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「身代わりに産んだ娘が、今日も『私』に甘えてくる」 ~概念代行:私が彼女の《母親:父親》になった日~  作者: かおもじ
『新たなるひかり』

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本気の授業参観

 ひかりが高校生となって初めての授業参観の日。

 朝から、ひかりは妙にそわそわとしていた。


「お母さん、今日着ていく服決めた? お母さんの勝負服でお願いね!」


「……学校行事なのだから、悪目立ちしない落ち着いた装いにするつもりだが」


「だめ! 私のお母さんが世界一綺麗だって、みんなに見せつけたいんだから! ちゃんと本気出して来てね!」


 ふんす、と鼻息を荒くするひかり。どうやら、彼女にとってハルは『自慢の母親』であるらしい。

 その真っ直ぐな好意にハルは抗う事は出来ず、小さく溜息をつきながら頷いた。


「……仕方がないね。善処しよう」


 そうしてハルは、愛娘の期待に応えるべく、静かにクローゼットの扉を開ける。

 保護者としての品位を保ちつつも、自らの容姿を最も引き立てるであろう一着を、真剣に見定めるのだった。



 ◇ ◇ ◇



 そして、現在。

 ハルはひかりの通う高校の廊下を、静かに歩いていた。


 すれ違う生徒たちや、他の保護者たちの視線が、痛いほどに突き刺さってくる。

 ハルが一歩足を踏み出すたびに、モーゼの十戒のごとく人波が真っ二つに割れ、道が出来ていく。そして通り過ぎた後には、ざわめきと感嘆の吐息が波紋のように広がっていった。


「……あれ誰の保護者?」

「え、可愛い……」

「美人っていうか、もう人間やめてない?」

「神じゃん神、女神だろ」


 そんな喧騒が、廊下のあちこちからさざ波のように聞こえてくる。

 やがて、ひかりのいる一年生の教室へと辿り着いたハルは、後ろの扉の前でふと足を止め、小さく息を吐いた。


(……『本気』で、だったね)


 気合を入れ、ふっと意識を切り替える。その瞬間、ハルの纏う空気がさらに研ぎ澄まされたものへと一変した。それはいつも家で見せる『母親』としての顔とは違う、理外の存在が持ちうる、他者を制する圧倒的なオーラ。


 その気配を纏い、静かに扉を開け、中へと入る。

 ハルが壁際に立ったその瞬間――教室内の空気が、ピタリと凍りついた。


 完璧に仕立てられたスーツを身に纏う彼女は、ただでさえ人間離れした美貌に、今日は圧倒的なオーラまで漂わせていた。

 周囲の保護者たちは息を呑み、後ろの席の生徒たちは目を丸くして硬直している。教壇に立つ初老の数学教師までもが、チョークを持った手を止めて呆然とハルを見つめていた。


 教室内から一切の物音が消え去り、水を打ったような、痛いほどの静寂が空間を支配する。


(ふむ、小学校の時も中学校の時も感じたが、日本の教育というのは行き届いているようだ。皆沈黙を守り、教諭の発言に耳を傾けている)


 ハルは見当違いの感心を胸に抱きながら、深く頷いた。

 授業参観という場において、私語一つ発さずに真剣な空気を作り出す保護者と生徒たち。なんと素晴らしい学習環境ではないか。


 ハルが静かに視線を巡らせると、数学教師はハッとして我に返り、額に冷や汗を浮かべながら、少し上擦った声で慌てて授業を再開した。

 ピンと張り詰めたような緊張感の中、窓際から二列目、前から三番目の席で、ひかりが真剣な横顔でノートをとっている。


(……真面目にやっているようだね)


 張り詰めた静寂の中で、結衣が限界まで声を潜めながら隣の席のひかりに囁いた。


「……ねえ、ひかり。……ママさんの今日のオーラ、なんかヤバくない……? 後光が差してるっていうか、本人が光ってるっていうか……」


「でしょ? 今日はお母さんにビシッと決めて、本気で来てねって言ったからね!」


「あぁ、アレがママさんの本気なんだ……。多分、今後は本気出すのやめてもらったほうがイイと思うよ……」


「……? なんで……?」


 圧倒され、引き攣った笑いを浮かべる結衣からの言葉に、ひかりはキョトンとした顔で首を傾げる。


 真新しい高校の制服に身を包み、前を向いて授業を受けるひかりの姿を見つめるハル。その視線は娘の確かな成長を感じ取っていた。

 授業の内容に対するものか、時折小首を傾げる仕草をしているひかり。その様子がハルには微笑ましく感じられ、少しだけ眩しいものを見るような心地になって、ほんのわずかに口角を上げた。


「……ふふ」


 思わず、小さく笑みをこぼす。


 先程までの、他者を圧倒するような凛々しい『本気』の気配がふっと和らぎ、代わりに母親としての慈愛に満ちた、柔らかで極上の微笑みが花開く。

 冷たく張り詰めていた空気が一瞬にして蕩け、そのあまりの美しさとギャップに、男子生徒も女子生徒も、果ては周囲の保護者たちまでもが完全に心を射抜かれ、等しく陥落していた。


(俺、同級生のお母さんでも良い……! いや、むしろお母さんが良い……!!)

(尊い……なにあの笑顔、女の私でも普通に惚れるんだけど……っ)

(あんな奥さんが家にいたら、俺は毎日絶対定時で帰るわ……)

(同じ母親として勝てる気が一切しない……というか、もう拝みたい……)


 性癖を大きく歪められた男子生徒や、同性でありながら顔を赤くする女子生徒、そして謎の敗北感と多幸感に包まれる保護者たち。


 だが、当のハル本人は、教室内で静かに進行している集団魅了の惨状に気付くことはない。


 愛おしい娘の確かな成長と、この素晴らしい教育環境。

 高校生となったひかりの初めての授業参観を見届け、ハルは只々満足気に微笑み続けるのだった。


この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

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