あゝ無情
週末。よく晴れた休日の昼下がり。
ひかりは、誕生日にプレゼントされた淡い色合いの清楚な洋服に身を包み、腕にはハルから贈られた上品な腕時計をしっかりとつけていた。
「あああっ……! 今日のひかりちゃんも最高に、最上級に可愛いっ! ……でも、やっぱりこのスカート、少し丈が短すぎないかな!? 変な虫に刺されたり、すれ違う不届き者がジロジロ見たりしたら……っ! ほらひかりちゃん、車道側は危ないから私が歩くね。もっと壁側を!」
「えへへ、大袈裟だよ。でもありがとう。……ひまりちゃんと二人でお出掛けするの、久しぶりだね!」
目を血走らせて周囲を警戒し、文字通り盾になろうとするひまりの過保護ぶりに、ひかりは「ふふっ」と可笑しそうに微笑んだ。
ひまりにとって、自分の見立てた服を着て隣を歩いてくれるひかりの存在は、もはや歩く奇跡と同義であり、つい過剰に反応してしまうようだ。
「まずは映画だね! ひまりちゃん、チケット取ってくれてありがとう」
「ううん、全然! ……あ、館内少し冷えるかもしれないから、私のカーディガン羽織っておく? 乾燥対策ののど飴もあるけど、食べる?」
「大丈夫だよー。もう、ひまりちゃんはお母さんより心配性なんだから」
二人が観に来たのは、最近話題になっている家族向けの感動的な映画だ。
スクリーンを見つめながら、クライマックスの展開にぽろぽろと涙をこぼすひかり。その隣に座るひまりもまた、ひかりと全く同じタイミングで、全く同じようにぽろぽろと大粒の涙をこぼしていた。
確かな血の繋がりと、共に暮らしてきた年月がそうさせるのか。二人の根底にある感性は、紛れもなく似た者親子のそれだった。
映画館を出ると、泣きすぎて少し赤くなった互いの目元を見て、二人はふふっと照れくさそうに笑い合った。
「すっごく良い映画だったね」と興奮冷めやらぬひかりと感想を語り合いながら歩いていると、やがて美味しそうな匂いに誘われるように、二人は少しお洒落なカフェでお昼にすることになった。
美味しいパスタランチでゆったりとお腹を満たした後。
「ん〜っ! このパフェ、すっごく美味しい!」
季節のフルーツがふんだんに盛られた食後のパフェを頬張り、ひかりが目を輝かせる。
向かいの席に座るひまりは、そんな眩しすぎる笑顔に胸を打たれつつ、優しく微笑んだ。
「ふふっ、良かったね。でも急いで食べたらお腹冷やしちゃうから、ゆっくり食べてね。……あ、こぼれちゃうよ」
ひかりが山盛りのパフェにスプーンを差し込んだ拍子に、器の縁からソースがこぼれそうになる。ひまりは素早く自分のおしぼりを手に取ると、身を乗り出してサッと丁寧に拭き取ってやった。
「ひまりちゃん、ありがとうっ!」
そう言って、再びパフェを食べ進めようとするひかりだが……そのグラスを持つ自分の手首に光る、真新しい腕時計が視界に入る。
「……お母さん、こういうの選ぶの本当に上手だよね」
愛おしそうに文字盤を撫でるひかりを見て、ひまりの表情も、どこか誇らしげで、それでいて深く安らいだものへと変わる。
「うん、本当に。……ハルさんは、誰よりもひかりちゃんのこと分かってるから、一番似合うの見つけて来るもんね」
「うんっ。お母さん、大好き!」
実の親と子でありながら、その事実を知らない娘と、決して名乗るつもりのない母。
しかし、二人の間に流れる空気はひどく温かいものだった。……それは『ハル』という、絶対的な存在を、同じように共有しているからこそ成り立つ、この家族だけの特別な絆の形。
その後も、雑貨屋を巡ったり、洋服を見て回る二人。
ひかりが手に取った商品を逐一ひまりが「私が持つよ! 指が疲れちゃうから!」と強奪する過保護ぶりを発揮しつつ、二人は心ゆくまで休日のデートを満喫していた。
◇ ◇ ◇
そうして、太陽が少し傾き始めた頃。
楽しく過ごした一日の締めくくりとして、二人が最後にやってきたのは、近所にあるいつものスーパーマーケットだった。
「えーっと、お母さんに頼まれていたお夕飯の買い出しは……お肉と、チーズと……」
ひかりが、祖父母から貰った新しい長財布とメモ帳を嬉しそうに開きながら、ひまりと共に手際よく商品をカゴへ入れていく。
必要なものをすべて揃え、二人が吸い寄せられるように向かった先は――ハルが買い物に来ると何故かいつもいる、あの若いパートのお姉さんのレジだった。
「いらっしゃいませ。あら、ひかりちゃんにひまりさん。今日は二人でお買い物ですか?」
「はい! 今日はお母さんにお使いを頼まれたんです」
ハルと一緒に買い物に来る事も多い、常連とも言える二人。面識のあるお姉さんが声をかけると、ひかりが真新しい財布を両手で握りしめ、えへへ、と嬉しそうに笑う。
「ふふっ、えらいですね。今日はハルさんはお休みなのね」
ハルがいないことに少しだけ残念そうな色を滲ませつつも、そのハルに称賛された手際の良いバーコード捌きを見せながら、お姉さんは微笑ましそうに目元を和ませた。
やがて会計が終わり、お姉さんがお釣りとレシートを丁寧に手渡す。
「ありがとうございましたー」
「ありがとうございます」「また来ます!」
お姉さんの明るい声に揃って頭を下げ、二人はそのままレジを離れてサッカー台へと移動していった。
(……ハルさんはとんでもないオーラを纏った女神様みたいだけど、この二人も本当に美人で可愛らしいのよねぇ)
買ったものをエコバッグに詰める二人の後ろ姿を見守りながら、お姉さんは密かにそんなことを思う。
ハルほどの規格外なギャップはないにせよ、どこか似た雰囲気を持つ美しい二人が仲良く寄り添う姿は、見ているだけで心が浄化されるようだった。
まるで姉妹のような、親子のような、平和で温かい二人のやり取りに、レジのお姉さんは一人ほっこりと癒やされていた。
「ひかりちゃん、お財布落とさないように鞄にしまってね。エコバッグは重いから私が持つよ」
「もう高校生だもん、これくらい平気だよっ! それに、ひまりちゃん雑貨やお洋服の荷物も持ってるんだから、これくらいは私に任せて!」
サッカー台での袋詰めを終え、いつものように過保護気味なひまりに対し、ひかりはえへへと笑ってひょいと重い袋を受け取ってみせた。
そうして、二人はそのまま仲良く肩を並べて、自動ドアの向こうへと去っていく。
――しかし。
そんな和やかな光景を、少し離れた特売コーナーから食い入るように見つめている影があった。
近所に住む、いつもの仲良し主婦二人組である。
「ねえ、あの子……この前ハルさんとお買い物してた高校生の娘さんよね? あの、隣の女の人は……?」
すっかりハルウォッチャーと化した若い主婦が、カートを押しながら不思議そうに首を傾げていた。
「ああ、あれはひまりちゃんよ。ハルさんとは、親戚だか知り合いだかって話よ。私も何度か話したことあるわ」
常連でハルたちの顔見知りであるベテラン主婦が、ネギを品定めしながら慣れた様子で答える。
「へぇ……」
若い主婦は、店から出ていくひまりとひかりの後ろ姿を、じっと観察するように見つめた。
「……なんか、あの二人ソックリじゃない?」
「あら、そう?」
若い主婦の言葉に釣られる事もなく、ベテラン主婦は空返事を返す。
「ほら、髪色とか体型とか、雰囲気とか。……ハルさんとひかりちゃんが親子って言われるより、あのひまりさん? の方がまだ親子……っぽい、とも言えなくもない……かも? ……でも、ひまりさんもすごく若そうだし……、親子っていうよりは年の離れた姉妹って感じもするけど……」
ぶつぶつと考察を巡らせる若い主婦に、ベテラン主婦は思い出したように口を開いた。
「ああ、でもひまりちゃん、ああ見えてもう三十代前半よ。……そういえば、ハルさん程じゃないけど、あの子も全然見た目変わらないわね」
「……ええっ!?」
若い主婦の素頓狂な声が、特売コーナーに響いた。
「さ、三十代前半!? あの見た目で私より歳上!? いやいやおかしいでしょ、どう見ても二十代前半、下手したら大学生でも通じるわよ!? ハルさんといい、一体あの界隈はどうなってるの……っ、ああ、また世の理不尽さを感じる……」
常盤家のバグり散らかした年齢と外見のギャップに、またしても打ちひしがれ、がっくりと肩を落とする若い主婦。
ベテラン主婦は、そんな彼女の顔をじっと見つめ、ぽつりと呟いた。
「……確かに。やっぱり、無情ね」
「ちょっと! 今また私の顔見て言ったでしょ!?」
「はて? 気のせいじゃない?」
「とぼけないで! ああもう、美容液なんかじゃ到底追いつかないわ! 今日帰ったら絶対、駅前の美容外科のカウンセリング予約してやるんだから……っ!」
一段階上の決意を叫ぶ若い主婦を軽くあしらい、ベテラン主婦は可笑しそうに笑う。
そんな二人の主婦の賑やかなやり取りの先。
店を出たひかりとひまりは、「今夜のドリア、楽しみだね!」「うんっ!」と、世界で一番幸せそうな笑顔で笑い合っていた。
この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。
本作をお読み頂いた上で少しでも面白い、続きが読みたいと思って頂けましたなら
・ブックマークへの追加
・画面下の「☆☆☆☆☆」からポイント評価等をして応援して頂けますと作者の励みになります。
何卒宜しくお願い致します!




