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「身代わりに産んだ娘が、今日も『私』に甘えてくる」 ~概念代行:私が彼女の《母親:父親》になった日~  作者: かおもじ
『ひまわりの笑顔』

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星降る夜に

 三者面談の喧騒から数日。

 蝉の声も止んだ穏やかな夜の居間で、食後の茶を楽しんでいた時のことだった。


「家族皆でキャンプでも行くかぁ! だってさ」


 スマートフォンの画面を見つめながら、ひまりがふふっと笑い声を零した。


「……キャンプ?」


 ハルは傾けていたティーカップを静かに置き、小首を傾げる。


「うん、ひかりちゃんが夏休みに入ったら皆で行きたいって、お父さんが」


 ひまりの言葉に、傍らでノートを広げていたひかりが、パァッと花が咲いたように顔を輝かせた。


「キャンプなんて久々だね! 行きたーい!」


「キャンプか……。たまには外で自然と触れ合うのも悪くないね」


 数千年の時を生きるハルにとって、自然とはかつて畏怖し、共に在った懐かしいものでもある。

 愛する家族と共に、星空の下で火を囲み、静かな夜を過ごす。……悪くない提案だ。


「じゃあ、お父さんには了承したと伝えておきます!」


 ひまりが楽しげにスマートフォンの画面をタップする。

 その横で、ひかりはえへんと自慢げに胸を張った。


「ふっふ~。宿泊研修の成果を見せちゃうよ!」


「それは楽しみだ。とはいえ、ひかりも部活があるし、おじいちゃんも仕事があるだろう。行くとしたら週末だね」


「はい。なので、早速日程調整してまいります! 行こう、ひかりちゃん!」


「は~い!」


 弾むような足取りで立ち上がった二人は、そのまま玄関へと向かっていく。

 実家は歩いて十秒の距離だ。メッセージで細かなやり取りをするよりも、直接顔を合わせて打ち合わせた方が早い。


 パタパタと足音が響き、やがて「行ってきまーす!」という元気な声と共に玄関の扉が閉まる。


 後に残された静かな居間で、ハルは二人の賑やかな足音がすぐ隣へと吸い込まれていくのを耳で追いながら、温かな紅茶をもう一口、ゆっくりと味わうのだった。


 ◇ ◇ ◇


 そうして迎えたキャンプ当日。


 抜けるような青空の下、誠の運転する少し大きめのワンボックスカーは、緑豊かなキャンプ地へと無事に到着した。


 木漏れ日が降り注ぐ区画に車を停めると、まずは拠点作りである。


「よし、まずはテント作りだな。任せておけ!」


 誠が意気揚々と率先してテントのポールを広げ始めたものの、久々のキャンプということもあり、次第にその手が止まった。


「アレ……? こうだったかな? こっちの部品がここに……いや、違うな」


「おじいちゃん、私も手伝うよ!」


 見かねたひかりが助太刀に入るも、しばらく格闘した後、二人して首を傾げることになった。


「んん? なんか違うね、おじいちゃん。この骨組み、どこに刺すの?」


「おかしいな。昔はもっと簡単に組み上がったはずなんだが……」


 二人してテントの残骸を前に腕を組んでいると、横からスッと手が伸びてきた。

 ハルである。


「少し、貸してくれるかい」


 ハルは迷いのない手つきでポールを繋ぎ合わせ、布地を素早く、かつ正確に張り上げていく。ほんの数分、ヒョイッという表現が似合うほどの滑らかな動作で、あっという間に立派なテントが完成してしまった。


「おぉ……さすがハルさん!」


 ひまりが感嘆の声を漏らし、パチパチと拍手を送る。

 すると、車のトランクからせっせと荷物を降ろしていた早苗から、穏やかな声が掛かった。


「ひまり~、感心してないで、こっちの荷物運びも手伝ってちょうだいね?」


「あ、はーい! 今いくね~」


 ひまりが慌てて車へ向かい、全員で手分けして荷物を運び出す。

 そうして、なんやかんやと少しのドタバタはあったものの、無事にキャンプの準備は完了した。


 涼やかな風が吹き抜ける頃。

 拠点では、早苗とハルが夕食の準備に取り掛かっていた。


「じゃあ、私たちはちょっと行ってくるね!」


「夕食のおかずを増やしてみせるから、期待しててね!」


「任せておけ! 今日の夕飯はバーベキューだが、そこに豪華な川魚の塩焼きも加えてみせるぞ!」


 ひまりとひかり、そして誠の三人は、釣り竿とバケツを手に意気揚々と川へと向かっていく。


「足元には気をつけるんだよ」


 ハルが静かに声を掛けると、三人は振り返って元気よく手を振った。


 木々の間へ消えていく賑やかな背中を見送りながら、ハルは隣で野菜を取り出す早苗と顔を見合わせ、ふっと柔らかく微笑むのだった。


 ◇ ◇ ◇


 それから、暫くの時が流れた。


 夕食の準備をあらかた終えても、川へ向かった三人が戻ってくる気配はない。


「少し、様子を見てこよう」


 ハルは早苗にそう伝えると、三人が向かった川岸へと足を運んだ。

 そこには、並んで釣り糸を垂らす三人の背中があった。


「釣果はどうだい?」


 静かに声を掛けて手元のバケツを覗き込むと、そこには三人合わせて、申し訳程度の小魚が三匹だけ泳いでいた。


「……やれやれ」


 ハルが小さく息を吐くと、ひかりとひまりが情けなさそうな顔で振り返った。


「お母さん、全然釣れないの……。お願い、お手本見せて!」


「ハルさん、私からもお願いします……」


「魚釣りにお手本などないと思うがね……」


 ハルはそう言いながらも、ひまりから釣り竿を受け取った。

 そして、静かに川面を見つめ、ひょいと糸を振り入れる。


 ――そこからは、まさに爆釣だった。


 ハルが糸を垂らすたびに、面白いように魚が食いつく。あっという間にバケツの中は、夕食には十分すぎるほどの立派な川魚で満たされていった。


 それを見て、一番自信満々だった誠はすっかり肩を落としてしまった。

 祖父として、父としての威厳を見せたかったのだろう。項垂れるその背中は、ひどく小さく見えた。


 ◇ ◇ ◇


 そうして、夕食の時間。

 拠点の中心で焚き火が爆ぜる音を聞きながら、網の上で豪快に焼けるバーベキューの肉や野菜と共に、ハルが釣り上げた魚の塩焼きに皆で舌鼓を打つ。


「はぁ……今日は良いとこなしだったな」


 誠は手元の串を見つめながら、ぽつりと寂しそうに零した。

 テント作りに手間取り、釣りでも見せ場を作れなかったことが、相当応えているようだ。


「そんな事はないさ。……こうして皆で火を囲む機会を作ってくれた。キャンプに誘ってくれた事を、感謝しているよ」


 ハルが静かに、だが確かな温もりを込めてそう伝えると、ひかりとひまりも笑顔で頷いた。


「うん! おじいちゃん、今日は連れてきてくれてありがとう!」


「お父さん、ありがとうね。とっても楽しいよ」


 家族からの労いと感謝の言葉に、誠は照れくさそうに頭を掻き、ようやくいつもの笑顔を取り戻した。


「そういえば……どうして急にキャンプだったの?」


 ふと、ひまりが不思議そうに小首を傾げて尋ねた。


「いや、なに。ひかりも高校生になって、前より忙しいだろう」


 誠はパチパチと爆ぜる焚き火の炎を見つめながら、少しだけ照れくさそうに、ぽつりと語り始めた。


「これが二年生、三年生となったらもっと忙しくなる。……もしかしたら、こうして皆揃ってキャンプなんて、今しか来れないんじゃないかと思ってな」


 その言葉に、ひかりとひまりは目を瞬かせ、やがて嬉しそうに破顔した。


「おじいちゃん……」


「もう、お父さんったら寂しがり屋なんだから。でも、ありがとう」


 家族の温かな笑い声が交わされる中、ハルは静かに火の粉の舞う様を見つめていた。


(高校生活。義務教育とは違う、自分の未来のために費やす三年間)


 これが終われば、自分の手元からひかりは巣立って行くかも知れない。

 三者面談では明確な進路は今のところ決まっていないと話していたが、遠くない未来、決断の時期は来る。


 娘の将来の幸福を祈り、応援する気持ち。

 でも、少しの寂しさ。


「……また、来年も来ようか」


 最後に、珍しくハルの口からそんな言葉が零れた。


「うん! 絶対に来ようね、お母さん!」


「ははは、そうだな! 来年こそは格好良いところを見せてやるからな!」


「ふふ、またおじいちゃんが空回りしなきゃいいけどねぇ」


 ひかりが無邪気に笑い、誠と早苗が楽しげに言葉を返す。

 賑やかな声が夜空に溶けていく中、ひまりだけが静かにハルへと視線を向けた。


 もう少しだけ、娘との愛おしい日々の記憶を残しておきたいという――ハルらしからぬ執着。


 その言葉の奥に隠された、不器用で深い愛情にただ一人気がついたひまりは、ハルの横顔を見つめ、そっと優しく微笑んだ。


「……そうですね。来年も、再来年も、みんなで来ましょう」


 パチパチと爆ぜる優しい火の音と家族の笑い声が、星降る夜の静寂にいつまでも響いていた。


この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

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