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「身代わりに産んだ娘が、今日も『私』に甘えてくる」 ~概念代行:私が彼女の《母親:父親》になった日~  作者: かおもじ
『ひまわりの笑顔』

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三者面談

 7月も半ば。グラウンドから蝉時雨が響く酷暑の午後。


 ひかりの担任は、三者面談の前から恐れ慄いていた。


 自身は所用があり当日のPTA総会には参加していなかったが、一年生の保護者が圧倒的な支持を受けPTA会長になるという異例の抜擢をされたと、人伝には聞いていた。


 だが、それが自分の受け持ちの生徒の保護者だとは知らなかったのだ。


 相手がPTA会長と言うだけでも話をするのに神経を使うというのに、今年の会長は、明らかに様子がおかしい。


 他の教諭が口を揃え、『拝謁するなど畏れ多い』と言い放ち、果ては教頭も校長も『あの方は女神である。くれぐれも失礼のないように』等と謎のプレッシャーを掛けてくるのだ。


 散々脅された挙句迎えた今日の三者面談、その心中は既に逃げ出したい気持ちで一杯であった。


 コンコン、と。

 控えめなノックの音が響き、教室の扉が開かれた。


(き、来た……!)


「失礼するよ」


 その扉の先に居るのは、常盤ハル。そして、その後ろに続くひかり。


 そのハルが一歩室内に踏み入れた瞬間、弱めの冷房が効いた温い教室の空気が、一瞬にして絶対零度に凍りついた。

 ハルは、PTA総会の時のように、学校という公的な場で決して失礼のないようにと、久々に『本気』で気合を入れて臨んでいたのだ。


 結果、解き放たれた超常の覇気と圧倒的な存在感に当てられ、担任は呼吸の仕方さえ忘れ、白目を剥きかけていた。


 だが、常人であれば立っていることすら困難なその重圧の中にあって、隣を歩くひかりは、どこか嬉しそうに目を輝かせていた。


(今日のお母さんも、気合入っててすごく格好良い……!)


 保護者としての本気を出した母の姿を、ただただ純粋に絶賛するひかり。

 とはいえ、あまり気合を入れ過ぎて、お母さんが気疲れしてもいけないだろう。そう思ったひかりは、ハルに一声かける。


「お母さん。気合入ってて格好良いんだけど、今日はただの三者面談だから。そこまで気合入れなくて大丈夫だよ?」


「おや、そうかい? 保護者としての威厳を示さねばと思ったのだが」


「うん。いつも通りのお母さんで十分だから、リラックスして」


 ひかりの宥めるような言葉に、ハルがふっと息を吐いて気を緩める。

 空間を支配していた凄まじい圧が抜け、担任はようやく酸素を吸い込み、ゲホゲホと咳き込みながら人としての機能を取り戻した。


「えっと、だ、大丈夫ですか、先生……?」


「あ、ああ……なんとか。どうぞ、お掛けください……」


 ようやく話ができる状態になり、向かいの席に座ったハルを、担任は改めて冷静に観察した。

 淡いブルーのサマーニットに身を包んだ、透き通るように涼やかで、美しすぎる女性。

 先程の覇気もさることながら、その容姿にも担任の脳内処理は追いついていなかった。


「え、ええと……常盤さんのお母様でらっしゃいますよね……? お姉さんの間違いとかではなく……?」


「? 私がひかりの母だが?」


 不思議そうに小首を傾げるハルに、担任は額の汗をハンカチで拭いながら身を乗り出す。


「あ、いや、そうですよね。でも、細胞分裂の回数というか、テロメアの長さというか……なんというか、私の視覚情報にエラーが生じているようで……。随分とお若く見えるのですが……」


 根っからの化学教師である担任は、目の前の生命体が放つ『時間経過の矛盾』に、理系特有の言い回しで混乱を露わにする。


「若くなどないよ。無駄に齢ばかり重ねているさ」


 数千年の時を生きるハルは、偽りない事実として静かにそう返した。

 しかし、その達観したような穏やかな微笑みは、かえって担任の混乱を深めるだけだった。


(いやいや、どう見ても十代後半か、どれだけ上に見積もっても二十代前半にしか見えないのに『無駄に齢ばかり』って……まさか、細胞の入れ替えや若返りが、遂に実用化のレベルにまで……!?)


 担任が頭を抱えそうになるのを、ひかりが「先生、面談! 成績の話!」と強引に本題へ引き戻す。


「あ、ああ、はい……! ええと、ひかりさんの今学期の成績ですが。大変優秀です。このまま維持できれば、志望校はどこでも行けるでしょう」


 化学教師としての探求心を無理やり封じ込め、どうにか担任教師としての顔を取り戻し、話を続ける。


「ですので、早めに目標を定めておきたいところなのですが……まずはひかりさん本人としては、将来どういう道に進みたいか、希望はあるかな?」


 担任がそう問いかけると、ひかりは少し考えるような素振りを見せた後、隣に座るハルをちらりと見つめ、照れくさそうにはにかんだ。


「まだ、具体的に『このお仕事!』っていうのはないんですけど……。でも、お母さんみたいに、困っている人を助けられるような事ができればいいなって思ってます」


「お、お母様のように……」


 それはひどく立派で、純粋な目標だった。

 しかし、進路指導を行う教師の立場からすれば、あまりに抽象的すぎて手元の進路希望調査票に書き込めるような内容ではない。


(人を助ける……医者か、あるいは福祉関係か? そもそも、あの常盤のお母さまは普段どのようなお仕事を……いや、深く突っ込むのはやめておこう。きっと知らない方が良い……)


 勝手な想像で身震いしつつ、担任は困り果て、助けを求めるようにハルへと視線を向けた。


「ええと、このように本人は少々漠然としているようなのですが……お母様は、ひかりさんの進路について、どうお考えですか?」


 問われたハルは、涼やかな瞳をひかりへと向け、静かに、そしてひどく優しく告げた。


「特にないよ。ひかりが望み、選んだ道なら、私は全力で肯定しよう」


「お母さん……っ!」


 社会的な体裁も、世間の評価も一切関係ない。ただ純粋に自分自身だけを見て、すべてを受け入れてくれる母の深い愛情。

 その絶対的な肯定の言葉に、ひかりは目を潤ませ、ハルと見つめ合う。

 そんな親子の間には、誰にも立ち入れない美しく感動的な空気が出来上がっていた。


「ありがとう、お母さん……! 私、お母さんの子供でよかった……!」


「ふふ。私もひかりのお母さんで、良かったと思っているよ……」


「…………あの、それで…………結局どういう進路が…………」


 完全に二人だけの世界に没入する親子の前で、担任は小さくつぶやく。


 しかし、その声が甘く感動的な空間に割って入れるはずもなく。


 外ではけたたましく蝉が鳴き、目の前では物理的なオーラすら見えそうな、神聖で不可侵な親子愛が繰り広げられ、手元の進路調査票は白紙のまま。


 ただただカオスな空間に取り残された担任。


(……誰か助けて……)


 そうして哀れな子羊は、そう心の中で呟きながら、そっと天を仰ぐことしかできないのだった。


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