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「身代わりに産んだ娘が、今日も『私』に甘えてくる」 ~概念代行:私が彼女の《母親:父親》になった日~  作者: かおもじ


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プロローグファイナル:『命』

 そうして……暫し時は流れる。


 臨月を迎える頃になっても、未だひまりのお腹は大きく、一つの命を宿したままだった。


 理由は一つ。


 命を育む途中で、母胎の環境をすり替えるのはあまりにも危険すぎる。最悪の場合、小さな命を散らしてしまう危険性すらあったからだ。


 その待機の期間、ひまりの精神が常に平穏であったわけではない。

 日に日に大きくなる腹を見るたびに蘇る悍ましい記憶と、愛情の狭間で、心が完全に折れそうになる夜は幾度となく訪れた。


「ごめんなさい、ハルさん。ごめんなさい、ごめんなさい……」


 そう繰り返しながら謝り続ける彼女の震える背中に、そっと手を当てる。

 私の『身代わり』の力で、心を壊してしまいそうなほどの過剰なパニックだけを、少しずつ掬い取るように引き受ける。


 だが、絶望の根源が常に寄り添っている以上、濁流のように押し寄せる感情を消すことはできない。

 私にできたのは、彼女の心の中で一番大切な部分に、小さな防波堤を作って共に耐え忍ぶことだけ。

 それは、祈りにも似た日々の連続だった。


 そうして私たちは待ち続けた。

 ひまりが十月十日の絶望と葛藤に耐え抜き、いよいよ陣痛が始まる、その最後の瞬間まで。


 当然ながら、途中で母体が入れ替わる以上、病院へ行くことはできない。

 どうにか事情を察して口をつぐんでくれる産婆を探し出し、実家の一室で出産を迎える準備を整えた。


 現代において自宅出産はリスクが伴うが、私の力で出産前に母子に降りかかる異常や危機をすべて引き受け、リスクを限りなくゼロに近い状態にできたからこそ可能な選択だった。



 そして、運命の日。



「……あ、……っ、は、ハル、さん……っ」


 ひまりの顔から、一瞬で血の気が引いた。

 彼女の指が私の袖を強く掴み、その指先が白く震える。

 始まりを告げる痛みの波が、容赦なく彼女の細い身体を突き上げ始めていた。


 私は迷うことなく、彼女のすべてを受け止めるべくそっとその手を取り、静かに能力を行使した。


 元より『男』である私という器には、命を産み落とす構造など備わっていない。

 それを一から『女』へと作り変えるには、ただ物理的な事象を引き移すだけでは成り立たず、概念としての確固たる因子が必要だった。


 ゆえに私が『身代わり』として引き受けたのは、ひまりの奥底で膨れ上がる狂おしいほどの祈り――すなわち『母性』そのもの。


 我が子を想う、その巨大で強烈な感情の概念。

 それを核として内側に取り込むことで、私という器を『女性』の肉体へと強引に書き換えていく。


 骨が軋み、筋肉が、内臓が、細胞の一つひとつが組み変わる奇妙な熱感。

 『男』として悠久の時を過ごしてきた私の輪郭が、一つの命を産み落とすための形を得る。


 それは、痛みを引き受けるための下地。

 私という器が、新しい命を現世へと導くための「門」になるための儀式。


 そうして概念による肉体の変容が完了した、次の瞬間だった。


「――っ!?」


 喉の奥から、声にならない声が迸った。


 遅れて流れ込んできたのは、ひまりが味わうはずだった『出産』という事象そのもの。

 先ほどまでの変容の熱感など、微々たる刺激に思えるほどの、圧倒的な暴力。


 腰の骨が内側からハンマーで砕かれるような、肉が内側から引き裂かれるような激痛。

 あらゆる他者の傷や病を吸い上げてきた私ですら、未だかつて経験したことのない、命の軋みが脳を焼く。


 視界が白く明滅し、酸素が肺に届かない。

 己の身体が真っ二つに裂け、中から別の生命が無理やり道をこじ開けて出てこようとする、絶対的な圧力。

 これほどの途方もない痛みに、世の母親たちは耐えているというのか。


「ハルさん……っ、ハルさんっ……!」


 汗だくになり、酸素を求めて喘ぐ私の手を、ひまりが泣きながら強く握りしめていた。

 自分を責めるような、祈るようなその手の熱だけが、意識が飛びそうになる私を現世に繋ぎ止めている。


 痛い。苦しい。器が壊れてしまう。

 だが、それは決して『絶望の痛み』ではなかった。

 私を内側から引き裂こうとしているのは、ひまりが十月十日、文字通り身を削って守り抜いた希望そのものなのだから。


(――出て、おいで……っ)


 私は歯を食いしばり、薄れゆく意識の中で、持てる力のすべてを振り絞って下腹部へ力を込めた。

 命と命がぶつかり合うような、生々しい血と肉の軋み。


 そして――。


「オギャアァァァッ! オギャアァァァァッ!」


 やがて、血の匂いが立ち込める部屋に、鼓膜を震わせるほど高らかな産声が響き渡った。


 へその緒を切られ、湯浴みを終えたその小さな赤子を、震える腕で抱き上げた時。

 血と汗に塗れ、私という器を通してこの世界に産まれ落ちた新しい『ひかり』を見た時。


 何処か希薄で空っぽだった私の心に、確かな重みを持つ『熱』が、ドクンと脈打つように宿ったのを感じた。


 それは、能力を通してひまりから受け取ってしまった『母性』によるものなのかもしれない。


 あるいは、あの想像を絶する痛みを乗り越え、命を産み落としたことで、零れ落ちたと思っていた私自身の『感情』を、揺り起こしたのかもしれない。


 きっと答えは無いのだろう。


 ただ、目の前で、不器用に手足を動かすこの命が。


 どうしようもなく、愛おしくて、仕方がなかった。


この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

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