

 私も同じように微笑み返し、彼女の頭を軽く撫でる。


 ひまりの分は、彼女が目を覚ました時にすぐ飲めるよう、ローテーブルの定位置へ。


 自らの席へと戻り、両手で湯呑みを包み込む。

 掌から伝わるじんわりとした熱が、雨の日の少し冷えた空気を和らげてくれる。


 窓の外では、まだしばらく雨が降り続きそうだ。

 けれど、構わない。この穏やかで満ち足りた静寂が、もう少しだけ長く続くということなのだから。


 私はゆっくりと温かいほうじ茶を口に含み、雨音が奏でる休日の調べに、静かに身を委ねた。



 ――そんな事を思いながら目を細めていた矢先。


 パタン、と。

 小さな音を立てて文庫本を閉じたひかりが、ラグから起き上がり、そっとこちらへ近づいてきた。


 彼女は私の足元にちょこんと座り込むと、そのまま甘えるように、私の膝へとコトンと頭を預けてくる。


「……どうしたんだい? もう本はいいのか?」


「んーん。……お母さんの匂いと、お茶のいい匂いがしたから。ちょっと休憩」


 ふふ、と小さな声で笑い、私は空いた片方の手で、膝にすり寄る愛娘の柔らかな髪をゆっくりと梳き始めた。


 ひかりは心地よさそうに目を閉じ、子猫のように静かな寝息を立て始める。

 掌から伝わるひかりの体温と、ほうじ茶の温もり。雨音と相まって、そのすべてが私の心臓の奥までじんわりと溶け込んでいくようだった。


 しばらくそうして、二人で静かな時間を共有していると、ソファの方から微かな衣擦れの音が聞こえた。


「……ん、ぁ……」


 小さく寝返りを打ち、ひまりがゆっくりとまぶたを持ち上げる。

 まだ少し寝ぼけ眼の彼女は、しばらくぼんやりと天井を見つめていたが、やがて視線をこちらへと巡らせた。


 私と、私の膝で心地よさそうに丸くなるひかり。


 その光景を視界に収めた瞬間、ひまりの瞳から微かな睡魔がスッと抜け落ちるのがわかった。


 まるで、この雨の日の薄暗がりの中で、何にも代えがたい宝物を見つけたかのように。


 瞬間、ひまりの口元は、にへら、と柔らかく緩んでいた。


 ひかりがよく見せるのとそっくりな、その源泉がどこにあるかを教えているかのような表情。……ひまり自身が口にすることは決してないが、そこには揺るぎのない血のつながりを感じさせる。


 表情を緩めたままの彼女は起き上がることもせず、ただブランケットを抱きしめながら、静かに私たちを見つめている。


 いつものように拝み倒すわけでもなく、ただ大切な時間を噛み締めるような、慈愛に満ちた眼差し。


 ふっと目が合った私に、ひまりは「そのまま、そのまま」と言うように小さく首を振り、再び愛おしそうに目を細めた。


 私は小さく苦笑しつつ、ローテーブルのほうじ茶へ視線を向けて「冷めないうちに飲みなさい」と目で促す。


 ひまりはこくりと頷きながらも、幸せそうな溜息をついて、ソファの特等席から動こうとはしなかった。


 雨はまだ、しとしとと降り続いている。


 膝に伝わる愛娘の温もりと、それを見守る大切な家族の穏やかな視線。


 灰色の空とは対照的に、私たちのリビングは、どこまでも暖かく優しい空気に満ちていた。


この度は、私の作品を読んで頂きありがとうございます!

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