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「身代わりに産んだ娘が、今日も『私』に甘えてくる」 ~概念代行:私が彼女の《母親:父親》になった日~  作者: かおもじ
『ひまわりの笑顔』

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祝福の嵐

 ひかりの誕生日を数日後に控えた、よく晴れた平日の午後。


 半休を取って帰宅したひまりと共に、ハルは駅前のショッピングモールを訪れていた。

 多くの買い物客が行き交う喧騒の中を、ハルとひまりは二人、並んで歩を進める。


「……ひまり。なぜ、腕を組んでいるんだい?」


「そこに、ハルさんの御腕があったからです……ッ! もう無意識に惹き寄せられてしまうというか、磁力のようなものを感じてしまいまして……ッ!」


「……君が良いなら構わないが。足元が危ないから、転ばないよう気をつけるんだよ」


「ああっ……! 私の足元まで案じてくださる慈愛の御心……! 大丈夫です、ハルさんと腕を組んでいる限り、たとえ地球の重力が反転しても私は決して転びませんッ!」


「その場合、私も逆さまになっていると思うが……」


 そんな何気ないやり取りに幸福を感じたひまりは、ハルの腕にギュッと自身の腕を絡ませる。


 愛しいひかりの誕生日プレゼントを、敬愛するハルと一緒に選ぶ。それはひまりにとって何にも代えがたい幸福であり、その足取りもこの上なく軽やかなものになっていく。


 ――そんな二人の後を、すれ違う人々の視線が、今日はやけに追ってくる。


(ねぇ、あの二人……)

(アレって、もしかしてそういう……!?)

(なんか、こっちまでドキドキしてきた……)


 人目を引くほどの美しい女性が、心底愛おしそうに、しっかりと腕を絡めながら熱を帯びた瞳で相手を見つめている。


 その視線の先では、人間離れした美貌の持ち主が、その熱い眼差しを素直に受け入れ、微笑み返す。


 女性同士でありながら、二人の間には他者が決して立ち入れないような、ひどく甘やかで完成された世界が出来上がっている……ように、周囲には見えていた。


 そうして、その後もすれ違う者たちが思わず振り返り、少し頬を染めてひそひそと囁き合う様を、ハルは静かに視界の端に収めていた。


(なんだか今日の視線は、いつもとは質が違う気もするが……)


「あ、ハルさん、あちらのお店も拝見してもよろしいでしょうかッ!?」


 周囲の微かな違和感に思考を巡らせかけていたハルだったが、隣から響いた弾むような声に意識を引き戻された。


 思わずひまりの顔を見つめるが、そのニコニコとした表情を見るに、周囲の目など全く気にしていないようだ。


「ん……ああ、そうだね」


 その満面の笑みに促され、ハルは小さく頷く。

 そうしてひまりは嬉しそうにハルの腕を引いて、可愛らしい雑貨や洋服が並ぶ店へと足を踏み入れた。


 色とりどりの品が並ぶ店内で、二人はひかりの顔を思い浮かべながら、真剣に商品を眺める。


「あの子には、こういう淡い色が似合うと思うんです。最近は大人っぽいものにも興味があるみたいですし」


「そうだね……。だが、あの子は少しばかり活発だ。こちらのデザインの方が、引っかかったりせず危なくないんじゃないかな」


「あああっ……なんというこまやかな視点……ッ! あの子の動きまで完全に見抜き、その未来の安全まで見据えた上での慈愛に満ちた最適解……! やはりハルさんは、全知全能の最高のお母さんです……ッ!」


 ハルが実用的なアドバイスを添えた瞬間、ひまりは両手を胸の前で強く組み、まるで神仏を拝むようなポーズで目を輝かせた。


「全知全能のお母さんなど、聞いたこともないが……?」


「いいえ、ここにいます! ハルさんのその、地母神すらも凌駕する深い愛情と洞察力、しかとこの魂に焼き付けました……っ!」


「……益々よく分からないが……とりあえず、ひかりのプレゼント選びに集中しなさい」


 ハルが静かにそう告げると、ひまりはハッと我に返ったように姿勢を正した。


「も、申し訳ありません……ッ! ハルさんの御姿が眩しすぎて、つい本来の目的を忘れるところでした! さあ、あの子が喜ぶ最高の贈り物を探しましょう!」


「ああ……そうしよう」


 ハルがそう言いながら微笑むのを見届けた後、ひまりは商品棚に真剣な眼差しを向ける。そうして、二人は愛娘が箱を開けて喜ぶ姿を同じように瞼の裏に思い浮かべながら、再び吟味し始めるのだった。



 ◇ ◇ ◇



 漸く買い物を済ませた後。


 ショッピングモールの喧騒から少し離れた、落ち着いた雰囲気のカフェ。


 窓際の席に向かい合って座り、ひまりは充実感に満ちた、深い幸福の息を吐き出した。


 テーブルの脇には、二人がそれぞれに吟味して選んだ、ひかりへの誕生日プレゼントが入った紙袋が二つ置かれている。


「いい買い物ができた……と言いたい所ですけど、あの子、喜んでくれますかね……?」


「……君が真剣に選んだものだ、あの娘が喜ばないはずがないよ」


 アイスティーのグラスを傾けながら、ハルが静かに微笑む。


「それは、ハルさんの完璧なアドバイスのおかげですよ。私一人だったらどうだったか……」


「そんなことはないさ。……君がどれだけあの娘を思っているかは、私が一番よく知っている」


 涼しい顔で、だが確かな温かさを滲ませて答えるハル。


「ハルさん……」


 その言葉に感銘を受けているひまりの前に、ハルはもう一つ、小さな包みを差し出した。


「えっ……? あの、ハルさん。これは……?」


「先ほどの店でね。君が少しだけ、気にしているようだったから」


 思いがけない言葉に、ひまりは目を丸くした。


 震える指先で小さな包みを開けると、中から現れたのは、淡い色合いの小ぶりなレースのハンカチだった。


 先ほどひかりのプレゼントを選んでいた際、ひまりがほんの一瞬だけ、無意識に視線を奪われていたものだ。


「あ……」


「君に似合うと思ってね。……たまには、こういうのもいいだろう」


 ハルが静かに告げた瞬間、ひまりの大きな瞳にじわりと涙が浮かび、ポロリと大粒の雫が頬を伝って落ちた。


「あんな、あんな些細な視線を察知して、私に贈り物を……。う、嬉しすぎて、胸の奥が……爆発しそうです……ッ!!」


「……全く。涙を拭わせるためにプレゼントしたわけではないのだがね」


「使えません……ッ! こんな、神の御心が詰まった聖遺物で涙など拭えません……ッ! 真空パックにして神棚に飾り、毎朝三時間拝みます……ッ! そして私が死ぬ時は、絶対にこれを顔にかけて棺桶に入ります……ッ!」


 両手でハンカチを大事そうに胸に抱き、涙を浮かべながら笑みを浮かべるひまりと、苦笑するハル。



 ……だが、そのあまりにも美しく、かつ湿度が高すぎる光景は、周囲の客――特に、偶然居合わせた先程の通行人達の目に、全く違った形で映っていた。


(ねぇ、ちょっと……さっきのカップルの人、泣いてるわよ!?)

(えっ、嘘、あんなにラブラブだったのに……別れ話かしら……!)

(いえ、良く見てよ。あの表情、すごく嬉しそうよ。それに、小さなプレゼントまで……!)

(……ってことは、もしかして……プロポーズ!?)

(え、でもあの二人、女の人同士よ……?)

(今はそういう時代なのよ! それに、あんなに美しくて尊いんだから、性別なんて些細な問題よ!)

(キャーッ! 素敵……!)


「ハルさん……っ! 私、本当に、本当に幸せです……っ!」


「……大げさだな、君は」


 周囲の勘違いなど露知らず、ひまりは涙ぐんだまま、満面の笑みでハルからの贈り物で胸を一杯にしていた。

 だが、その決定的なセリフと、絵画のように美しすぎる二人の構図が、ついに周囲の客たちのテンションを臨界点へと到達させた。


(キャーーーッ! やっぱりプロポーズよ!!)

(あの涙! 絶対そうよ、おめでとう……ッ!)

(なんて美しい二人なの……尊い……っ!)


 ひそひそと、だが確かな熱量を持って周囲から聞こえてくる的外れなヒソヒソ話。いや、もはや興奮のあまりヒソヒソ話の音量を完全に超えていた。


 そしてついに、謎の一体感に背中を押されたのか、感極まった隣の席の客が身を乗り出して声を掛けてきた。


「あのっ……! おめでとうございます!」

「お幸せに……っ!」


 パチパチパチ、と店内のあちこちから、どこからともなく温かい拍手まで巻き起こる始末である。


 突如として沸き起こった謎の祝福ムードに、ハルは一瞬だけ目をパチクリとさせた。

 だが、すぐにいつもの涼やかな表情に戻ると、静かに微笑み返して優雅に一礼した。


「ああ、ありがとう」


(見ず知らずの他人から突然祝福されるとは驚いたが……なるほど。娘の誕生日プレゼントを買いに来たという我々の会話が聞こえていて、気を利かせて祝ってくれたのだろう。親切な人たちだ)


 相も変わらず周囲からのポジティブな感情にはとことん鈍いハル。

 店内から響き続ける「おめでとう」の声を、ここには居ない愛しい娘への祝福だと信じて疑わないまま、只々、満足気に頷くのであった。



 ◇ ◇ ◇



「それにしても、本当に親切な人達でしたね!」


 カフェを後にし、夕飯の買い出しに向かう道すがら。

 大事そうにハンカチの包みを胸に抱いたひまりが、どこか嬉しそうにそう口にした。


「ああ。見ず知らずの他人の誕生日を、あんなに温かく祝福してくれるとは。……素晴らしい人達だ」


「はいっ! きっと皆さんも、ハルさんの慈愛に満ちたオーラに当てられて、自然と祝福の言葉が口をついて出たに違いありません……ッ!」


 ハルのその言葉に完全同意しつつも、ひまりはひまりでまた、ハルの素晴らしさが巻き起こした奇跡だと、見事に結論を不時着させていた。


 当然、二人の結論は、真実に微塵も掠っていない。


 ……こうして、すれ違いの拍手を浴びたポンコツ二人は、ただただ、温かな余韻だけを感じ、穏やかな午後の陽気の中を歩き続けるのだった。


この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

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