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「身代わりに産んだ娘が、今日も『私』に甘えてくる」 ~概念代行:私が彼女の《母親:父親》になった日~  作者: かおもじ
『ひまわりの笑顔』

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『背後』

 容赦のない真夏の日差しが、アスファルトをじりじりと焦がしている。


 照り返す熱気で視界が歪む中、スーパーでの買い物を終えたハルとひまりは、家路への道を並んで歩いていた。


「やっぱり夏は冷や麦に限りますねぇ。あ、でも素麺も捨てがたい……いやいや、いっそ精をつけるのに焼肉……!」


「どれだけ暑くても、食欲があるのは君の長所だね」


 レジ袋を提げたひまりが他愛のない夕飯の相談をし、ハルが淡々と返す。


 そんな穏やかな日常の道すがら。

 ひまりは、大通りの交差点の少し手前、ガードレールの陰に小さな影が座り込んでいるのを見つけた。


 五歳くらいの、小さな男の子だった。

 膝を抱えるようにして座り込み、退屈そうに足元の小石を蹴って遊んでいる。


「どうしたの? 迷子?」


 ひまりは数歩駆け寄り、男の子の目線に合わせて優しくしゃがみ込んだ。


「ううん。ママを待ってるの」


 男の子は顔を上げ、ハキハキとした声で答えた。

 受け答えもしっかりしており、見た目よりもどこか大人っぽい印象の子供だ。


「そっか。でも、こんなに暑い中で大丈夫? ママは近くにいるのかな?」


「うん。あっちに行ってるの。すぐに戻るから、ここで待っててって」


 男の子が小さな指で交差点の向こうを指差す。

 ひまりが「そっか、えらいね」と微笑みかけた、その時だった。


「もう! 勝手にウロウロしちゃダメって言ったでしょ!」


 交差点の向こうから、日傘をさした一人の女性が小走りで駆け寄ってきた。


「ママ!」


 無邪気に笑う男の子の手をしっかりと握り、女性はこちらに向かってペコリと頭を下げた。


「お姉さん、すみません。うちの子がご迷惑をおかけして」

「あ、いえ。無事にお母さんに会えてよかったです」


 ひまりが笑顔でそう返すと、女性も優しく微笑み返した。


「ほら、帰るわよ。パパがずっと待ってるから」

「うん!」


 親子はしっかりと手を繋ぎ、ひまりたちの前を通り過ぎて、交差点の横断歩道へと歩き出していく。


 「よかったですね」と安堵の息を吐き、ひまりはハルと共に背を向け、再び家路へと歩き出す。


 数歩進んでから一度チラリと振り返ると、横断歩道へと向かう途中で、こちらに手を振ってくる男の子と目が合った。ひまりも小さく手を振り返し、今度こそ真っ直ぐ前を向いて歩き出す。


 そしてつい先ほど、ひまりが一番最初に男の子を見つけ、言葉を交わしたガードレールの陰を通り過ぎた、その直後だった。


 キキィィイイ。ドンッ――。


 背後の交差点から、鼓膜を劈くような凄まじいブレーキ音と、何か重たいものが激突する、鈍く、生々しい衝突音が響き渡った。


「え……ッ!?」


 全身の血の気が引き、ひまりの足がピタリと止まる。

 先ほど手を振り返した時、周囲に他の人影は一切なかった。

 だからこそ、今、後ろの交差点には『あの親子しか』いなかったはずなのだ。


 パニックで呼吸が浅くなり、反射的に振り返ろうとした、その瞬間。

 ひまりの腕が、白く細い手によって強く引き留められた。


「ハル、さん……っ!? 今、後ろで……!」


 悲鳴のような声で振り返ろうとするひまりを、ハルは静かに、だが絶対的な力で制止した。


「振り返っちゃ、いけないよ」


 ハルの声は、夏の熱気を凍らせるほど静かで、どこまでも冷ややかだった。


「で、でも――」


『――お姉ちゃん』


 背後から、声が聞こえた。


 つい先ほど言葉を交わしたばかりの、あの無邪気な男の子の声。

 あんな凄惨な衝突音が響いたというのに、最初に話した時と、何一つ変わらない声だった。


(……よかった。無事だったんだ)


 反射的に安堵しかけたひまりの胸に、微かな違和感が這い上がってくる。


 ……おかしい。あの親子は、間違いなくひまりたちを追い越して、遠くの横断歩道へと歩いていったはずだ。


 なのにどうして、こんなに『すぐ近く』から声がするのか。


『ねえ、お姉ちゃん』


 二度目の呼びかけ。

 その瞬間、ひまりは気づいてしまった。


 違う。

 声は、後ろから聞こえているんじゃない。


 ――『下』だ。


 今まさに通り過ぎたばかりの、ガードレールの根元。

 一番最初に男の子が座っていた、ひまりのすぐ足元から、声がしている。


『ママ、知らない?』


 ひまりの全身から、一瞬にしてすべての血の気が引いた。


 つい先程まで、しっかりと手を繋いでいたはずの親子。


 その母親とはぐれた男の子は、今『どんな姿』で自分の足元に転がっているのか。


 ハルの白い手が、ガタガタと震え出したひまりの腕をさらに強く握りしめる。


「……帰るよ、ひまり」


 ハルはひまりの腕を掴んだまま、決して後ろを振り向くことなく、前へと歩き出した。


 容赦のない真夏の日差しが、音もなく辺りをじりじりと焦がし続けている。


 背後からの声はとうに止み、大通りには、行き交う車の走行音と喧騒だけが、いつもと変わらずに響いていた。


この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

本作をお読み頂いた上で少しでも面白い、続きが読みたいと思って頂けましたなら


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