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「身代わりに産んだ娘が、今日も『私』に甘えてくる」 ~概念代行:私が彼女の《母親:父親》になった日~  作者: かおもじ
『新たなるひかり』

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重なる寝息は四重奏?

 レクリエーションを終え、暫しの休憩を挟んだ私たちは、西日の射し込む大広間でバイキングを楽しんでいた。


「ハンバーグ美味しい! あ、でもみゆきちゃん、そっちのエビフライも一口ちょうだい!」


「いいよー。ひかりちゃん、相変わらずめっちゃ食べるね。マジ育ち盛り」


「だって、いっぱい動いたらお腹空いちゃったんだもん。私だけじゃなくて、結衣ちゃんもケーキめっちゃ取ってきてるじゃん!」


「いや〜、甘いものは別腹っしょ! 全種類制覇するし!」


 山盛りの皿をテーブルに並べ、私たちは他愛のない話で笑い合った。


 ――そんなふうに、順調に皿を消化できていたのは中盤までのことだった。


「……ねえ、結衣ちゃん。その、お皿に残ってるチョコケーキ、さっきから全然小さくなってない気がするんだけど」


 私が皿をのぞき込んでじっと手元を見つめると、結衣ちゃんはフォークを持ったまま、あからさまに視線を斜め上へと逸らした。


「気のせいっしょ。アタシの計算では、もう胃袋に収まってるはずなんだけど……なんか、チョコの密度が想定外に高くてさ。……ね、みゆき、これ半分食べない? 美味しいよ?」


「ムリムリムリ! 私もこのエビフライの油にトドメ刺されそうなんだから! それより静音ちゃん、このポテト一本どう?」


「……私も、もう、お茶しか入らない……」


 みゆきちゃんに生気のない顔で皿を差し出された静音ちゃんが、小刻みに首を横に振って湯呑みを抱きしめる。


「じゃあ、ひかり! ひかりまだいけるっしょ! ほら、あーん!」


「ちょっと結衣ちゃん、ストップ! 私まだ自分のスパゲッティ残ってるから!」


 お互いに限界を迎えた皿を押し付け合いながら、私たちは結局、最後の一口を誰が食べるかで押し問答を繰り返し……。


「あー……マジでもう無理。もう動けない〜……」


 結衣ちゃんがテーブルに突っ伏して、死にそうな声を絞り出す。


「……私も、お腹パンパン……」


 みゆきちゃんも椅子の背もたれに深く寄りかかり、力なく天井を見上げている。


「苦しいよぉ……」


「三人とも、あんなに食べるから……」


 静音ちゃんだけが湯呑みを抱えたまま、呆れたように、けれどどこか楽しそうに私たちを見つめていた。


 そんな三人に向けて、私は顎をテーブルに乗せたまま、恨めしそうにじっと視線を這わせた。みんなの皿から私の元へ引き取られていった、数々の残骸たちが脳裏をよぎる。


「私は自分の分だけなら食べ切れたもん……。みんなが最後、私に押しつけたからこんなことになったんだよぉ……」


 膨らんだお腹をさすりながら恨み言を並べ立てると、結衣ちゃんが突っ伏したまま、片手だけを小さく振った。


「アハハ……ごめんってばぁ」


 食後のテーブルで完全に全滅していると、見回りに来た先生から容赦のない声が飛んだ。


「ほらお前ら! いつまでもダラダラしてないで早く部屋戻れ! お風呂の時間なくなるぞー!」


「「えー……はーい」」


 重いお腹を抱えながら部屋に戻り、バスタオルを持って向かった先。

 ホテル自慢の温泉大浴場は、クラスの女子たちで貸し切りのような騒ぎになっていた。


「あー……マジ極楽……」


「結衣ちゃん、おばあちゃんみたいになってるよ」


「だって長縄でふくらはぎ死んでるんだもん……ひかり、ちょっと揉んで」


「えー、ヤダ。私だって足パンパンだもん。自分で揉みなよー」


 もうもうと立ち込める湯気と、タイルの床に響く笑い声。

 広い岩風呂の縁に腕を乗せ、足を思い切り伸ばす。硫黄の微かな匂いと、とろりとした熱いお湯が、パンパンに張った筋肉の疲労をじんわりと溶かしていった。


 白く霞む湯面を見つめていると、ふと、この前家族みんなで行ったあの温泉旅行のことを思い出す。

 お風呂姿のお母さんに興奮して大騒ぎするひまりちゃんと、それをやれやれ顔しながら優しく見つめるお母さん。


 そんな二人の姿を思い出して、自然と微笑ましい気持ちになっていた、その時だった。


「ひゃっ!?」


 バシャッ! と突然顔にお湯をかけられ、私はパチクリと目を瞬かせた。


「ちょっとひかり、なに黄昏てんのよ〜! ほら、こっち来なよ!」


 湯気の向こうで、結衣ちゃんが悪戯っぽく笑いながら手でお湯を掬っている。

 あの時の家族風呂と同じくらい騒々しい笑い声が、高い天井に反響していた。


「もう、結衣ちゃん! やったなー!」


 顔についたお湯を拭いながらも自然と口元は綻び、私は「今行く!」と声を弾ませて、ざばりとお湯を蹴った。



 ◇ ◇ ◇



 賑やかな入浴を済ませた、夜の部屋。

 四人部屋のベッドの上に、パジャマ姿の三人が集まっていた。


「あー、マジ疲れたあ……でも長縄、うちのクラス一位になれたのはヤバかったよね」


 修学旅行特有の浮ついた空気の中。

 私はトラベルバッグの一番底から、少し大きめの黒いパーカーを取り出した。


「あれ、ひかり、何それ。めっちゃデカくない? まさか彼氏の服とか!?」


 結衣ちゃんが身を乗り出してくる。

 私はパーカーに袖を通し、すっぽりと手を隠して首を横に振った。


「ううん、違うよ。これ、お母さんの」


「えっ、あの超絶美人ママの? あー、でも背高いもんね、ママさん。匂い嗅いで落ち着いてるの、ウケるんだけど」


「うん。これ着てると、すごく落ち着くんだよね」


 パーカーの襟元に顔を埋める。

 古い紙の匂い。温かいお茶の香り。そして、お母さん特有の、静かで透き通るような匂い。

 深く息を吐き出す。


「ひかりちゃん、本当にお母さんのこと大好きだよねー」


「……ふふっ、なんだか微笑ましいね」


 くすくす笑うみゆきちゃんと、目を細める静音ちゃんに、私は「うん!」と頷いた。


 声のトーンが少し落ちて、修学旅行の定番である『まくらトーク』が始まる。

 話題は自然と、来週に迫った部活動の本入部のことへ移っていった。


「私は中学からずっとテニスやってたから、そのままテニス部かなー。みゆきは?」


「私は図書委員になったし、文化系の部活にしようかなって思ってる。静音ちゃんは?」


「私は……手芸部にするつもり。……ひかりちゃんは?」


 水を向けられ、私は手首まで隠れたパーカーの袖を指先でなぞった。


「私ね、中学の時は人数少なかったから、吹奏楽と合唱部を掛け持ちしてたんだけど……」


 楽器の音を合わせる楽しさは知っている。けれど、どちらかを選ぶなら、頭に浮かぶのはいつだって『あの声』だった。


 幼い頃、母が聴かせてくれた子守唄。

 普段は自分から歌うことなんてないけれど、せがむと少し困った顔をして聴かせてくれる、透き通るような歌声。

 私なりの歌で、あんなふうに誰かの心を震わせることができたなら。


「……私、合唱部にしようかな」


 声に出した言葉は、すんなりと胸の中に落ちた。


「合唱部? いいじゃん! ひかり声通るし明るいから、絶対向いてるっしょ!」


「ふふっ、ひかりちゃんの歌、私も聴いてみたいな」


 二人の言葉に、みゆきちゃんも隣で小さく頷いている。

 自分の選択を認めてもらえたことが嬉しくて、私は「うん、がんばる」とはにかんだ。


 やがて、廊下から『ほら、消灯時間だぞー! 電気消して早く寝ろー!』と見回りの先生の声が響き、部屋の明かりが落とされる。


「うぇ、もうそんな時間?」


「お話してるとあっという間だねぇ」


「や〜でも、コレ即寝っしょ。疲労困憊、お腹パンパンだもん」


 そうして「おやすみ」と小さく言い合った数分後には、もう規則正しい寝息が三つ、静かな部屋に響き始めていた。


 私は胸元まで引き上げたお母さんのパーカーに顔を埋め、ゆっくりと息を吸い込む。


 大好きなお母さんの安心感に包まれていると、今日一日、ずっと張り詰めていた心地よい緊張感がじんわりと身体に溶けていく。


 暗闇の中で聞こえる、友人達の穏やかな寝息。

 その折り重なる三つの音に導かれるように目を閉じ、私もまたその一団に加わるのだった。


この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

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