窓向こうの想い
週末の土曜日。
春の柔らかな日差しが差し込むリビングで、私は一人、静かに紅茶の茶葉を蒸らしていた。
今日は、高校に入って初めて、ひかりが家に友人を連れてくる日だ。
『ハルさん! 私がいたら説明が面倒なんで、実家に避難します! おもてなし、よろしくお願いします!』
そう言い残し、ひまりが嵐のようにノートパソコンと仕事道具を抱えて隣の家へと駆け込んでいったのは、今から十分前のことだ。
苗字が同じということもあり、周囲には親戚だと説明してある。故に、隠し立てするようなことではないのだが……家で生徒に会うのが気恥ずかしいのだろう。
ほどなくして、玄関から賑やかな声とチャイムの音が響いた。
「お母さん、ただいまー! みんな連れてきたよ!」
エプロンを外し、静かに玄関へと向かう。
ドアを開けると、ひかりの後ろに三人の女子生徒が立っていた。
一人は中学からの友人である、みゆきだ。これまで何度か会ったこともある彼女だが、何故かひかりと共にどこか得意げな顔をしている。
あとの二人に見覚えはなく、恐らく新しい友人だろう。一人は大人しそうな顔立ち。もう一人は、流行りなのだろうか、随分と賑やかな化粧や装飾を施した快活そうな少女だった。
「いらっしゃい。ひかりの母です。娘がいつもお世話になっているね」
私が静かに微笑みかけると、みゆきを除く二人の少女の動きが、ピタリと止まった。
「え……」
「う、嘘……」
初めて私を見た二人が、文字通り息を呑んで硬直している。
静寂を破ったのは、賑やかな出で立ちの少女だった。彼女は私の顔から足元までを行き来するように見つめ、やがて悲鳴のような声を上げた。
「……ヤバッ! え、マジでお母さん!? 絶対お姉さんでしょ!? 写真で見るよりエグい美人なんだけど!」
「ふふっ、だから言ったでしょ? うちのお母さん、すっごく綺麗なんだよ」
「ね〜。私も初めて会った時は、びっくりしたもん」
驚く新しい友人たちを前に、ひかりとみゆきが、二人して誇らしげに胸を張っている。
「ほら、玄関で立ち話もなんだろう。リビングにケーキとお茶を用意してあるから、上がるといい」
私が促すと、新しい友人たちは「お、おじゃまします……」と、おずおずと靴を脱ぎ始めた。
リビングへ案内し、静かにティーセットを運び、テーブルに人数分のケーキと紅茶を並べていく。
「ひかりの部屋で四人は少し手狭だろう、ここを使うといい。……さあ、召し上がれ。口に合うといいのだけれど」
紅茶を注ぐ私の所作を、友人たちは瞬きも忘れたように見つめていた。
やがて、おずおずとティーカップを口に運び、次いでケーキを一口食べた瞬間。
「……っ! なにこれ、すっごく美味しい……!」
「うまっ! ヤバ、これお店超えてるんですけど! お母さんパティシエとか!?」
目を丸くして騒ぐ彼女たちを見て、私は小さく息を吐いた。
数千年の時を生きた私だ、当然料理ぐらいは可能だったが……こうした華やかな菓子作りに関しては、全くの素人だった。
幼かったひかりをどうしても喜ばせたくて、隣に住むおばあちゃん――早苗さんに、一から教えを乞うたものだ。
ひかりの知らぬ所で、不器用に重ねた時間の成果。それが、こうして娘の大切な友人たちにも喜んでもらえたのなら、悪くない。
「ふふん、でしょ? うちのお母さん、何でも完璧なんだから!」
ひかりが自分のことのように自慢げに笑う。
ケーキの甘さに解かれたのか、極度に緊張していた友人たちも、少しずつひかりを交えて学校の話を始めた。
「でも、ほんとにびっくりしました……。ひかりちゃんのママ、全然お母さんって感じがしなくて。女優さんみたいで……」
ケーキを平らげた後、大人しそうな少女が、ぽつりとそうこぼした。
「そうだろうか? どこにでもいる普通の母親だと思うが」
(((いやいやいや、イナイイナイイナイ!)))
私のその言葉に、何故かシンクロしたように首を振る三人。何かおかしなことを言っただろうか……そう思い、小さく首を傾げる私を見て、やがて賑やかな少女が耐えきれなくなったように吹き出した。
「……っ、アハハハッ! ママさんマジウケる! 見た目こんなにクールで完璧なのに、めっちゃ『天然』じゃないですか!」
「天然……?」
ひまりの『母性』を受け取ったことで、女性の身体に変化したのが今の私だ。自然の産物ではない以上、天然というのは少し違う気がするのだが。
「そこ! そういうとこが最高なんですよ! あーお腹痛い。ねえひかりちゃん、毎日こんな面白いママとご飯食べてんの? めっちゃ羨ましいんだけど!」
「えへへ、でしょー! うちのお母さん、最高なんだから!」
すっかり毒気を抜かれたように笑い転げる友人たちに、ひかりが自慢げに胸を張る。
『天然』という評価が正しいのかは甚だ疑問だが、娘の友人たちが楽しそうに笑ってくれているのなら、それでいい。
「お茶のおかわりを入れるよ。ケーキもまだあるから、遠慮なく食べなさい」
「えっ、マジ!? 食べる食べるー!」
「私もいただきます!」
再び色めき立ってティーカップを差し出してくる少女たち。
ふと、紅茶を注ぎながら窓の外に視線を向けると、隣の家の二階――ひまりの部屋の窓から、カーテンがわずかに揺れているのが見えた。
あんなことを言っていたが、ひかりが友人と上手くやっているのか、気が気ではないのだろう。
(……ひまりの分のケーキも、後で届けてやろう)
春の長閑な午後の日差しの中、賑やかな少女たちの声を背にしながら、窓の向こうの彼女に、そっと想いを馳せるのだった。
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