日々への感謝
二日目のお昼。ホテルに隣接するキャンプ場の野外炊事場には、薪の燃える煙と、あちこちから上がる賑やかな歓声が入り混じっていた。
「ちょっと男子、火が強すぎるってば! お肉焦げちゃうよ!」
「しゃーないだろ、薪の調整って結構ムズいんだよ! おい結衣、早く切った野菜入れろって!」
「わかってるわよ! はい、お芋と人参と玉ねぎ! 焦げる前にひかり、お水お願い!」
「うん、バッチリ! みゆきちゃんと静音ちゃんも、お皿並べてくれてありがとう!」
煙に目を細め、みんなで顔を煤けさせながらも、私たちは声を掛け合って手を動かした。
お母さんのように完璧にはいかないけれど、みんなでワイワイと一つの鍋を囲み、具材を炒めて煮込んでいく時間は、それだけでなんだか特別なイベントのようだった。
班ごとに分かれて悪戦苦闘した飯盒炊爨とカレー作りも、ようやく終わりを迎え、私たちは木陰のテーブルを囲んでいた。
「お、美味い! マジで上手く出来てんじゃん!」
結衣ちゃんがスプーンを口に運んで、パッと顔を輝かせる。
「ほんと、美味しいね!」
私も頷きながら、少し不格好なカレーを頬張る。自分たちで苦労して火を起こし、煙に巻かれながら作ったからこそ、その味は格別だった。
ワイワイと賑やかに食べていた最中。ふと、結衣ちゃんがぽつりとこぼした。
「いや〜、ご飯作るって大変だね。お母さんにマジ感謝だわ」
その言葉に、みゆきちゃんが同意するように頷く。
「流石に飯盒では作んないだろうけど、それでも毎日毎食作ってくれるんだから、お母さんって凄いよねぇ」
「……みんなで作ったカレーも美味しいけどさ。こういうの食べてると、やっぱり家のご飯が一番落ち着くよね」
みゆきちゃんに続き、静音ちゃんも手元のスプーンを見つめながらこくりと頷いた。
「わかる。……なんだか、ちょっとだけお家が恋しくなっちゃった。まだ、あと一日あるんだよね」
何気ない言葉に、私のスプーンを持つ手がピタリと止まった。
(家のご飯……)
脳裏に浮かんだのは、見慣れた我が家のダイニングテーブル。
そして、キッチンに立つお母さんの姿だった。
どんな時でも、当たり前のように並べてくれる、美味しくて温かい料理の数々。そして何より、私を満たしてくれる、その優しい微笑み。
(お母さんのご飯、食べたいな……)
美味しいはずのカレーを噛み締めながら、胸の奥がきゅっと切なくなりかけるが……私はわざと明るい声を張り上げた。
「ほらほら、しんみりしてたらご飯が美味しくなくなっちゃうよ!」
スプーンを持った手を軽く振って、みんなの顔を順番に見渡す。
「まだあと一日もあるんだよ? 明日の最後まで、全力で楽しまなきゃもったいないでしょ!」
「……あはは、そうだね。ひかりちゃんの言う通りだ」
「ほんと、ひかりは元気だなぁ。よーし、アタシはおかわり行ってくる!」
再び明るさを取り戻した友人たちを見つめながら、私はもう一口、カレーを頬張る。
(……帰ったら、いっぱいギューってしちゃお)
賑やかな笑い声に包まれながら、私は心の中で、あの静かで温かい家で待つ母への想いを滲ませるのだった。
◇ ◇ ◇
そして、すっかり夜の帳が下りた頃。
私たちは広場の中央で、キャンプファイヤーの巨大な炎を囲んでいた。
パチパチと爆ぜる薪の音と、高く舞い上がる火の粉。
赤々と燃える炎が、少し煤けたクラスメイトたちの顔を明るく、そしてどこか幻想的に照らし出している。
「……ひかりちゃんって、すごいよね」
膝を抱えて炎を見つめていた静音ちゃんが、ふと、隣に座る私に向かってぽつりと呟いた。
「え? 何が?」
「今日のお昼のカレー作りの時も、みんなが動きやすいように自然と気を配ってて……。ひかりちゃんがいてくれると、なんだかすごく安心する」
「あ、それわかるかも」
静音ちゃんの言葉に、反対側に座っていたみゆきちゃんも身を乗り出してきた。
「この間、ひかりちゃんのお家に遊びに行かせてもらった時も思ったけど……ひかりちゃんって、ママさんに似てるよね」
「えっ、お母さんに!?」
みゆきちゃんの言葉に、私は思わず声を上げた。
「顔の系統は違うけど、ママさんもひかりもめっちゃ美人だしね〜」
結衣ちゃんが楽しそうに、先日の我が家での出来事を振り返りながら言葉を繋ぐ。
「でも雰囲気は全然違うよね。ひかりちゃんのお母さんは物静かだけど、ひかりちゃんは元気いっぱいな感じだし」
「え〜、じゃあ全然似てないじゃん」
「顔とか雰囲気とかじゃないんだよね。包容力っていうのかな? 側にいると安心するっていうか」
「そうそう、なんか凄い、寄り添ってくれてるって感じがするの」
みゆきちゃんと静音ちゃんの言葉に、私の胸の奥が、昼間とは違う温かさで満たされていく。
「えへへ、そっか……。ありがとう」
私は照れ隠しに笑いながら、炎を見つめた。
お母さんはもの静かで、だけど絶対に揺るがない存在。
そんなお母さんの強さと優しさが、私という器の隅々にまで満ちているからこそ、自然と周りのみんなにも伝わっているのかもしれない。
「私、ひかりちゃんと一緒のクラスで良かった」
ふと、静音ちゃんが炎を見つめたまま、ぽつりとこぼした。
「……アタシも」
結衣ちゃんも照れくさそうに頷く。
そんな二人の真っ直ぐな言葉が、じんわりと胸の奥に染み込んでいく。
「……うんっ! 私も、みんなと一緒のクラスになれて、本当に良かった!」
「ちょっと、私も数に入れなさいよ〜」
みゆきちゃんがわざとらしく口を尖らせると、私たちは顔を見合わせてどっと笑い合った。
弾むような笑い声が、夜空へと吸い込まれていく。
キャンプファイヤーの炎よりも温かい熱が、私の胸の中で、確かな光を放って燃え続けていた。
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