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「身代わりに産んだ娘が、今日も『私』に甘えてくる」 ~概念代行:私が彼女の《母親:父親》になった日~  作者: かおもじ
『ひまわりの笑顔』

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ささやかな昼食

 たっぷりと海を満喫した頃には、太陽はすっかり空高き位置へと昇っていた。


「あー、泳いだらすっごくお腹すいちゃった!」


 ひかりの元気な声に促されるように、三人は砂浜に並ぶ海の家の一つへと足を運んだ。

 よしず張りの屋根の下には、潮風とともにソースが焦げる暴力的なまでに食欲をそそる匂いが充満している。


「ハルさん、こちらへ! このプラスチックの椅子は、先ほど私が念入りに清めておきました!」


 海の家特有のチープなパイプ椅子をウェットティッシュで猛烈に磨き上げた後、ひまりが恭しく手で指し示す。


「ただ、拭いただけだろうに……。ありがとう」


 ハルは少しだけ苦笑し、促されるままに腰を下ろした。

 水着の上に薄手のパーカーを羽織り、つばの広い帽子を深めにかぶっただけのラフな格好だが、彼女が座るだけで、古びたプラスチックの椅子がまるで玉座のように見えてくるから不思議だ。


 やがて、テーブルの上には定番のメニューが並べられた。

 山盛りの焼きそば、タレが輝くイカ焼き、そして、氷水から引き上げられたばかりのキンキンに冷えたラムネ。


 使い古されたテーブルに、見慣れたメニュー。だが、彼女たちが席についてからというもの、その周囲だけが、まるでそこだけ別の空間を切り取ったかのような異質な空気に包まれていた。


 周囲のテーブルに座る客たちは、焼きそばをすする手も、ビールジョッキを傾ける手も止め、呆然とその光景に見入っている。

 ヒソヒソというざわめきが、波の音に混じって周囲から絶え間なく波及していた。


「なあ、あそこ……何かの番組の収録か?」


「いや、カメラとかスタッフいないぞ」


「でも、流石にあんなに美人なら芸能人か何かだろう……完全にお忍びのプライベートなんじゃないか?」


「だよなぁ……あの子たち、すげえ可愛いし」


 ひかりとひまりの無邪気な様子を見て、最初はそんな推測が飛び交っていた。

 だが、二人の向かいに静かに座る『彼女』――ハルが、ふうと小さく息を吐きながら被っていた帽子を取った瞬間、その評価は決定的に塗り替えられることになる。


 サラリと流れ落ちる美しい髪。あらわになったその絶世の美貌へと周囲の視線が向けられた途端、海の家の喧騒が、一瞬だけ完全に凪いだ。


「いや……アイドルとか、そういう次元じゃなくね……?」


 誰かがポツリと漏らしたその一言が、周囲の客たちの総意だった。


 透き通るような白磁の肌。海の家のチープな空間にいるはずなのに、彼女の周囲だけは高級ホテルのラウンジか、あるいは神聖な教会の祭壇のようにすら錯覚してしまう。


 誰もがその美しさに目を奪われながらも、誰一人として声を掛けることも、近づこうともしない。いや……『近づけない』のだ。


 しかし、そんな周囲の痛いほどの視線や勝手な神格化など、当の本人たちにとってはどこ吹く風だった。


「ん〜っ、美味しい! やっぱり海で遊んだ後の焼きそばは最高だね!」


「ええ、このチープなソースの味も、海というロケーションが極上のスパイスに昇華させていますね。……ハルさんもそう思われませんか?」


「……ああ、そうだね」


 ハルは静かに相槌を打ちながら、イカ焼きの串を口へと運ぶ。


「ご飯食べたら、次は浮き輪でぷかぷかしたいな! ひまりちゃんも一緒に浮こ?」


「お言葉ですがひかりちゃん、私はハルさんの御姿を日陰からお守りする重大な任務が……」


「……行っておいで。夏の海などまた暫く来られないよ」


 そう言いながら、いつの間にかテーブルに乗っていた二個目の焼きそばを平らげるハル。


「ハルさんがそう仰るなら……! では、食後は全力でぷかぷかしましょう!」


「うんっ!」


 わあわあと賑やかに言葉を交わす二人。


 やがて、ひとしきり話し終えてふとテーブルの上を見たひかりが、目を丸くして目の前の光景を指摘した。


「……あれ? なんかお母さん、今日はいっぱい食べるね」


 その言葉にひまりも視線を向けると、ハルの手元には、すでに空になったイカ焼きの皿と焼きそばの皿。そして現在進行形で、追加注文された大盛りのたこ焼きとフランクフルト、さらには山盛りのフライドポテトが並べられているのだ。

 人並み程度にしか食べない普段のハルにしては、明らかな異常事態である。


「ふむ……さっき活力を引き受けた影響かな。いつもより食欲が湧いているね」


 当のハルは、どこまでも澄んだ静かな声でそう分析しながら、手元のたこ焼きを口に運んだ。


 モグモグ、ハムハム、モキュモキュ。


 ……その静謐で近寄りがたいオーラとは裏腹に、彼女の口元からは、いつもの落ち着いた所作とは違う、小動物のように可愛らしい咀嚼音が絶え間なく鳴り響いていた。


 血気盛んな若者二人から強制的に引き受けた過剰な『活力』は、ハルの身体の中で純粋な『食欲』へと変換されているらしい。


「えっと、ハルさん、そんなに食べて大丈夫ですか……?」


「ああ……むしろまだ足りないね。適当に追加で注文して貰えるかい?」


「わ、わかりましたっ!」


 ハルに追加注文を頼まれたひまりは、慌てて店主に声を掛けに行く。そうして、ひまりが追加の料理を持ってくると……。


「ハルさん、焼きトウモロコシと醤油ラーメンが上がりました!」


「……ああ。そこへ置いておいてくれ」


 既に最初に追加したたこ焼きやフランクフルトはテーブル上から消え失せており、空の容器だけが積み重なっている。


 モグモグ。


「ふむ、どんどん頼む」


「続いてカレーライス大盛りと、焼き鳥の盛り合わせタレ塩五十本ずつです!」


「……助かる」


 ハムハム。


「ハルさん! ジャンボ牛串十本と、海鮮塩焼きそば特盛りもお持ちしました!」


「……うん。いい匂いだね」


 モキュモキュ。


「さらに、豚骨ラーメン追加と、アメリカンドッグ五本、特大おにぎり三つです!」


「……素晴らしい」


 モキュ。モキュモキュモキュ。


 静寂と深淵を体現したような絶世の美貌の持ち主が、両頬をうっすらと膨らませながら、リスのようにひたすら食べ物を口に運び続ける。

 そのスピードは落ちるどころか、メニューが運ばれてくるたびに加速していった。


 気がつけば、チープなプラスチックのテーブルの上には、大食い番組の収録でしか見かけないような、うずたかく積まれた空き皿と丼のタワーが形成されていた。

 それでもハルは涼しい顔で、汗一つかかず、お腹のラインすら一ミリも変えることなく、次なる獲物である特大かき氷の宇治金時ミルクへとスプーンを伸ばしている。


「ああっ……! 無限にモキュモキュされるハルさん……! なんという奇跡のギャップ萌え……ッ!」


「いや、いつもと違うお母さんは可愛いけど……それより、お母さんのお腹どうなっちゃってるの……? アレだけ食べてるのに、全く膨らんでもないよ……?」


 ひかりのツッコミに反応することなく、ひまりはついに限界を超え、両手で顔を覆いながら盛大に鼻血を噴き出した。


「もはや神の無限給餌……! あの神聖なる胃袋は宇宙に繋がっているのですね……ッ! ハルさん、次は冷やし中華とカツ丼といきましょうか!」


「……ああ。頼もうかな」


 モグモグと口を動かしながら、ハルは静かに頷く。


「あの超絶美人、めっちゃ食うやん……」


「……どこに入ってんだよ、あれ」


「海の家のメニュー、あそこのテーブルだけで食い尽くされるんじゃないか……?」


 周囲の客たちは、先ほどまでの畏怖を完全に忘れ、別の意味でハルから目を離せなくなっていた。


 近寄りがたい女神から、底なしの胃袋を持つ小動物への急転直下な変貌。皆の視線が釘付けになり、やがて一周回って再び得体の知れない『畏怖』へと戻りつつある。


 海の家の喧騒の中。


 うずたかく積まれた皿のタワーの向こう側で、畏怖と崇拝と生温かい視線を一身に集めながら、ハルのささやかな昼食(フードファイト)はまだまだ続くのだった。


この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

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