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「身代わりに産んだ娘が、今日も『私』に甘えてくる」 ~概念代行:私が彼女の《母親:父親》になった日~  作者: かおもじ
『ひまわりの笑顔』

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日差しの中で

 容赦のない真夏の日差しが、庭の木々をじりじりと焦がしている。

 照り返す熱気は陽炎を作り出し、ただ立っているだけで体力を奪っていくような過酷な暑さだ。


 縁側の日陰でぐったりと涼んでいるひまりの目には、炎天下で黙々と草むしりをするハルの姿があまりにも異質に映っていた。


 その白い肌には、相変わらずただの一滴も汗が浮かんでいないのだ。

 ハルは深く根を張った雑草の根本を掴み、黙々と大地から引き抜いていく。


「ハルさんは凄いですよねぇ。意志の力だけで汗一つかかずに、この前なんて、あの『力』で熊も撃退して」


 冷えた麦茶の入ったグラスを片手に、ひまりが感嘆の声を漏らす。

 その言葉を受けたハルは、麦わら帽子の庇を少し上げ、眩しそうに太陽を見上げた。


「……私の力はそんな大層なものじゃないと、いつも言っているだろう」


 ハルは静かにそう返し、ふうと小さく息を吐いた。

 その口調は穏やかだったが、どこか深い自戒のようなものを孕んでいた。


「すっかり夏だね……」


 見上げた空の青さと、網膜を焼くような強烈な光。

 それは、彼女の脳裏に遥か遠い昔の記憶を静かに呼び起こす。


 ◇ ◇ ◇


 大地がひび割れ、全てが干からびていくような、酷い干ばつの時代。

 雨は一滴も降らず、川は涸れ、作物は砂のように崩れ落ちた。


 ハルがふらりと立ち寄ったその村は、既に死の静寂に包まれていた。

 飢えと渇きに苦しみ、土埃に塗れて事切れた無数の骸。

 その中で、たった一人だけ、まだ僅かに息をしている女がいた。


 ひび割れた唇から血を流し、虚ろな目でただ死を待つだけの命。

 女の傍らには、彼女が最期まで抱きしめていたであろう、幼い子供と夫の冷たくなった亡骸が転がっていた。

 ハルは静かに歩み寄り、土埃に塗れた女の手にそっと自分の手を重ねた。


「……少しばかり、引き受けようか」


 ハルが彼女から引き受けたのは、身を灼くような渇きと、死の苦痛。そして、絶望。


 身代わりとなって理不尽な苦痛をその身に吸い上げ、ハルは女の命を死の淵から引き戻した。


 その日から、ハルは女の傍に寄り添い続けた。

 死の村から女を連れ出し、僅かな水と食料を与え、付きっきりで看病をした。



 ハルの献身によって、女の体は日に日に生気を取り戻していった。ひび割れた肌は潤い、やがて自らの足でしっかりと大地を踏みしめられるようになるまで、ハルは彼女を見捨てることはなかった。


 だが――肉体が生きる力を取り戻すほどに、女の心は深く、冷たい絶望へと沈んでいった。


 死の苦痛から解放され、命を繋ぎ止めたという現実は。

 愛する夫も、我が子も失い、この広い世界にたった一人取り残されたという残酷な事実を、彼女に突きつけていたからだ。


 やがて女が完全に回復し、二人が別々の道を歩むことになったその日。

 女は、命の恩人であるはずのハルを強く睨みつけ、ぽつりと、掠れた声で言った。


「……何故、助けたのですか……」


 生気を取り戻したはずのその瞳から、とめどなく大粒の涙が零れ落ちる。


「あのまま……一緒に、皆と死にたかった……っ!」


 喉を掻き毟るような、悲痛な叫び。


 あの時、確かに引き受けた『絶望』。


 だが……一時の悲しみを引き受けた所で、何もかもを亡くしたという根底が覆ったわけではない。


 時が経てば経つほど、その身が生に近づけば近づくほど、彼女の中の『絶望』は、深く、大きくなるのだ。


 そうして、献身の果てに待っていたのは、尽きぬ絶望に打ちひしがれた女の、激しい怒りと悲しみだった。


 ハルは言い訳をしない。


 生かすことが必ずしも救いになるとは限らないことなど、痛いほど理解していたからだ。


 それでも、ハルは女から苦痛を引き受けた。その傲慢な行いがどんな結果を齎したとしても、受け入れる覚悟で。


「……すまないね」


 ハルは静かに、ただ一言だけそう告げて、女のぶつけるやり場のない呪詛を、黙って正面から受け止めた。


 ◇ ◇ ◇


「ハルさん?」


 縁側からのひまりの声に、ハルは静かに意識を現在へと戻す。

 手の中にある、青々とした雑草の感触。

 水分をたっぷりと含み、命の喜びに満ちたその根の重みに、ハルはそっと目を伏せる。


 あの時、絶望を残して生かされた女がその後どう生きたのか、ハルは知らない。


 だが、命とは残酷なまでに這ってでも土にしがみつき、生きていくものだ。


 この雑草が、深く大地に根を張ろうとするかのように。


「……少し、考え事をしていてね」


 ハルは引き抜いた草を足元のバケツに放り込むと、ゆっくりと立ち上がった。


「少し、休憩にしようか」


 ひまりに小さく微笑みかけると、ハルは手についた土を払い、縁側から涼しい家の中へと戻っていった。


 ハルがいなくなった庭先には、ふたたび深い静寂が落ちる。

 そこにはただ変わらずに、容赦のない真夏の日差しだけが、大地をじりじりと照らし続けていた。


この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

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