我が家のお財布事情
ハルさんのお仕事が遂に明かされる……!
「と、言うわけで、我が家の財政事情についてだが……」
やぶからぼうに切り出した私に、ひかりがキョトンとした顔をする。
ショッピングモールでの買い物から数日。
夕食を終え、三人でリビングのソファに腰を下ろして、食後の茶を飲んでいた時のことだ。
「……ざ、財政事情? 急にどうしたの、お母さん。ていうか、改まって言われるとちょっと怖いんだけど……」
戸惑う彼女の隣で、ひまりは「ああ……」となにかを察したような顔になり、同情の入り混じった視線をひかりに向けている。
「いや、なに。先日買い物に行った際、君が家計を気にする素振りを見せていたからね。要らぬ不安を抱えさせたままにしておくのは、親としてどうかと思ったまでだ」
「ああ、あの時の……。う、うん。だって、お母さんいっつも特売品とかセール品を真剣に狙ってるし、私のお小遣いも……その、無理して出してくれてるのかなって」
「……ふむ」
私は小さく息を吐き、あらかじめテーブルの上に用意しておいた一冊の通帳を、すいとひかりの前に滑らせた。
「……これは?」
「現在の、我が家の当座の生活費を入れている口座だ。見てみなさい」
「え、でもお金の話なんて……。……い、いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……じゅうまん……ん? あれ?」
通帳の印字に視線を落としたひかりの目が、限界まで見開かれた。彼女の指先が、空中で何度も桁を数え直している。
「ひ、ひゃく、せん……おく……えっ!? お、お母さん、これ、桁がおかしくない!? 数字の暴力なんだけど!?」
「……驚くような事ではないよ。私は長い時を生きてきたからね。多少の蓄えはある」
キャパシティを超えたのか、口をパクパクと金魚のように開閉させているひかりの横で、私はふと昔の記憶を掘り起こし、ポツリと独り言をこぼす。
「……そういえば、いつぞや金山を持っていた戦国武将の窮地を気まぐれに救った時も、礼だと言って大量の金塊を押し付けられた事があったね……」
私のその独り言を聞き、ひまりが苦笑交じりに補足を入れる。
「それに、金塊だけじゃないんですよ。ハルさんが以前『ガラクタ』だと言って無造作に蔵に放り込んでいた壺や掛け軸、歴史的な国宝級のものばかりだったんです。……正直、その通帳に入っているのはごく一部で、すべての資産を合わせれば、通帳の額の何倍になるか……」
「な、何倍……っ!?」
ひかりは完全にフリーズしてしまった。
無理もない。つい数日前まで「うちってお金大丈夫かな」と心配していた女子高生に突きつけるには、いささか刺激が強すぎたかもしれない。
「……というわけだから。君が日々の生活や、進学費用などで遠慮をする必要は一切ない。安心したかい?」
「あ、安心っていうか、パニックっていうか……! ちょっと待って、お母さん! そんなにお金持ちなら、なんでいつもあんなに特売の豚バラ肉に命を懸けてるの!? 百円安く買うために、隣の市まで自転車走らせたこともあったよね!?」
ひかりの悲痛な叫びに、私は不思議なものを見る目を向けた。
「……何を言っているんだい。それとこれとは、まったく別の話だろう」
「べ、別!?」
「当然だ。資産がいくらあろうと、安く買えるものをあえて高く買う道理はない。それに、特売品のタイムセールで勝ち残ることは、主婦としての誇りであり、戦いだ。……金額の多寡で測れるような、浅いものではないよ」
私は胸を張り、揺るぎない信念をもってそう断言した。
「…………」
ひかりは通帳と私の顔を何度か往復させた後、やがて力なくソファに沈み込んだ。
「……そっか。お母さんが、ただの節約趣味の完璧主婦だってことだけは、よーく分かったよ……」
「……そうかい。理解してくれて何よりだ」
ひまりがひかりに同情でもするかのように、無言で首を横に振っている。何故だろうか。
そうして暫しの沈黙の後、ひかりがふと不思議そうな顔をして尋ねてきた。
「でも、お母さん、翻訳家の仕事とか、たまに骨董品修理とかもお仕事にしてるのはなんで? コレだけお金持ちなら、働く必要ないのに」
「……所詮人から与えられたものだからね。この家を準備する時に多少は使ったが、君を育てる為の資金は自分で稼ぐさ。それが『親』というものだろう」
私の言葉を聞いて、ひかりは一瞬目を丸くし……やがて、花がほころぶように嬉しそうに笑った。
「……えへへ。そっか。お母さん、かっこいい」
「ああ……流石はハルさんです! その崇高なまでの親としての矜持、そして揺るぎない信念……! 有り余る財力に決して驕ることのない、尊く美しい心の輝き! 私、改めて惚れ直してしまいました……っ!」
微笑むひかりの隣で、ひまりが両手を胸の前で組み、うっとりとした熱を帯びた瞳で私を見つめてくる。すっかりいつもの様子に戻ってしまったようだ。
「……ひまり。少し大袈裟だよ」
「いいえ、事実です! ああ、今日のハルさんも最高に素敵です……!」
ふんす、と鼻息を荒くして身を乗り出してくるひまりと、それを見てくすくすと笑うひかり。
二人の様子を眺めながら、私は静かに温かいお茶を一口飲んだ。
春の夜の、穏やかな時間。
どうやら、娘の不要な不安は無事に払拭できたらしい。私は親としての務めを一つ果たせたことに、深い満足感を覚えていた。
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