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「身代わりに産んだ娘が、今日も『私』に甘えてくる」 ~概念代行:私が彼女の《母親:父親》になった日~  作者: かおもじ
『新たなるひかり』

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うわさの真実

 宿泊研修の翌日。ひかりは代休でお休みだが、平日である以上ひまりはそうもいかない。


「うぅ……私だって、ひかりちゃんと一緒にゴロゴロしたいです……」


 玄関先で、通勤用のバッグを両手で握りしめながら、ひまりが恨めしそうに唇を尖らせている。


「……仕事なのだから仕方ないだろう。帰ってきたら、またゆっくり三人で過ごせばいい」


「……はい。一秒も残業せずに帰ってきますからね! あ、お土産のグラスは……次のひかりちゃんのお誕生日とか、とっておきの特別な日に使いましょうね!」


「……あぁ、そうだね」


 後ろ髪を引かれるようにして出勤していくひまりを見送り、私は静かに玄関の扉を閉めた。


 静かになった家のソファに私は腰を下ろし、そっと本の表紙を開く。いつもであれば諸々の家事をする時間だが、ひかりが眠っているのにバタバタとして起こすのも可哀想だと思い……結果、いつものルーティンとは違う流れになった。


 そうして、時計の針が九時を回った頃。

 トタトタ、と少し気怠げな足音が階段を下りてきた。


「……お母さん、おはよう……」


 リビングに顔を出したひかりは、まだ半分夢の中にいるような顔で目を擦っている。パジャマ姿のままふらふらと歩み寄ると、ソファで本を読んでいた私の隣にすとんと腰を下ろし、肩口にすがりつくように体重を預けてきた。


「……おはよう、ひかり」


「ん……。お母さんの匂い……。あれ? 私、昨日ソファで寝ちゃったよね……どうやってベッドに……?」


「……さあ。夢遊病のように、自分で歩いていったのかもしれないね」


 冗談めかして返すと、ひかりは「えぇー……」と不満げに唸りながら、さらに私の腕に頬を擦り寄せてきた。

 まぁ、種を明かせば……熟睡したひかりを私が抱えて布団に運んだだけの話だが。


 いつもは元気いっぱいのこの子も、今日ばかりは完全に甘えモードのようだ。私はただ小さく笑い、首元に回された細い腕を空いた片手でそっと撫でる。


 窓から差し込む春の陽射しが、二人を柔らかく包み込むのを感じながら、私たちは言葉少なにまったりとした時間を過ごす。


 しかし、その静寂を打ち破るように、ひかりのお腹から『ぐぅ〜』という音が聞こえてきた。


「……さて、少し遅めの朝食にしようか」


「うん、お腹ペコペコぉ。……あ、お母さん。後でお出掛けしない?」


「……お出掛け?」


「うん。平日に二人でお出かけするのって、なんだか特別でしょ? ひまりちゃんには悪いけど、二人でデートしよ」


 ふふっ、と悪戯っぽく笑う顔は、すっかりいつものひかりに戻っていた。


「……ああ、悪くないね」


 私は本にしおりを挟んでテーブルに置き、肩口に寄りかかる少し寝癖のついた頭を、愛おしさを込めて優しく撫でた。



 ◇ ◇ ◇



 お昼頃。

 少し足を伸ばしてやってきた大型ショッピングモールは、平日特有のゆったりとした空気が流れていた。

 休日のような家族連れの混雑はなく、広々とした通路を自分のペースで歩くことができる。私たちは食品売り場へ向かう前に、洋服屋や雑貨屋が並ぶエリアをのんびりと見て回った。


「あ、お母さん! この帽子、絶対似合うよ!」


「……そうかい? 少し可愛らしすぎないか」


「ううん、お母さんは何でも着こなせちゃうから大丈夫! ……ほら、やっぱり美人! 女優さんみたい!」


「……大袈裟だね」


 ひかりが私の頭にツバ広の麦わら帽子をちょこんと乗せ、満足げに笑う。ショーウィンドウに映る親子の姿を眺めながら、あれこれと言葉を交わす時間は、なんとも言えず心地が良かった。

 宛てのないウインドウショッピングを存分に楽しんだ後、私たちはモール内の広い食品売り場へとカートを押して歩いていた。


「……今夜はひまりの好物にしよう。何が良いと思う?」


 今朝、玄関先で通勤バッグを握りしめ、恨めしそうに私を見上げていたひまりの顔を思い出しながら尋ねる。


「うーん……ひまりちゃん、この前『グラタンが食べたい』って言ってた気がする! あと、平日の特売やってるから、お肉も買っちゃおうよ」


 ひかりはそう言うと、手際よくマカロニや鶏肉、玉ねぎをカゴに入れていく。


「お母さん、見て。このイチゴ、すっごく美味しそう! 食後のデザートにどうかな?」


 艶やかな赤い果実が詰まったパックを両手で持ち、目を輝かせるひかり。


「……そうだね。ひまりも喜ぶはずだ」


「やった! あ、でも予算大丈夫?」


「大丈夫だよ。……というか、特にお金に困っていると言ったことはないと思うが……?」


「確かに聞いたことは無いけど……お母さん、うちが貧乏だともお金持ちだとも言ったことないし、いつも特売品買ってるから……」


 ……言われてみれば、ひかりに我が家の経済状況を話した事は無かったかもしれない。ひかりももう高校生だ。彼女が不安に感じているのであれば、今度ちゃんと話をしてもいいのかもしれない。


 そんな事を考えながらも、私の手はテキパキと必要なものをカゴに入れていく。


 夕飯の食材に加え、ひかりの好きなお菓子などを選びながら、ゆったりと店内を回る。


 ふと。

 周囲から、やけに熱烈な視線が注がれていることに気が付いた。


(……ふむ。また随分と熱心に見られているな)


 休日のような混雑がない、平日昼間のショッピングモール。そこで娘と連携し、一切の無駄なく特売品を回収していく私たちの『極まった主婦スキル』に対する、周囲からの畏敬の念だろうか。

 私は心の中で深く納得し、主婦としての確かな誇りを胸に抱きながら、静かにひかりの歩幅へと寄り添った。


 そのまま買い物を手早く、かつ完璧に済ませた後。入り口付近のレストランコーナーに差し掛かった私は、ひかりに一声掛けてみる。


「ひかり。……お昼ご飯はどうしたい?」


「う〜ん、お家でお母さんのご飯も食べたいけど……朝ご飯が遅かったから、お昼のために八分で止めちゃったんだよね。……やっぱりお腹空いた! お母さん、あそこのオムライス食べたい!」


「……では、そこにしようか」


 私たちは買い物の荷物をカートに乗せたまま、落ち着いた雰囲気の洋食屋へと入った。

 ほどなくして運ばれてきたのは、ふんわりとした卵に濃厚なデミグラスソースがたっぷりとかかったオムライスだ。


「ん〜っ! 美味しい! 卵がふわっふわ!」


「……慌てて食べなくても、誰も取らないよ」


 スプーンを頬張り、幸せそうに目を細めるひかり。口元についたソースを紙ナプキンでそっと拭いながら、私は食後の紅茶に口をつける。


「だってお腹空いてたんだもん。……あ、お母さんの頼んだパスタも美味しそう。一口ちょうだい!」


「……はいはい。ほら、口を開けなさい」


「あーん。……ん! これも美味しい!」


 二人でシェアしながらランチをゆったりと楽しみ、お腹も心もすっかり満たされたところで、私たちは店を後にした。

 二つに分けたエコバッグを両手にぶら下げると、そのうちの一つをひかりが持ってくれた。



 帰り道。



「んーっ! オムライス美味しかったし、外も気持ちいいね!」


 ひかりは空いた方の手で私の腕に自分の腕を絡ませながら、嬉しそうに身を寄せた。


「……たまに違うお店も悪くないね」


「でしょう? お母さん一人だといっつも同じスーパーしか行かないから。気分転換に良いかなって」


 そんな娘の何気ない気遣いに、少しだけ胸の奥が温かくなる。この子はなかなかどうして、いつも私のことを考えてくれているのだ。


「……ああ、ありがとうひかり。良い気分転換になったよ」


「えへへ、良かった! お母さんが嬉しいと、私も嬉しい!」


 繋いだ腕から伝わってくる、確かな熱。

 ただのありふれた買い物や食事でさえ、隣で笑うこの子がいるだけで、見慣れた景色が色鮮やかな特別なものへと変わっていく。


「……さぁ、帰ってグラタンの準備を始めよう。ひまりが定時で帰ってくる前にね」


「うんっ!」


 澄み切った青空の下。

 私たちは寄り添うように歩幅を合わせ、穏やかな日常の続きへと歩いていった。



 ◇ ◇ ◇



 時は少し遡る。

 ハルたちが買い物をしていた大型ショッピングモールの、少し離れた日用品売り場にて。


「あ、ねえ見て。あれ、ハルさんよね」


 最近この街に越してきたばかりの若い主婦が、隣を歩く人物の袖をツンツンと引っ張った。

 すっかり仲良くなったご近所のベテラン主婦と、今日は二人で買い物に来ていたのだ。


 彼女の視線の先、食品売り場の方角には、見間違えようの無い長身で神々しいほどの美貌を持つハルが、カートを押して歩いている姿があった。

 そしてその隣には、楽しそうに笑いながら商品を選び、ハルの腕に親しげに寄り添う、高校生くらいの可愛らしい少女の姿が。


「あ、あれが噂の……! ほ、本当に、高校生くらいの娘さんと一緒に歩いてる……っ!」


 若い主婦は、信じられないものを見るような目で唖然と呟いた。

 以前スーパーで「あの人には高校生の娘がいる」と何度も聞かされたが、自らの眼で見るまでは、どうしても信じきれなかったのだ。


「だから、何度も言ったじゃないの……」


 ベテラン主婦は、未だに目を丸くしている若い主婦を見て、やれやれと呆れたように息を吐いた。


「いやいや、でも絶対おかしいって! どう見ても同級生か、せいぜい年子の姉妹にしか見えないじゃない! 高校生の娘さんがいるってことは、絶対に私より年上のはずなのに……どうして私より見た目あんなに若くて綺麗なのよ……。ああ、世の無常を感じる……前世でどんな徳を……」


 ベテラン主婦は、がっくりと肩を落とす若い主婦の顔をじっと見つめ、ぽつりと呟いた。


「……本当、無情ね」


「ちょっと、今私の顔見て言ったでしょ!?」


「まぁまぁ。……それにしても、ひかりちゃんもすっかり大きくなったわねぇ」


 抗議する若い主婦を軽くあしらい、ベテラン主婦は特売品を的確にカゴへ入れていくハルの無駄のない動きと、それを笑顔で手伝うひかりの姿を見つめながら目を細めた。


「……あんなに美人なのに行動は完全に主婦なのよねぇ。ひかりちゃんもお母さんを見習ってあんなに真剣に特売品を選んで……。本当、似た者親子で、微笑ましいわね!」


「良い感じに纏めようとしても、誤魔化されないから! さっき私の顔見て『無情』って言ったわよね!?」


「はて? 気のせいじゃない?」


「とぼけた顔してるつもりかもしれないけど、口角上がってるのバレてるから! ああもう、今日帰ったら絶対お高い美容液ポチってやるんだから……っ!」


 うららかな春の昼下がり。

 平和なショッピングモールの一角では、美しすぎる親子の姿を前に世の理不尽さを嘆く若い主婦の恨み節と、それを楽しげにいなすベテラン主婦の笑い声が、いつまでも響いていたのであった。


この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

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