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「身代わりに産んだ娘が、今日も『私』に甘えてくる」 ~概念代行:私が彼女の《母親:父親》になった日~  作者: かおもじ
『ひまわりの笑顔』

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ハルさんなりの衣替え

 初夏の心地よい風が、常盤家のリビングを静かに通り抜けていく。


 すっかり暖かくなった平日の午後。


 ひかりが学校へ向かい、ひまりも仕事へと出たことで、広い家の中には静寂が落ちていた。

 聞こえてくるのは、布が微かに擦れる規則正しい音だけだ。


 一人残ったハルは、リビングで静かに衣替えの作業を終えようとしていた。


 丁寧に修繕を終え、綺麗に畳まれた厚手のセーターや、少しほつれが目立つようになった冬用のコート。ハルはそれらを一つ一つ愛おしむように撫でた後、傍らに用意していた真新しい段ボール箱へと隙間なく納めていく。


 箱の蓋を閉じ、ガムテープで封をすると、ハルはそれを持って立ち上がった。


 向かったのは、隣にあるひまりの実家――誠と早苗の家だった。


「あら、ハルさん。いらっしゃい」


 玄関先に顔を出した早苗に、ハルは抱えた段ボールを軽く示しながら声をかける。


「突然すまないね。……衣替えをしたので、『いつもの所』まで、お願いしたいのだけれど」


「ああ、そうね。今は手も空いてるし、行きましょうか」


 慣れた様子で頷いた早苗は、すぐに車の鍵を手にして出てきた。


 助手席にハルを乗せ、段ボールを後部座席に積み込むと、車は静かに住宅街を走り出す。


 向かった先は、常盤家から車で数分ほど走った場所にある、日当たりの良い閑静な区画だった。


 そこに建っているのは、広々とした敷地に建てられた、瀟洒で立派な平屋建ての建物。一見すると、どこかの資産家の隠居所か、あるいは私設の美術館のようにも見える。


 早苗が門の前に車を停めると、ハルは慣れた手つきで鍵を開け、建物の扉を押し開いた。


 中に入ると、空調の効いた清浄な空気がふわりと頬を撫でる。


 ハルが静かに明かりを点けると、そこには白を基調とした美術館のような、生活の匂いが一切しない圧倒的なまでの『美の空間』が広がっていた。


 広大なフロアには、防虫・防湿管理が完璧に施された特注のガラスケースや、高級ブティックのようなハンガーラックが整然と並んでいる。


 そこに収められているのは、ひかりが0歳の時に着ていた小さな産着から始まり、幼稚園の制服、お遊戯会の衣装、小学校に上がるまでの私服の数々。


 それらが『春』『夏』『秋』『冬』と完璧なグラデーションをもって分けられ、ただの一着も欠けることなく並んでいる。


 ここは衣装部屋ではない。


 ハルがひかりの衣装を保管するという、ただ、そのためだけに土地を買い取り、巨費を投じて建てた、ひかりの衣服専用の『衣装家』だった。


「衣服は、ひかりの成長の記録そのものだからね。……全て、保管しなくては」


 静かに、さも世界の真理であるかのように、大真面目な顔で深く頷くハル。


 彼女にとって、ひかりの袖を通した服は単なる布切れではない。娘が確かにその時を生きたという、尊い歴史の証明なのだ。それを捨てたり、他人に譲ったりするなど、ハルの辞書には存在しなかった。


 空間が足りないのなら、建物を造ればいい。ハルの絶対的な愛情と行動力は、常人の尺度を容易く凌駕する。


 ハルは持参した段ボールを開け、今年の冬を越え、役目を終えた服たちを『冬』のエリアの最新のラックへと、儀式のように丁寧に収めていく。


「素晴らしいね……」


 すべての服が美しく調和した状態で並んでいる光景を見渡し、ハルは満足げに深く頷いた。


 その神々しいまでの佇まいと、空間の異常なスケール感を入り口から眺めながら、早苗は小さく息を吐く。


「……ハルさんも、かなりの親ばかよねぇ」


 娘であるひまりのひかりに対する溺愛ぶりも大概だが、スケールという点においては、もう一人の娘とも言えるハルは規格外だ。


 二人しかいない静かな衣装の館に響いた、早苗の呆れ半分の小さなツッコミ。


 だがハルはそれを気にする様子もなく、ずらりと並んだひかりの成長の軌跡を、ただ愛おしそうに見つめ続けていた。



 ――それから、約十分。



 ハルは微動だにせず、娘の成長の軌跡に完全に酔いしれ、無言で衣服の群れを鑑賞し続けていた。


 まるで名画の前から動けなくなった熱狂的な美術愛好家のようなその背中に、最初は静かに見守っていた早苗も、流石に呆れ果てて小さく手を叩く。


「……ハルさん。そろそろ帰るわよ。お夕飯の準備もしなくちゃいけないでしょう」


「…………もう、そんな時間かい?」


 早苗の言葉にようやく我に返ったハルは、珍しくひどく歯切れの悪い声で応えた。


「ええ。ほら、行くわよ」


「……ああ。……もう少しだけ、見ていたいのだがね……」


 あらゆる事をほぼ完璧にこなす、絶対的な存在であるハルが、後ろ髪を引かれるように何度も何度も振り返る。


 その名残惜しそうな背中を促しながら、早苗は「やれやれ」と小さく肩をすくめ、共に初夏の眩しい陽射しの中へと帰路につくのだった。


この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

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