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「身代わりに産んだ娘が、今日も『私』に甘えてくる」 ~概念代行:私が彼女の《母親:父親》になった日~  作者: かおもじ
『新たなるひかり』

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新たなる犠牲者

 週末の午後。我が家のリビングは、いつになく賑やかな空気に包まれていた。


 定期テストが近いということで、ひかりが友人たちを家に招いての勉強会が開かれているのだ。

 集まったのは、ひかりを含めて四人。ひかりの中学からの友人であるみゆきに、先日初めて遊びに来た明るい性格の結衣と、大人しい静音である。


 ちなみに、ひまりは今回も不在だ。前回同様、生徒たちに説明するのは面倒だからと、隣にある自分の家へと避難している。


 私はキッチンに立ち、オーブンで焼き上げたばかりのクッキーを皿に移しながら、リビングの様子を静かに窺っていた。


「あーもう! なんでこの公式、こんなにややこしいの!? 全然頭に入んない!」


 テーブルに突っ伏してシャーペンを転がしているのは、みゆきだ。

 その隣では、結衣もまた「うちもこの長文読解でマジ心折れそう……」とげっそりとした顔をしている。

 どうやら、ひかりと静音が教える側に回り、結衣とみゆきが教わる側という構図らしい。


「結衣ちゃん、ここはね、前の段落のこの単語がヒントになってるんだよ。ほら、何となくこっちの文と繋がってる感じしない?」


「あ、ほんとだ。ひかり、マジ助かるー」


「えへへ、でしょー」


 ひかりが感覚的に結衣を導いている一方で、みゆきのノートに身を乗り出し、丁寧に図解を書き込み始めたのは静音だった。


「みゆきちゃん、そこはね、公式を丸暗記しようとするから難しく感じるんだよ。この図を見てごらん? ここの角度とここの角度が同じになるから、補助線を引くと……ほら、前にやった図形と同じ形になるでしょ?」


「あ……! ほんとだ、なんか見えた気がする!」


「うん。だから、焦らなくて大丈夫だよ。一つずつ順番に解いていけば、絶対にわかるから」


 感覚で教えるひかりとは違い、静音の教え方はとても理路整然としていた。

 相手のつまずいているポイントを的確に見抜き、決して急かすことなく、柔らかい声で正解へと誘導していく。大人しくて控えめな印象の少女だが、その知性と面倒見の良さはなかなかのものだ。


 私は小さく息を吐き、紅茶を淹れたティーセットとクッキーの皿をトレイに乗せて、リビングへと歩みを進めた。


「邪魔をするよ。少し休憩にしたらどうだい」


 私がトレイをテーブルに置くと、結衣とみゆきがパッと顔を輝かせる。


「出た、ママさんの手作りスイーツ! マジ神!」


「うわーっ、すっごくいい匂い! ありがとうございます!」


「ふふっ。糖分を補給して、少し脳を休めるといい」


 私はひかりの頭を軽く撫でてから、それぞれの手元にティーカップを配っていく。

 そして、最後に静音の前にカップを置き、ふと彼女の顔を見下ろした。


「先程から見ていたが、君はとても教え方が上手だね」


「ひゃ、ひゃいっ!」


 私が声をかけると、静音は弾かれたように背筋を伸ばし、両手で膝を強く握りしめた。

 先日学校で顔を合わせた時のように、彼女の顔はみるみるうちに赤く染まっていく。よほど緊張しやすい性質なのだろう。


 私は威圧感を与えないよう、少しだけ目線を下げて静かに微笑みかけた。


「相手がどこで迷っているかを理解し、それに寄り添うように道筋を立てて説明している。頭の中が綺麗に整理されている証拠だ。……立派なものだよ」


 私が素直な称賛を口にすると、静音はカッと目を見開いた。


「りっ、立派、だなんて……わ、私、そんな……っ!」


 静音の顔が、赤を通り越してゆでダコのように沸騰している。

 口をぱくぱくと開閉させ、視線は宙を泳ぎ、手元のクッキーに伸ばそうとした手がぷるぷると小刻みに震えていた。


「えっ、ちょっと静音!? 顔まっ赤だよ、大丈夫!?」


 みゆきが目を丸くして身を乗り出す。しかし、その隣で結衣は呆れたように、けれどどこか楽しげな様子でクッキーを齧った。


「あーあ。静音も完全に、ママさんに『陥落』しちゃったねー」


「陥落……?」


「え? どゆこと結衣?」


 私とみゆきが同時に首を傾げる。


「私は、城攻めなどした覚えはないのだが……」


 私がそう呟くと、結衣は吹き出し、お腹を抱えて笑い始めた。


「アハハハッ! ママさんマジウケる! そういう天然なところチョーカワイイ!」


 相変わらず結衣の言葉の真意はよくわからない。私はただ、彼女の教え方の正確さを褒めただけなのだが……。


 私は再び静音へと視線を戻した。

 彼女は両手で自分の頬を押さえ、うわ言のように「立派って言われた……私、褒められた……っ」と小さく呟き続けている。


「……顔が赤いね。少し根を詰めすぎたかな?」


 私が心配になり、ひんやりとした手のひらを静音の額にそっと当てようと手を伸ばした瞬間。


「ひゃうっ!?」


 静音は奇妙な悲鳴を上げ、そのまま「しゅーっ」と音を立てるようにしてテーブルに突っ伏すと、微動だにしなくなった。


「静音ちゃん!?」


「うわっ、静音がショートした!?」


 ひかりとみゆきが慌てて覗き込むが、静音は顔を伏せたまま「生きてて……よかった……」と微かな声を漏らすのみだった。

 よほど勉強の疲れが溜まっていたのだろう。無理はいけない。


「少し休んでまた頑張りなさい。時間は十分にあるからね」


 私は労いの言葉をかけ、彼女たちの邪魔にならないよう、静かにリビングを後にした。


この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

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