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「身代わりに産んだ娘が、今日も『私』に甘えてくる」 ~概念代行:私が彼女の《母親:父親》になった日~  作者: かおもじ
『ひまわりの笑顔』

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刈り取られる命

収穫の秋ですね。

 雲一つない、抜けるような秋晴れの空。


 絶好の体育祭日和となった今日の早朝、ハルはキッチンに立ち、三段の重箱を前に静かに腕を振るっていた。


 毎日のお弁当作りもやり甲斐があるが、一年に一度の学校行事となれば、自然と気合いの入り方も違ってくるというものだ。

 秋の味覚をふんだんに混ぜ込んだ栗ご飯の飾り稲荷に、海老のあられ揚げ。出汁をたっぷりと含ませてふんわりと焼き上げた卵焼きに、飾り切りを施した色鮮やかな野菜の炊き合わせ。


 それらを隙間なく、彩り豊かに詰め込んでいく。

 最後に南天の葉を添え、重箱を並べて見下ろせば、まるで季節を切り取った宝石箱のような見事な仕上がりとなっていた。


「ふむ。……完璧だ」


 これならば、蓋を開けたひかりもきっと喜んでくれるだろう。


 そうして弁当の支度を終えたハルが、自らの身支度を整えようとした時のことだ。


 ジャージのジップを下ろし、中に着込んだお揃いのクラスTシャツを自慢げに見せながらリビングに降りてきたひかりが、ハルの用意していた落ち着いた装いの服を見るなり、ビシッと指を突きつけてきた。


「却下! お母さん、今日は『可愛い服』でって約束したよね!?」


「……しかし、私は一応、今年度のPTA会長という立場にある。あまりくだけた格好では、他の保護者の方々に示しがつかないのではないかと……」


「だーめ! PTA会長である前に、私のお母さんなんだから! 前はお母さんの格好良い所、今度は可愛いところを見せちゃうんだよ。……というわけで、今日はこれ着て!」


 そう言って押し付けられたのは、ざっくりと編まれた柔らかい白のニットカーディガンに、秋色のチェック柄のロングスカートだった。

 確かに季節感はあるし、可愛らしい装いではあるが、役員としての威厳があるかと言われれば首を傾げざるを得ない。


「だが……」


「だーめっ!!」


 いつぞやのように、ふんすっと鼻息を荒くして着替えを待つ娘。その圧力と期待に抗えず、ハルは観念したと言わんばかりに両手を上げた。


「……やれやれ。仕方がないね」


「ふっふっふ。 よろしい!」



 ◇ ◇ ◇


お昼前。

 ひかりの出番に合わせて家を出たハル。ずっしりと重い弁当の包みを提げ、グラウンドへと足を踏み入れた時には、すでに体育祭は中盤に差し掛かっていた。


 グラウンドでは熱気あふれる競技が繰り広げられており、トラックの周囲には大勢の保護者たちがレジャーシートを広げ、立ち見の列も出来ていた。


(さて、どこか空いている端の方で、静かに応援させてもらうとしよう)


 ハルがそう思い、人垣の後ろへ回ろうとした、その時だった。


「あっ……!! か、会長ォォーーッ!!」


 悲鳴のような声と共に、腕章をつけたPTA役員の数名が、血相を変えてこちらへと猛ダッシュしてきた。


「どうしたんだい? そんなに慌てて」


「も、申し訳ございません! お出迎えが遅れました!!」


「いや、今日は一介の保護者として娘の応援に来ただけだから、出迎えなど――」


「滅相もございませんッ!! 会長を立ち見の末席になど座らせた日には、我々がどのような叱責を受けるか! ささ、どうかこちらの御席へ!!」


「あ……」


 有無を言わさぬ勢いで役員たちに案内されたのは、本部テントのど真ん中。


 日差しを完全に遮るベストポジションに、何故か一つだけ、校長室からわざわざ運び出してきたような、黒革の豪奢な肘掛け椅子――もはや『玉座』と呼ぶべき特等席が用意されていた。


 その隣のテーブルには、冷たい麦茶に温かいほうじ茶、さらには淹れたてのコーヒーや紅茶が入ったポットまで、あらゆる嗜好に合わせた飲み物が完璧に揃えられている。


(……なるほど。PTA会長ともなると、やはり周囲に対して威を示さねばならないということか)


 ハルは心の内で静かに頷いた。

 組織の長として舐められては、無用な混乱を招く。だからこそ、役員たちは自らに箔を付けるべく、このような仰々しい席を用意してくれたのだろう。そう解釈したのだ。


「ふむ。見事な設えだ。大儀である」


 周囲の気遣いに応えるべく、ハルはあえて少し威厳を込めてそう告げ、玉座へと深く腰を下ろした。


「ははっ! ありがたきお言葉!!」


 役員たちは感極まったように深く一礼し、それぞれの配置へと散っていった。


 だが、そんなハルの思惑とは裏腹に、特等席に案内された彼女の存在は、周囲の生徒や他の保護者たちの目を否応なく惹きつけていた。


「……え、なにあの人。モデル? 女優?」

「いや、PTAの腕章つけてるぞ。保護者じゃないか?」

「嘘だろ!? あんな若くて可愛いお母さんがこの世に存在するのか……?」

「っていうか、役員連中がめちゃくちゃ平身低頭だったんだけど……何者!?」


 ざわめきが波紋のように広がっていくのを肌で感じながらも、ハルはただひたすらに、グラウンドへと視線を向けていた。


 やがて、アナウンスが響き渡る。

『次は、一年生によるクラス対抗リレーです。選手の皆さんは入場してください』


(……来たね)


 入場してきた生徒たちの中に、ひかりの姿を見つける。

 アンカーを任されているらしく、一番目立つゼッケンをつけていた。


 スタートのピストルが鳴り、バトンが次々と繋がれていく。

 そして、いよいよひかりにバトンが渡った。娘は目を見張るような速さでトラックを駆け抜け、見事に一位でゴールテープを切った。


「おお……っ」


 思わず小さく感嘆の声を漏らす。

 走り終え、息を弾ませているひかりが、ふとこちらを振り向いた。


 本部テントの特等席に座るハルを見つけると、彼女はパァァッと顔を輝かせ、周囲の目など一切気にすることなく、グラウンドの中心から大きく両手を振った。


「お母さーーーん!! 見たー!?」


 その無邪気な声に、全校生徒と保護者たちの視線が、一斉にハルへと集中する。


(ふふ。よく頑張ったね)


 娘の健闘を讃え、ハルはゆっくりと立ち上がる。そうして、滅多に見せない満面の笑みを浮かべながら、白のニットカーディガンの袖から手を覗かせ、柔らかく手を振り返した。


 ――瞬間。


「「「…………っっ!!?」」」


 空間が、ピタリと静止した。


 ざわめきも、歓声も、砂埃すらもが凍りついたかのような錯覚。


 次の瞬間、グラウンドのあちこちから、バタバタと人が崩れ落ちる音が響いた。


「っはぁ……! な、なに今の笑顔……!?」

「アレは聖母様……? いや、天使様……?」

「お母さん!? アレ、あの娘のお母さんなの!?」


 初めてハルの姿を見た生徒や保護者たちが、一様に顔を赤くして目を見開いている。

 そして、授業参観で彼女の『本気』に当てられていた一年生の男子生徒たちの間では、さらに深刻な事態が進行していた。


「おい、見たか……! 授業参観の時のカッコいいオーラもヤバかったけど、今日の可愛いバージョン、破壊力エグくないか……!?」


「あぁ……。ダメだ、もう何も考えられない……。俺、前回は『同級生のお母さんでも良い』とか抜かしてたけど……」


「俺もだ……。けど、違う。間違ってた……」


 彼らは膝から崩れ落ち、グラウンドの砂を握りしめながら、天を仰いで涙を流した。


「俺もう、『お母さん』じゃないとだめだ……!!」


 性癖の扉が完全にねじ切られ、未知の領域へと足を踏み入れてしまった男子生徒の悲痛な叫びが、秋の空に虚しく響き渡る。

 もはや学年を問わず、周囲の女子生徒すらもが顔を赤らめて胸を押さえている始末だった。


 そんな阿鼻叫喚の地獄絵図と化した生徒席の片隅で。

 ひかりの友人である結衣だけが、両手で頭を抱え、絶望に満ちた声を上げていた。


「だーかーらー!! アレはダメだって言ったじゃん!! ひかりのバカ!! なんでママさんにあんな格好させて来たのよ。しかも、あんな、満面の笑みまで……っ!」


「えへへ。私のお母さん、世界一可愛いでしょ!」


 周囲でバタバタと昇天していく同級生たちなど意に介さず、ひかりは一人、自慢げに胸を張ってドヤ顔をキメている。


 そんな娘の誇らしげな様子を遠目に見守りながら、ハルは再びゆっくりと黒革の豪奢な椅子(玉座)に腰を下ろした。


(やれやれ。生徒も保護者も、よほど白熱した勝負と応援で体力を使い果たしたのだろうね。一様にへたり込んでしまうとは……本当に、ここは団結力のある良い学校だね)


 ハルは全く見当違いの感心を抱きながら、手元にある重箱を優しく撫でた。


 さて。もうすぐお昼休みだ。


 ひかりから、由紀子さんは来られるが、結衣と静音のご両親は来られないと聞いている。二人も誘うように声を掛けているから、皆お腹を空かせてここへ来ることだろう。

 あの子たちのお腹も十分に満たせるよう、多めに作ってある。備えは万全だ。


「とはいえ、今日は和食がメインだからね。若い子達が喜んでくれると良いが……」


 ハルはそんなことを思いながら、ふと頬に手を添え、少しだけ物憂げな顔を作った。


 先程までの極上に甘やかな微笑みから一転。

 秋の風に吹かれながら伏し目がちに見せた、どこか儚げでアンニュイな表情の変化。


「「「…………っっ(ガクッ)」」」


 ――それが、かろうじて意識を保っていた瀕死の参加者たちに、容赦なくトドメを刺した。

 バタッ、バタバタッ、と。グラウンドのあちこちで、さらに人が倒れ伏していく音が響き渡る。


(ふむ……? なんだか急に皆、本格的に寝転がってしまったね。やはり余程疲れていたのだろうか)


 ハル本人は、自らの表情一つが周囲を壊滅させているなどとは一向に気がつかない。


 すっかり静かになったグラウンドの向こうから、お腹を空かせた愛娘が友人たちを連れて駆けてくるのを、今か今かと心待ちにするのだった。


この度は、私の作品を読んで頂きありがとうございます!

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